237.searching in their awkward distance

「シルビスからの女生徒、ですか?」


 上級生が下級生のクラスを訪ねることは珍しい。ましてや噂のディアン・マクウェルに声をかけられた男子生徒はこわごわと返事をした。


「ジョシア、あの子じゃない? あの頭のおかしい、話せない子」


 くすっと笑いながら会話に入ってきたのは、金髪を結い上げたきつめの眼差しの女生徒。

 おそらく初等科でも最年長なのだろうが、女としての自信に満ちた表情をすでに身に着けている。そしてディアンに媚びと挑発を示す含んだ眼差しを向ける。


「こんにちは。私はジョシアと同じ初等科監督生のレティシア。レティと呼んで、ディアン」


 そして差し出す手。それを一瞥したディアンはさっさと背を向ける。


「あの――リディア・ハーネスト君ならあそこに」


 ジョシアと呼ばれた男子の声に、見つけた姿は確かにあの時の子どもだった。

 監督生ならば、名前がすぐに出てくるのもっともだ。事情に疎いのは男子寮のほうだからだろうか。


 ディアンはレティと名乗った女を無視したまま、短く礼を言うと、すぐさま教室の後ろでノートを広げているリディアの方へと進む。


「――ちょっと、待って。ディアン」


 レティが焦りを見せたのはほんの一瞬。すぐに立ち直ったのはさすがと思うが、それだけだ。こういうのは、実力が伴うか、もしくは容姿だけか。ディアンは容赦なく後者だと切り捨てた。


「――俺の名前を呼ぶな」


 短く告げると、女は言われた意味が分からないというように呆然としていた。




 

 ――リディアと呼ばれた子どもの前の机、その席を引いて勝手に座る。


 その机上をディアンはしばし眺める。

 ノートの上には、つたないリュミナス古語と共通語。聞き取ったリュミナス古語を共通語に訳しているのだろう。


 ディアンは感心した。魔法学はすべてリュミナス古語で行われる。概ねどの生徒も家庭教師についてリュミナス古語を学んでくるが、聞き取りができるものは少ない。彼女は耳がいいのだろう。

 だが共通語が不得手だ。だがそれにしても聞き取ってはいるのだ。


(シルビス語に訳していないのはいい)


 いちいちリュミナス古語や共通語を母国語に訳していないのはいい。母国語で訳してから考える癖はつけないほうがいい。


「お前、なんで理解してるのに、言われっぱなしにしているんだ」


 そう言うと、リディアはようやく顔を上げた。

 ディアンの存在に気づいていたのに、今までずっと顔を上げなかったのだ。その無視ぶりは堂に入っている。


「……」


 痩せている、年齢にしては小柄だ。貴族の娘だと聞いたが、それにしてはちゃんと食べさせてもらえなかったのじゃないだろうか。

 だが背筋は伸びていて姿勢はよすぎるくらいだ、肌も綺麗だ。何よりも翠の目が印象的すぎるくらい透き通っていて、向かい合うものを落ち着かなくさせる。


 ディアンは観察を終えて、再度口を開く。


「なぜ答えない? 話せないからか」

「あなたには関係ありません」

「ディアン、だ」


 彼女の目に困惑が宿る。

 最初のディアンの言葉に意地を張って、呼ばなかったわけじゃないのか?


「お前の名は?」

「……」


 だが眉根を寄せて黙り込んでしまう。


「お前、リュミナス古語辞典を買え」


 不意に話題を変えたディアンにリディアは目を瞬く。


「リュミナス古語の単語の意味はリュミナス古語で理解しろ。いちいち共通語で調べる手間はかけるな。――いいな、リディア」


 言い捨てるとディアンは立ち上がる。リディアは今度こそディアンを見上げていた。

 透き通った翠の目は、驚いているのか理解できなかったのか。ただディアンをじっと見るだけだった。



***



 リディアは、いつ見てもひとりだった。いや、時々嫌がらせをされているとき以外は、だ。

 大抵は女子に嘲笑されている。最初に会話に割り込んできたあの女――レティのグループだった。

 

