178.水魔法
*少々暴力描写があります。最後悲惨なことにはなりませんが、苦手な方はお閉じください。
リディアは目を見開いてヘイを見て、それから生徒に目を向けた。
見合わせる生徒たち。ヘイの異常な様子に、彼らも困惑から不信感を顕にする。
「うるせえジジイだ」
「てめえもくたばれ」
「おやおや。彼女を好きにしても目溢ししようというのですよ、その機会を失うのですか?」
「お前に、言われるまでもねーよ!」
仲間の一人が、ヘイに殴りかかる。けれど不可視の壁がその男の拳を遮り、そいつは声をなくして、拳を押さえてうずくまる。
「っ、何が目的だ」
「何って。――あなたたちと楽しみを共有したいのですよ」
「へっ。下衆野郎が」
「私は指導者ですよ」
「なあ」
ゴードンがゆらりと、上体を揺らしてヘイを見据える。
「俺らも楽しみたいとは思うけどな。まずはアンタから見本を見せてくれよ、どういうことがしたいのか」
「好きにしなさい。ただし魔法の実践ですからね。魔法を使ってくれなくては」
例えば、とヘイは言って、ロッドを振るう。
途端に、リディアは水の中に閉じ込められる。彼の作り出した水球が、リディアの全身を包んだのだ。
まるで水槽の中に落ちたみたいだが、水面はない。ごぼっと息を吐いて手のひらで口をおさえる。ごぼっごぼっ、空気が口からこぼれ落ちる。溺れる寸前だった。
リディアは喉を押さえる。魔力を高めるが、それは魔法として発現しない。
ヘイが外界でロッドを振るう。途端にまとわりつく水がリディアから離れる。
「ごほっ、ごほっ、つ、こん、ごほっ」
リディアは喉を押さえて、水を吐き出す。生理的に涙が込み上げてきて、しゃがみこんで、何度も咳き込んでいた。
「無様ですね。何かしてくれないと、授業にならないでしょうに」
「こんな、ごぼっ、なんの、ごほっ、役にも立たない……」
「おいおい、今のがなんだっつーんだよ」
ゴードンが面倒げに言い募る。
「俺らには、こいつをボコる理由もねえけどな」
「そうですか? でもなかなか興味をひかれませんか」
ヘイがリディアの前から、どいて見せる。
視線が集まり、リディアは顔を上げた。
全身びしょ濡れの体にまとわりつく衣服。白いブラウスの下に、黒のレースのブラジャーが透けて見える。無遠慮で欲望にまみれた視線と口笛が鳴らされる。
リディアは、顔に血が上ってくるのを感じた。隠したくなる衝動を懸命に堪えて、前髪をかき分けて、顔にへばりついた髪を後ろに流して立ち上がる。
(……水)
「ヤっちまってもいいっていうのかよ?」
「さあ、私は何も言っていませんよ」
「アンタに命じられるのは、おもしろくねえな」
ゴードンはそういいながらもリディアの顎に手をかけて、顔を覗き込んでくる。
「手を離しなさい」
「――だってよ」
彼はくっと笑いながら、ヘイを振り返る。
ヘイは、リディアの後ろに回る。そして背後から手を掴み拘束して、ロッドを前襟から差し入れる。
「何、するのよ」
「乾かして差し上げるのですよ」
彼の笑いを含んだ声が耳もとで囁く。吐息が首筋に触れて、ぞっとする。
風魔法の気配。
胸元へと差し入れられたロッドの先に風属性の魔力が集まる。
リディアは風を制御する魔法を口内で唱えかけたが、それをやめる。口を引き結んで、ヘイに体当たりをした。
同時に弾けた魔法、ブラウスが切り刻まれ、白い紙吹雪のように断片が風に舞った。
(……風)
転がったヘイが、尻を地面につけて片膝を立て乾いた笑いを立てる。
ゴードンが目の前に立ち、リディアの顔を見て、それから視線を下ろす。
「これを、外すのは楽しそうだな」
ブラジャーの肩ひもを指で摘むゴードン。
リディアが張り上げた手を、今度はゴードンが掴んでいた。さらに蹴り上げた足も掴まれている。そのままくるりと背を向けられて、地面に膝をつかされる。
「女は傷つけるより、楽しむもんっていうのが俺らの流儀なんだよ」
尻をなで上げたゴードンの手に屈辱を覚える。唇を噛んで振り返る。
「魔法を使ったらどう?」
「たとえば?」
ゴードンの手の中に、金属の短剣が現れる。彼の刃先が肩紐を一つ千切る。
そのままリディアの頬を金属が撫でる。
それから火球が現れる、それがリディアの瞳に近く。
次々に発現する魔法。
魔法を使う能力は悪くないのだろう。けれど、最悪だ。倫理観が全く育っていない。
