238.has not given consolation for obstinate relation

 その年が終わるころには、リディアの身長は伸び、やせぎすだった身体も少しはマシになっていた。

 寮のまずい食事でも栄養があるのだろうか、それで肉がついてくるのならば、今まで何を食べていたんだ、といぶかしくもなる。


 ――彼女がしゃがみこむ傍から男子が駆けていく。


 最近は栄養状態がよくなったせいか、頬に赤みがさして髪も艶が出て、もともと整った顔立ちが更に目立つようになってきていた。

 そうなると騒ぎだすのが男子だ。今も走り去る様子から、何かからかっていたようだが、ディアンの姿を見てギョッとして慌てて逃げていく。


 リディアのもとに歩んでいったディアンは、事情を察する。

 彼女が俯いていた視線の先は、踏みつぶされた花。足跡がたくさん残っている。


 ―-リディアは、花壇を借りて花を育てていたようだった。それが見事に踏みつぶされて、花びらどころか葉や茎が千切れ土の中に埋もれていた。

 不意に、それに手を伸ばすリディアを見て、ディアンはギョッとした。


「――おまえ!」


 リディアが反応する前に、腕を掴んでそのまま引きずり建物の陰まで連れ込む。そして怒鳴ろうと息を吸い込む。

 

 だがリディアのありように驚く。髪が一部切られていた。


「……それはどうした」

「……」


 こいつが、言うわけがない。

 大方、さっきの男子だろう。ディアンがそちらを追いかけようとすると、袖を掴んだ小さな手が言葉を添えて制止する。


「やめて。関わらないで」


 むかっ腹が立った。いい加減にしろと言ってやりたい。

 そもそもなんで俺がこんなのに関わっているんだ。自分でもわけがわからない。


「だったら言ってやる。お前さっき何をやろうとした!?」


 リディアの目が驚きで見開かれて、だが強気の視線で見返してくる。

 

 この目は嫌いじゃない、ただ言葉にしないだけだ。こいつは、自分の意思を持っている、なのに押し殺している。それがもどかしい。


「お前が“あの存在”に何の魔法をもらったかは知らない、だが大方予想はついている。――だから言ってやる、それは使うな」


 リディアの手を振り払う。

 代わりに両手を壁につけて、彼女を閉じ込める。


「目立ちたくないんだろ。だったら使うな。使ったら目を付けられる、協会には知られるな、知られたら最後、お前は一生監禁状態だ」

「……協会?」

「魔法師協会は、上位存在を認めていない。そんなものを使える魔法師を許しはしない。お前の存在は抹消される」

「……」


 壁から手を放し、閉塞を解いてやる。

 その顔は理解していないというもの。いいな、と言い残しディアンは立ち去った。



***


 忠告はした、脅しもした。だからやるとは思っていなかった。


 騒ぎの中心はあのレティとかいう女だった。教員や仲間を集めて騒いでいる。


「確かに、花は潰れていたのよ!! あのが何かしたに違いないわ!」


 花は潰れていた、というより潰したのはお前だろう、とディアンは言いたかった。


 ――あの後、ディアンが追いかけた男子の方は髪を切ったことは認めたが、花は自分たちじゃないと言い張った。リディアの反応がないから、ついやってしまったのだと。


 そしてたしかに、花壇を荒らした足跡は小さく、執拗だった。だがこの年齢だと小さな足跡は、男女の区別がつきにくい。


 気を引きたくて髪を切るのと、憎らしくて可愛がっていた花を潰す、どちらとも被害者には嫌がらせだが、動機が違う。


 だがディアンが舌打ちしたのは、それが原因じゃない。


「―-先生、先生、あの子が、なにかしたの!!」

「そうは言っても。――ああ、ジョシア。リディア・ハーネストを連れてきて」


 花は前のようにきれいに咲いていた、そして土は丁寧に盛られていた。土は、再び整えたのだろう。


 いずれにしてもリディアがやったのだろう。ディアンの忠告を無視して真夜中に。


 ――そして連れてこられたリディアは、まるで弾劾される囚人のようだった。


(だから言ったんだよ)


「これは、あなたがやったとレティは言うのよ? リディア・ハーネスト、どうなの?」


 たくさんの子どもや教員に囲まれてリディアは唇をかみしめていた。この場にディアンのような上級生は珍しいが、いないわけじゃない。

 だが、ここで自分が出ていけば目立つ。なによりリディアが自分でやったことだ、自分で解決しろと言いたい。


 なのに、ディアン自身が落ち着かないことは、自分でも腹が立った。


「どうなの?」

「……」


 違います、と言えばいいのに、それさえも言わないリディア。


 嘘もつけないのか。


「違う花を植え替えたんじゃないのか?」


 ジョシアが常識的なことを言うと、レティは顔を赤く染めて憤慨する。


「違うわ!! 同じ花だもん、花びらの付き方が同じだし色も同じ! それにどこから持ってきたのよ。この花は、校内のどこにもないわ」


 そこまで観察しての発言ではないのだろうが、主張を通すために、レティはあたかもそうであるかのように強く言い放つ。


 そして教員は、その主張は話半分で聞きつつも、リディアに問いかける。


「どうなの、リディア?」


 リディアはかぶりを振る。それは肯定とも否定ともとれた。


「――ならば、もう一度やってもらえばいいでしょう」


 らちがあかないと思ったのか、教員は立ち上がりそして躊躇なく花を踏みつぶした。

 あ、と誰かが叫んだ。


 さすがに子どもたちも、それはあんまりだと思ったのだが、教員は気が付かない。


 そして、とどめのようにぐりぐりと花の名残を、土にめり込ませる。


「さ、リディア。やってみなさい」


 リディアの碧い目は衝撃で見開かれていた。ふらふらとしゃがみ込み、そしてそっと花を撫でる。碧い目は一層濃く翠に、そして確かに潤んでいた。


 唇が呟く、ディアンは聞き取れなかった。

 シルビス語か、またはグロワールか。


「さあ、リディア」


 ポタリ、と雫が落ちた。醜い残骸の上に。


 あのレティでさえも気まずそうに、もぞもぞとしていた。


「……できません」


 呟いたのは小さな声。


「できません、ごめん、ごめんなさい」


 教師がため息をつき、そして子ども達も興ざめしたように解散する。


「リディアいいのですよ、わかりました。大方、ジョシアの言う通り、新しく花を植えたのでしょう。レティ、いいですね」


 レティは鼻を膨らませ、友人たちに付き添われてその場から離れていく。そのすれ違いざまに、リディアの肩にわざとぶつかるのは忘れない。


 リディアは丁寧に一つずつ花びらを掌に取っていた、花びらだけじゃない、葉も、茎も。


 ――彼女の最後の言葉は、教師にむけたわけじゃなく、その花に向けてだと。


 気づいていたのは、もしかしたら自分だけかもしれない、そう思いながらディアンはその場を離れた。



*has not given consolation for obstinate relation

(不器用な関係は、彼女を慰められない)

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