 図書室にいても、それは変わらない。

 ディアンは自主学習をするリディアの横に勝手に座って、ノートを覗き込む。しばし眺めて、口を挟む。


「アクセント記号は、文末にまとめてつけるな。その都度つける癖をつけろ。単語の間はしっかり一文字分空けろ。省略記号もだ、一文字分あけろ」


 リディアは小さくはい、と返事をしておとなしく従う。


「辞書はもたもた開くな。目当ての単語は一発目で引き当てるように訓練しろ。その単語が辞書の中でどのあたりの位置か、推測しろ」


 リディアは一度注意されたことは二度目には必ずできるようになっている。今では共通語の聞き取りも会話も可能だし、リュミナス古語の習得もできている。


 そしてディアンに返事はするものの、相変わらずこっちを見ようとしない。


「ありがとうございます。けれど、構わないでください」

「なぜだ」

「あなたに構われると目立ちます」

「ディアン、だ」


 そう強調すると、リディアは黙ってしまう。相変わらず頑なだった。




 いつまでたってもリディアは一人だった。どうも草木と話している様子が奇異に映るようだ。そしてシルビスからの留学生というのは稀らしい。かの国は、女子を外国には出さないらしい、男子はたまにはいるが、このグレイスランドでは珍しかった。 


 シルビス人だから草木と話せる、グロワールで話せるというわけでもないらしい。それとなく教師に聞いてみたが、そんな言語は聞いたことがないと笑いながら言う。本気で言っているのだ。


「――ねえ、ディアン。卒業パーティでのパートナー、私を誘ってくれない?」


 それにしてもこの女、レティは面倒だった。

 すでにディアンの同級生は彼の態度に慣れていて、女生徒でもあまり干渉してこない。だが、ここ最近は卒業パーティのダンスパートナーに誘われることが増え、その相手としてちらほら声をかけられる。


 ディアンは今年スキップで卒業することが決まっていた。すでに魔法師団への入団がきまっていたからだ。

 そしてリディアと同じ初等科とはいえ、年上の彼女は自信があるのか馬鹿なのか、ディアンには諦めるということがない。


「あんた、馬鹿だろう」


 そういうと相手はにっこり笑う。その目はいつも挑戦的で、かつ男を誘っていた。魔法の腕はヒドイ、が男子には人気がある。

 実際なんで誘いをうけないんだと他の男子からディアンは聞かれていた。が、ディアンは睨みつけるだけで話は終わっていた。


「そうね。私、頭はないけど、遊び方は知ってるの。――あの子よりも」


 ちらり、とリディアに向ける視線は見下していた。こうすれば男子は落とせるのだろう。が、ディアンには余計に興ざめするばかりだった。


「その努力は魔法習得に向けろ」


 そして、ディアンは一人で花壇にいるリディアの隣に座り込む。


「どうしてグロワールができると言わない? または、ルーンの専門を選択しない?」


 グロワールができるのであれば、六属性への直接的な命令が可能になる。リュミナス古語よりももっと古い言葉、神々やその他の種族が使っていたという言語を正しく発音し、発声できれば請願詞がいらなくなる。


 グロワールがここで高められないのであれば、せめてルーンを得意とする教師に直接習ってもいい。こんなところで、もたついている場合じゃない。そのための訓練をつめば、高度な魔法がつかえるだろう。


「目立ちたくないと前に言いました」

「それは、お前の意思か? リディア」

「……」

「誰かに命じられたからじゃないのか」

「先輩には、関係ありません」


 最近では、リディアはディアンのことを先輩と呼ぶようになっていた。名前を呼ぶ代わりに、だ。こうなると根競べのようなものだった。


*searching in their awkward distance

(不器用な距離で、彼らは探し続ける)

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