268.めぐる翠の石
食後のおかわりとして頼んだのは『アナスタシア』という青い矢車菊と白い林檎のフレーバーティ。白銀のアラザンが溶けて、薄赤茶の中で雪のようにキラキラと光を放つ。
最後にと小さなプレートで出されたのは、ジンジャーと柚子とシャンパンをフィリングにした三種のショコラ。
キーファに勧めたが、もう食べられませんと断られたので、シャンパンのショコラだけを食べてもらって、リディアは残すまいとそれぞれを口にした。
口の中の甘みをストレートの紅茶を飲んで消して、カップを置いたところで、キーファが白い布を差し出した。
「あなたにお返しします」
また別の贈り物かと思った。
図々しいことを考えていたリディアは、返すという言葉に顔を曇らせた。恐らく、あれだ。
そして、リディアの予想は当たっていた。リディアがあげた、
「誤解しないでください。いらなくなったからではありません」
「……ううん、その私が無理に押しつけた――」
「そうではありません。あなたに必要だと思ったからです、リディア」
キーファがリディアに言葉をつづけさせず、遮りながら断言する。
その声にリディアは黙る。
「俺は、ある特定の物は、その人が必要であれば戻ってくると思っています」
「……」
確かに、何度落としても、失くしたと思っても不思議と戻ってくるものはある。
けれど――。
「特にそういうお守りの類は、そういう性質があると思っています」
「そうかな」
「その
「……」
「――代わりに、俺に何かを与えよう、とか思ってませんか」
「え!?」
なんでわかったの?
キーファは動揺するリディアを見て笑った。
「それならば、全部終わった後にまた俺にください。その時は別の何かを贈らせてもらいますから」
堂々巡り? 何かそういう話、以前にもなかった?
キーファは苦笑した。眼鏡の下の眼差しが柔らかく、けれど自嘲気味に伏せられる。
「通じてないみたいなので、それはその時に返事をもらいます」
「ごめん、意味がわからなくて」
「俺の魔力も込められているので、タリスマンにしてください……少々の牽制でもあるし、俺の自己満足です」
最後の呟きは明らかに彼の独り言のようで、でも宣言にも聞こえた。
「俺は、あなたの壁になりたい」
唐突にキーファが口にする。
「俺は何度もあなたを守りたいと言ってきました。どんな攻撃からも悪意からもあなたを傷つけるものの盾になり、どんなものからも守りたい。あなたが笑っていられる、それだけでいい。その場所を作りたい」
「キーファ……」
彼は痛いほどの真剣な眼差しでリディアを見つめてくる。
「あなたがいつまでも安心できるまで、そうなれるまでずっと抱きしめたい、そう思っています。休んでいいんです、頼っていいんです。頼ってほしい」
リディアの胸に、痛みのような甘い疼きのようなものが生まれる。
……少し目を伏せる。どうしてか、泣きたくなる。
「キーファ、でも私は……できない」
頼っていい、任せていい。弱っているときにそう言われると、そう傾く。一言頷くだけでいい、そうすればもっと楽になれる。
気を張らなくていい。キーファは、きっと安心させてくれるだろう。強がって一人で立たなくていい、そう言われたいと願っていることに気がつかされる。
「弱っているときにつけ込みました。でも弱っているときだからこそ、いつでも逃げていいんだと、心に刻んでおいてください。逃げ場があれば、視野が広がります。心に余裕ができますから。判断を俺に任せてくれてもいい。自分で決めなければと、自分を追い込まないでください。俺は魔法の力も経験も足りませんが、あなたより心も体も強い。判断力もある方だと思っていますから」
「……」
「――今度の対抗戦。俺は勝ちますよ」
「キーファ?」
「傍観はもうしません。参戦します。そして優勝してあなたに認めてもらいます」
学年別対抗戦、つまり学期末試験は、参加だけで単位がもらえる。もちろん、積極的に動かないと及第点しかもらえない。
キーファはこれまで、攻撃ができなかったからチームの作戦指示担当として、参加してきた。だが、やはり魔法での戦闘行為が一番得点が高い。
チームでも個人でも構わない。積極性と作戦力、そして魔法を用いての攻撃、それらが加算される。そして最後まで残ったもの――優勝者には、最高得点が与えられる。
臆病なものは参加表明するが、参戦はしない。だが、魔法大学に入ったものとして、やはり優勝は狙いたいものが多い。さらに、関係各所が見学に来るので、スカウトも多い。学生にとっても見せ場なのだ。
キーファが積極的に行動をするというのは賛成だが、自分に、という言葉に戸惑う。
「こんなことで認めてもらえるとは思っていませんし、自分の学業でのことです。ですが、一つの証明だと思ってください」
リディアは首をふる。
「あなたの実力は、とっくに認めているわ」
「あなただけでなく、まだ認めてもらっていない人もいますから。――あなたを守れる存在になるという一つの通過点での証明です」
リディアはためらいつつ頷く。
「あなたを守れる盾になります。いずれ一緒に戦えるように、そして背に庇えるようになります」
リディアは彼を見上げる。切ない思いが胸に宿る。
どうしてそんな感情が湧いてしまうのか、わからない。でも彼は続ける。
「俺はいつでもあなたを思っています。だから、リディア。どんな時も――諦めないでください」
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