くちゃくちゃと彼がカートを噛む音が耳元で響く。
彼の手がリディアのスカートをめくりあげ、大腿に熱を感じた。ストッキングの焦げた匂いと酷い熱さに歯を食いしばる。火球であぶられる痛みを堪える。
(――金。そして火)
「私とやりあいたいなら、少しはマシな魔法を見せて。あなた達が私を魔法で従わせたら、認めてあげる」
ゴードンの合図でほかの生徒たちも近づいてきて、リディアを取り囲む。
「認めてあげる、かよ」
「泣けよ。許してってお願いしてみろよ。そしたら可愛がってやるぜ」
「結構よ。――あなたたちは、私には敵わない」
ゴードンがリディアの腕を持ち、立たせる。
手を離して、マジマジとリディアを見返して鼻を鳴らす。
「――離れていなさい。全く鼻持ちならない女です」
ヘイが憎々しげにゴードンの前にでてくる。
彼がロッドを大きく振ると、リディアの足元、陣の周囲を取り囲むように豪炎が捲き上る。
「古来から生意気な魔女には火あぶりがふさわしいといわれています、その綺麗な顔が燃えてしまえば、少しは謙虚になるでしょうよ!!」
ヘイは叫ぶように告げて、踊るようにロッドを振り回す。
「さあさああ!! あなたたちも、火球を飛ばしなさい!」
「……」
ヘイの異常な言動に薄気味悪そうに皆がたじろぐ。
けれどヘイがゴードンの腕を掴み、促す。
「ジジイ、離せよ!」
ゴードンが苛立たしそうにヘイを突き飛ばす。
ヘイのロッドがリディアの足元に転がる。それをすかさず足で踏みつけて、リディアは拾いあげた。
(――水、風、金、火……木、そして)
しゃがんで、手を伸ばす。
足は陣から出ることができないが、手はこの敷地から出すことができるのだ。
森の子どもの死骸を撫でる。髪にこびりついた土を手にする。
(……土)
“閉ざされし世界に揃いし、六の属性よ。今歪みを直し、解放せよ”
魔法陣を踏み消す。
“歪みは、歪みのもとに。歪みを、作りしものへ返還せよ“
この魔法陣は、自然界の六属性を全て遮断し、魔法の発現を封じていたものだ。あいにく、この中に属性の要素を入れてしまえば効果を消滅させられる。
リディアは一時期、魔方陣にかなりはまっていた。ディアンやディックを巻き込んでオリジナルの魔法陣を作る遊びまでしていてことがある。
抜け道は結構あるのだ。
(禁書からの魔方陣をそっくりそのまま使うなんて、センスがない)
リディアの誓願詞で、歪みがヘイの元へと突撃するように飛んでいく。吹っ飛ぶヘイの体。続いてまた一つ、魔法を発現させる。
“炎よ。拘束する檻となれ!”
ゴードンたちの前に豪炎が立ちふさがり、檻となる。
「わ、なんだこれっ」
「熱い、熱い!」
リディアは消滅した魔法陣から、飛び出る。
起き上がったヘイの襟首を掴んで、腹に思いきり蹴りを入れて地面へと沈ませる。
そして馬乗りになり彼のロッドを持ち、仰向けに倒れた彼の心臓に先端を当てる。
「何をしているの、ですか」
「わかりませんか?」
「さあ。あなたの意図などさっぱり……?」
そう言いかけたヘイが眉を潜めて、それから手をかざす。
「何を」
「わかりませんか?」
「これは、なんの……」
冷や汗をかいて、息苦しそうに喘ぎ始めた彼を冷ややかに見下ろす。
「森の子らを捉えたのは、あなたの一存ですか? それとも師団の総意ですか?」
「あなたに……答える必要が、ありますか、リディアどの」
「ないでしょうね。妖獣を――彼らを捉えている牢の鍵を」
「あなたに渡す、ひつようが……ありますか?」
むくんだ顔。苦しげに喉が膨らみ、喘鳴を繰り返すヘイ。
「まさか毒……」
「それこそ、まさか」
リディアは呆れたように、肩をすくめる。
「あの出来損ないの魔法陣。あれは外界への働きかけを禁じるもの。魔力を溜め込むことは阻害しないため、十分時間がありました」
「り、りでぃあ、どの」
ヘイが、パンパンに膨らんだ指でリディアの腕を掴む。
「私は、水属性魔法師なんです」
「――」
「溜め込んだ魔力を、今あなたに注いでいます。身体は水分でできていますからね。けれど、体が処理できる体液は、限度があります」
「ど、どういう」
「ちなみに心臓に水がたまると、どうなるかはご存知ですよね?」
「……」
「鍵を。そして二度と彼らを捉えることをしないと約束を」
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