239.all obligation was given for you
それで乗り切れたわけじゃない、それはわかっていた。
あの花が甦生できなかったのは、二度目はないのかもしれないし、リディア自身の精神状態が影響するのかもしれない。
その原因をディアンはわからなかったが、彼女が上位存在から得たのは甦生能力、それに違いなかった。
そして、これからの人生、――少なくとも魔法学校で露呈しない保証はどこにもない。集団行動であり、少しでも人と違うものを排斥しようという子どもたちであれば、すぐにリディアの突出した何か違うもの、には反応するだろう。
ましてや隠すことが苦手なリディアだと、すぐにばれてしまう、そう感じていた。
***
――その日は、学年末試験だった。
所定のエリアで、指示された数の魔獣を退治し、それを報告する。それは全学年に対して同じ課題だった。もちろん、魔獣は野生のもの、ただし学年によって魔獣のランクは違う。
早々に上級魔獣を仕留めたディアンは学校に戻り報告し、それでも落ち着かない気分でいた。
今日のような大きなイベントでは、関係各所から人が集まる。魔法省に、魔法師協会、魔法師団、それから国教の上層部。特に国教正統派のやつらは、協会内部に食い込んでいて、弱体化している魔法省を追い込んでいる。
背後関係は推測でしかないが、師団ともあまり関係はよくないらしい。国教関係者や魔法師協会の奴らとは関わりたくない、それが本音だった。
今日の課題中、教員は生徒の安全確保と行動を見張るため、各エリアに身を潜めていた。
その時、一人の教員が走ってきた。その緊迫した様子に場が早くも騒然とした。
「大変です、子どもたちがオぺトゥラム遺跡に入りこんで!! レティシアとリディアと男子のええとボブが……ああもう、なんで遺跡なんかに入り込んだのか、とにかくレティが重傷で――」
「――すぐに、治癒魔法師を!!」
「子ども達は?」
「数名の魔法師を残しています。なんとか運びだそうとしています」
手配のために走り出す教員たち。
ディアンはいくつかの嫌な状況を予想し、自由に動ける場を探しつつも、気配を殺してその場に待機した。
救急隊員と魔法師協会から呼ばれた治癒魔法師が待機するテントが仮設され、子ども達が運ばれてくる。
背負われているのは二人の少女、そして呆然とついてきたのは、一人の少年。ボブと呼ばれたそいつの姿は見たことがあった、前にリディアの髪を切った少年だ。
なんとなく事の発端は予想できた。が、それは、どうでもよかった。
重要なのは、その結果と顛末だ。
「ああ、レティ!! 凄い出血だわ、すぐに治癒を」
レティの服は背中が裂けており、大量の血を含んでいる。担架に乗せられる時も大げさに呻いているが、最初は焦っていた救急隊も治癒魔法師も次第に首を傾げる。
彼女は出血のわりに顔色も普通で、意識もあり、言動もしっかりしていて、周囲が困惑を示す。
「これは、この子の血ですよね」
「ええそうです、大怪我を負ったはず、ですが……」
「その怪我は、いったいどこでしょう……」
ボブは蒼白で落ち着かない表情だが、怪我はない。
そしてリディアは、背負われてぐったりしていたが、教師に何事かを囁き、下ろされておぼつかない足取りで立とうとしている。彼女に怪我はない、だがディアンにはいやな予感しかなかった。
現場に残されていたという教師が、追いかけてきてリディアを指さす。
「あの子が、リディア・ハーネストが!! レティを甦生したんです!!」
また追いかけてきた別の教師もこくこくと頷き、震える手で同意する。
ほかの教師は困惑を示す。治癒ではなく、甦生、それは聞き慣れない。
似ているが大きな違いだ。
「まさか……」
「いいえ、確かに見ました。遺跡が崩れ、その下敷きになったレティの心臓は残念ながら止まっていたんです。首があり得ない方向に曲がっていたんです。それをあの子が!! 組織を修復し、命を戻したのです! あの子は甦生魔法が使えます!」
概ね、教師は驚愕を見せつつも半信半疑だった。だがそれを見たという数人の教師はいずれも首肯した。信じられないが、それは本当だ、という。
ディアンは背筋が凍る思いでそれを見ていた。
何か防げないのか?
この場を覆せないのか?
「――それは聞き捨てなりませんな」
そして予期された言葉。
出てきたのは魔法師協会の六属性強硬派だ。
「我々は、甦生魔法の存在など認めておりませんよ。もしその娘がそうであるならば、嘘つきだ。または何かか。魔のものに属する存在かもしれません、いずれにしても我々の手で調査しなければなりません」
「いや、ですが……彼女はまだうちの在校生です」
「いいえ。協会としては認められません。いいですな」
そうやって協会は、特殊魔法の、上位存在と関係する魔法師として疑わしいものを排除してきたのだ。
「あの、やはり私が見たのは勘違いかもしれません。それはその、治癒魔法の類だったかも」
「ええそうです、そうですよ」
「いいえ、違います! あれはたしかに甦生……」
「いずれにしても、一度我々の調査が必要ですな! 連れていけ」
リディアが数人の大人に腕を掴まれて引きずられていく。
ディアンの横を通り過ぎる、碧い目は何も映していない。
いや。
「ごめん。――ディアン先輩」
初めて、あいつが、俺の名を呼んだ。
全部を承知で、顛末も飲み込んで――
(あいつ……)
――猛烈に怒りがこみ上げる。
それはリディアに対してか、協会か、それとも教師か、それとも別の何か――自分にか。
自分でも理解不能だった。
「待てよ!!」
気づいたときには、声が出ていた。
場を支配する、すべての注目をかっさらっていた。
「そいつ、リディア・ハーネストは魔法師団、第一師団次期団長のディアン・マクウェルによって入団が決められている。すでにこちらの保護下にある。協会の好きにはさせない」
奇妙な高揚感があった。
面倒ごとを引き受けたと、いつもならば、苛立たしさしかないはずなのに。
「魔法師団だと!? 場をわきまえよ! 次期団長だからなんだというのだ」
案の定魔法師協会の魔法師は、反論する。
いや、若造であり魔法師団という名に、今のうちに潰そうといきり立つ。
売った喧嘩は、負けるわけにはいかない。
「団長指名であれば入団はすでに決定。しかもその指名権は、協会よりも優先だ」
「次期団長だ、まだ団長ではあるまい!」
相手の方が理にかなっている。たしかにそうだ。
だがここは押し通すしかない。ディアンが大人には一歩も引かない眼差しで見据えると、協会連中は忌々し気に睨みつけてくる。
「――ならば現団長であれば問題なかろう」
ふっと、横に影が差した。
かなりの身長と横幅、鍛えられた体躯。学校で見たことはないが、ディアンはその姿を確かに見知っていた。
「第三師団団長、ワレリー・ヴァンゲル。確かにこの娘の入団を認める。うちで預かろう」
「な!」
この人を知らない者はいない。師団の実質の総長であり、王への発言力は大臣より強い。
「ヴァンゲル、団長?」
呆然とするディアンに、ワレリーは声を潜めて笑う。
「団長職を断っていたお前が、それを受けたのならば、一人の娘を預かるなど安いもの」
だが、と笑みを深めて彼は続ける。その目はちっとも笑っていない。
「人一人の人生を左右した。その責の重さを自覚しろよ」
まだ呆然としているリディアを振り向き、唖然としているディアンに脅しを含んだ声音で告げた。
*all obligation was given for you
(すべての責は、あなたが負うべきもの)
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