200.It's a date,...... or not.

 待ち合わせは、エンシェント・ストリートの入口にある外資系ファストファッションのブランド店。

 リディアは、ショウウィンドウに写る自分の姿を見て、その出来栄えに目を逸らす。どうも気恥ずかしい。


「――リディア、遅れてすみません。少し妹に捕まってしまって」


 落ち着いた声だった。

 リディアがゆっくり振り返るとそこにキーファがいた。彼はまぶしげに目を細めてリディアを見る。


「全然遅れてないわよ、まだ十五分前――」


 まだじっと見ているキーファに、リディアは次第に気後れしてくる。


「あの?」

「可愛いですね」

「え、あ。年甲斐もないかなって……実は後悔していたところ」


 クリーム色の小花模様のワンピースは胸元を紐で結ぶタイプ。

 髪は左サイドを編みこみにして深緑のリボンで結んである。

 大学ではタイトスカートにジャケットのスーツ姿でいることが多いが、軽い変装の意図もあって、学生風にしてみたのだけど。

 ファストファッションの店から出てくる子たちとは、なにか違う。


「いいえ。好きです、スーツ姿よりも」


 リディアは顔を赤く染めた。否定してもキーファは肯定してくるから、どう答えていいのかわからなくなる。


「本当はこういう格好が好きなのでは?」

「……わからないの」


 魔法師団にいた頃は、あまり女性らしくない格好をしていた。

 辞めてみたら、意外に家にいた時に着せられていたような格好ばかりを選んでいる気がする。幼少時の影響が怖い。


「もっと違うのを着こなせたらいいのだけど」

「例えば?」

「もっと歳相応の……セクシーな感じとか」


 目指すのは金融街のオフィスビルから出てくる女性弁護士。腰を絞った体の線をきれいに見せるワンピースや、豊かな胸元を綺麗に見せるシャツに体にフィットしたスーツジャケット。

 セクシーさとフォーマルさを併せ持つコーディネートをした彼女たちは九センチヒールを履きこなし、モデル歩きで颯爽とタクシーに乗り込んでいる。

 自信のあるプロポーションじゃないとできない。そして、ああいう服は高い。質が良くないと安物感が出てしまうのだ。


 キーファはそれには答えない。

 同意をされないということは、そういうのは似合わないってことだよね。だが、キーファは少しの黙考のあと口を開く。


「今度、一緒に見に行ってみますか?」

「え! ええと、その……大丈夫」


 何が大丈夫、なのか。答えになっていない。

 それにそんな高級ブランド店、買えないし、服も雰囲気も合わない。

 いろいろ焦るリディアに、キーファはそれ以上何も言わず歩くように促す。


 彼はさりげなく車道側に回ってくれるし、後ろから自転車が来るとリディアを庇うように背に手を当てて誘導してくれる。

 そしてまた、話を続ける。


「――家に居た時はカジュアルでしたね」

「あれは――他人ひと様の前に出るには露出がありすぎて。叱られたから」

 

 ハーフパンツや、お腹が見えるシャツは、外に出る格好ではない、と躾られたせいか。


「家でですか?」

「ううん、師団で。風邪引いて熱出してね。真夜中に目を覚まして、シャツ一枚で施設の自販機に行ったの」

「シャツ一枚? ワンピースのような?」

「うーん。お尻は隠れるぐらいの長さだったけど、夜中だからいいかなって。誰もいないかなって。若かったし」


 若かったし、そこまで体型を意識していなかった。誰も興味なんてもたない。そんなふうに思っていた。


「そしたらディアン先輩に出くわしちゃって。強制的に部屋に戻された」

「――ちなみに、それはいくつの時ですか?」

「十六かな。それから暫く、先輩の無言の圧力が怖くって」


 キーファがため息をつく。


「俺でも怒ります。妹だったらとんでもなくね」

「ええと」


 キーファは片眉を上げた。


「まさか、今でも真夜中にシャツ一枚で出てるなんて言わないですよね」

「向かいの通りまでゴミ出しぐらいよ、たまに」


 深夜のコンビニは、最近はちょっとやめた。コンビニを出たところで、後ろから男性に「ノーブラですね」と腕を掴まれたから。


 あれは、何だったのだ。


「あの人通りがない……ところですよね」

「夜中や早朝は、全然人がいないから。見られてないから平気」

「やめてください」


 キーファがリディアを見据える。


「どこで誰があなたを狙っているかわからないでしょう? 絶対に無防備な格好で出ないでください」

「ええと、キーファ?」

「個人的にはセクシーな格好も賛成できません。男は勘違いしますから。――あまり、そういう目で見られるのは苦手でしょう? 俺も嫌です」


 リディアは驚く。ええと、なんで?


「――いいですね、リディア?」


 リディアは圧倒されてコクコクと頷いた。


「約束ですよ」


 満足げで、確かにその目はマジだった。

 なんだかもう敵わない、これって気のせいじゃないよね。


 ――その時、キーファの影、背後の角から走ってくる人影にリディアが目を見張ったときだった。

 キーファはリディアの様子を見ただけで、かばうように肩を抱きしめ、背後を振り返る。その素早さにリディアは驚く。


 でも、その影は小さく殺意もない。


 リディアが、大丈夫だと告げるためにキーファの腕に手をかけると同時に、かわいらしい声が響いて、同時にキーファが力を抜く。


「お兄ちゃん!」

「レナ……」

 

 キーファが額を押さえてため息をついた。

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