179.泣きそうな空
リディアは、炎の檻に囲まれたゴードンたちの前に、歩み寄る。
「なかなかいい眺めじゃねえか」
「あなたたちに見せるためのものじゃないわ」
全員をねめつける。
肩紐が切れて、ずり落ちたブラジャーを引き寄せる。
心が麻痺していて羞恥心はない。怒りもよくわからない。ただ凪いだような心がある。脱力感と虚しさ。
恥ずかしくない。顔もそむけない。
ここで弱みを見せたら、一生こいつらから逃げなきゃいけない。
「今回のことは、担当者による煽りの影響もあるかと思います。ですが、全ての態度において学びに臨むものにふさわしいとは判断しかねるため、実習中止とします。追加補講またはそれにかわるものを提示するかどうかは、あなたたちの担任からの連絡をまってください。本日はこれで帰宅とします」
背を向ける。
「まてよ」
首に回る腕。胸元に滑り込んでくるもう片方の手。
炎の障壁を難なく抜けてきた立派な体躯が、押し付けられる。
「なあ、アンタ。これで終わりだなんて――」
予想していなかったわけじゃない。終わりだなんて、思ってない。
リディアは後ろに頭を振り、顎に頭突きをくらわす。腰を落として振り子のように、背後を蹴り上げる。
その勢いのままゴードンの肩に手をついて頭上を超えて背中に回り、首を締め上げる。
「ぐ」
「あなたたちに必要なのは魔法の指導じゃない。でも根性を叩き直してあげるほど、私は面倒見がいいわけじゃないから――」
本気で首を締め上げる、太い首だ。
リディアの背に合わせてゴードンはのけぞるようにしてもがいている。外してこようと肘鉄がリディアのみぞおちに入るが、リディアは腕を外さなかった。
ただ、一瞬息を飲む。
堪える。
そして、彼が落ちた。
死んではいない。ただ意識を消失しているだけ。
それから、炎の檻に包まれたままの他の生徒に目を向ける。
リディアが指を鳴らすと、炎が消える。
彼らが後ずさり、そのあと逃げるように走り出す。
リディアは空を見上げる。灰色の重そうな雲が敷き詰められている。泣きそうな空だ。
指を鳴らすと、空が光る。
そして轟音が彼らの頭上に降り注いだ。
「あ……あ」
雷鳴が地面を穿ち、黒ずんだ地面の横に、腰を抜かした彼らは転がっていた。
「忘れ物よ、連れて帰って」
ゴードンの腕を引きずりながら、彼らの間に重い身体をドサリと落とす。
何人かの股が濡れていた。
「ああそうか。雷でまだ耳が聞こえないかな。でもわかるでしょ?」
リディアが一歩踏み出すと、一人が、二人が、足をもつれさせ転がり逃げ出す。そして思い出したかのように二人が戻ってくると、ゴードンを引きずりながら、また逃げ出す。
「――今度、女の子に乱暴したら、本当に雷落とすからね! 覚えておきなさい!!」
リディアは、体を折り鳩尾を押さえるようにして、森の子の死体までにじり寄る。
開いた瞼を閉じてやる。そしてとうとう地面に膝をついた。
堪えていた吐き気を解放すると、胃液が喉からせり上がった。
「ごほっ、ごほっ」
何か、感情がこぼれて行く。漏れでた感情が溢れて止まらなくなった。
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