139.募る気持ち

「先生、少し座ったらどうですか?」


 キーファは、端の椅子に誘導してくれる。やっぱり落ち着いていて、気が利く。

 他の生徒たちは、アルコールに浮かれて早くもおかわりしているし、大丈夫だろうか。


「彼らは強いですよ、大丈夫です」

「よく一緒に飲むの?」


 頷いたキーファは、リディアの顔に目をやり、眉を潜めた。


「大丈夫じゃなさそうなのは、先生ですね」

「酔っていない、平気。本当に」

 「疲れていると酔いが早く回りますから」、と彼からは水のお代わりを渡される。


 リディアは改めて彼を見る。高い背と広い肩、まだ鍛えがいのある身体だ。

 勤め先にもよるけど、いい筋肉がつきそうだ。そう判断している自分に気がついてリディアは顔を赤らめた。

 職業病というより自分の趣味だ。若干筋肉フェチなところがあるのは自覚している。


「今日は、助けてくれてありがとう。改めてお礼を言わせて。あなたのこと、シリルも褒めていた」

「いいえ。思うようには、動けませんでした。計画通りには全然進められなかった」


 リディアは首を傾げる。


「戦闘で思うような動きができるのは、プロよ。そんなことは無理。でも、あなたのように自己分析できる人は伸びるから」


 そして問いかける。


「団長と聖剣のこと話した?」

「はい。その聖剣が俺を選んだのだから、好きにしていいと。魔法師団に入るのであれば、正規のルートで来いと」


 リディアは頷いた。


「先程の約束だけどね。その剣ね、大層な代物だけどそれには縛られないで。あなたはなんの義務も負わないし、誰も何も強制もしない。あなたは聖剣を発動したけれど、魔法の発動もまだ諦めないでいいし、たくさんのことを試していいのよ」

「僕は、――魔法を使えないことは、それほど気にしていない。そう、自分で思ってました」


 以前キーファが言いかけたことだろうか。リディアは彼の言葉に意識を集中させる。

 魔法の大学にいるのに、魔法が使えない。それはどんなに辛いだろうかと彼のことを思い気になっていた。けれど、少し違うのだろうか。


 リディアが問うように首を傾げると、彼は語りだした。

 

 キーファは、幼いときに魔力があると指摘された。けれど、魔法省の人間で、すでに魔法師でもある父親は、キーファが自分で決められるようになったら魔法の学校に行けばいいと、普通科の学校に進学させた。


 今にして思えば、とキーファは続ける。

 強力な魔法使いは、幼少時から日常生活で無意識に魔法を使ってしまう、だから早いうちに教育を受けさせるのだ。そんな才能を見せないキーファに、両親は過大な期待を寄せなかったのだろう。


「魔法師として就職は考えていませんでした。ただ、魔法師の資格を取り官庁に勤める、そのぐらいの感覚でした。それにしても、大学に行けばそれなりに簡単な魔法ぐらいは使えると思っていたんです」


 まさかまったく発現できないなんて思いもしなかった。

 それまで、そつなくなんでもこなしていた優等生のキーファには、それなりにショックで、けれど持ち前の優等生の性質から、やけになることも出来ず、淡々と学業と与えられた課題をこなしてきたのだ。


「もし、親の期待が大きい幼少期を過ごしていたら、魔法が使えない自分にコンプレックスを持ち、かなりひねくれていたかもしれませんが」

「……そうやって、自分を分析できるのはすごいけれど。でも出来ないと突きつけられるのは辛いし、その環境で大学の四年間を良く乗り切ったと思う」

「……研究者になればいいと思ったんです」


 魔法が使えなくても研究者にはなれる。

 教員だって、魔法を使うのは苦手だから教員になった、という人も少なくない。実地で教えるのは、実習の現場の人間、自分たちは机上の理論を教えればいいから、と。


「でも、先生が話してくれて――、本当は魔法を使いたいと願っていたことに気がつかされたんです。――そして。――本当は魔法が使えない理由も思い出しました」


 キーファはそこで口を閉ざし、それ以上は語らない。

 リディアは迷う。キーファは、話したいのだろうか。


 まだ話しづらいのならば、無理にはもっていかないが。


「コリンズ」

「俺は、失敗したんです。昔――それで、傷つけて。だから罰なのだと、今更になって知りました」


 口を開きかけたリディアに、キーファは首を振る。


「先生、さきほどの会議で先生にお願いしましたが。もう少し、付き合ってください。使えるようにしてくれとは言いません。そこに先生の責任はないから。ただ、あなたから機会をもらえるなら――俺はそれが欲しい」


 顔に浮かぶのは穏やかな表情、けれど眼鏡の奥にあるのは、ひたむきで、必死な瞳。

 熱をこめた眼差しに、リディアも、つられたように頷いていた。 


「私も、力になりたい」


 キーファは口元を緩めて、笑った。


「先生、本音で話してくれっていうの、覚えていますか?」

「え?」


 そういえば、実習前にそう言われたけれど、キーファに嘘をついた覚えはない。


「ええ、嘘は言わないし、できないときはできないって言う。あなたについての能力も、気づいたことは出来る限り言うようにする」

「先生のことも」

「私のこと?」

「先生のことも、教えてください」

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