128.心の行方
キーファは、呆然としていた。
包み込むような不思議な声に従い、剣を振り払うと光がほとばしり、真白が一面を覆い尽くす。
光に飲み込まれつつある魔獣の触手が、ペッと吐き出すようにリディアを放り出す。
意識がないのか地面に為す術もなく落ちるリディアを、キーファは即座に手を伸ばし引き寄せる。
普通、意識がない身体は重いはず。だが、抱き上げた身体は思っていた以上に華奢で、軽かった。
覗き込むとリディアの小さな口は微かに開き、胸は浅く上下していた。
呼吸をしていることにホッとして、思わず抱きしめる腕に、力がこもりそうになるのを堪える。
――強大な力が、迫っている。
ケイの炎は、真白い光に包み込まれて、消し飛んでいた。ケイ自身もふっとばされて、離れたところで倒れ伏している。
だが周囲は暗く、見上げれば炎をまとう火矢というよりもまさに炎の塊が降ってくる。
――防ぐ術など知らない。
だが、リディアを傷つけるわけにはいかない。
“――剣を――”
先ほどと同じく、命じる神々しい声にキーファは背筋を正す。
考えなくてもわかる。これは、自分を、彼女を救うために必要なことだ。
具体的な指示はないが、キーファは迷わず光を帯びる刀身を地面に突き立てて、右手で柄を掴む。
降り注がんとする凶暴な炎は、近づくほどに威力を増し、炎の蓋で地面を覆い尽くすかのようだ。
柄を握る手に力を込めながら、キーファはリディアを胸に強く抱きしめる。近づけると柔らかな髪が頬を掠め、こんな時でも愛しさと、そして守らなければいけないという思いが強く胸を焦がす。
「コリンズ……?」
その時、意識を取り戻したのかリディアが微かに声を漏らす。慌てて拘束する力を抜くと身動ぎしたリディアが、熱を帯びた瞳でキーファを見上げる。
その瞳に、言いようのない感情を呼び起こされる。
胸に走る甘い痛みに、思わず力がこもる。
「大丈夫ですか?」
「……ええ」
キーファは動揺していた、どうしてなのかという説明はできなかった。
ただ、彼女を見ていると、もどかしい何かが胸を走る。
彼女は自分のものじゃない、だけど自分が――守りたい。――愛しい。
キーファの複雑な表情には気づかないリディアはゆっくり身を起こし、キーファの柄を掴む右手に、彼女の小さな掌を重ねた。
男のキーファの手を覆い尽くせことはできない。だがリディアの掌は柔らかかった。
キーファは、またもや湧き上がるわずかな感情を堪える。
彼女は、肩で大きく息を吐き、ついでギュッと唇を噛んで目を閉じてこらえる。
「リディア――先生?」
焦り、思わず彼女の名を呼んでしまい、慌てて先生と付け足す。
自分らしくない失態だが、リディアは気にしていないのか、気づかなかったのか、何も答えない。
「平気よ」
意外にもしっかりした声。そして、開いたその目は強い意志を宿して前を見据えていた。
“――聖なる輝きよ――封じの力を示せ”
リディアの口から洩れるのは、涼やかなリュミナス古語。
「先生?」
リディアはまだ熱を帯びた濡れたような瞳でキーファを見上げ「このまま離れないで」と告げて、上位前方を見据える。
その瞳はより鮮やかな翠玉だ。
その口からは力ある言葉――請願詞。
リディアは凛とした声でよどみなく喉から発する。
“――偉大なる四獣王に請う”
“――守りを与えよ”
“――我と我の守護するものを、強大なる力から守れ”
リディアの顔は、尊大でかつ厳粛。そして強い意思を秘めた力ある気迫が込められた声。
“これは契約である”
そして、彼女は四獣王に命じる。
“――疾く遂行せよ”
リディアの声に呼応するように、遥か遠く、陸の果ての四方から気炎が立ち上がる。
(まさか、四獣王が――応えた?)
意識を揺さぶり持っていこうとするほどの魔力。
キーファの肌が泡立つ。
大学では習わない、最上級魔法の一つだ。
――これは、勉強や実習どころの話じゃない。目で見て体感できるありがたさどころじゃない。
その発現を可能とする魔法師を間近で――いや、腕の中に感じる。
キーファはグッと奥歯を噛み締めて堪える。
思いを寄せる存在が、それを放つのだ。
畏怖に近い尊敬、だが同時にこみ上げるのは保護欲。敵わないと思うほどに強くなる所有欲。
その感情を戒めるかのように揺さぶる力。
手にした柄が武者震いのように振動し、刻々と強くなり、抑えきれない。
白い光が剣からあふれる。
「コリンズ、負けないで」
「もちろん」
キーファはリディアに答える。そしてこれ以上にないほどの白さが溢れ爆発するように、キーファとリディアと、それからケイを包み込む。
キーファは閉じそうになる目を眇めながら必死でこらえて、瞼を開け続ける。
閉じたらいけない、見定めろ。
自分の中から魔力が湧いてくる。それが剣に捧げられていく。
――ただ白いだけの視界。
もしかしたら目が焼かれて幻影を見たのかもしれない。
だが、――何かの影が見えた。
巨大な黒い尾が振り子のように振り下ろされて、声のない雄叫びが世界に響く。
六属性とは違う、神に近い力の結界。
竜だ――。
これは聖獣――四獣王のうちの一体。
本能が恐れを発し、だがその恐怖を抑えきれたのは、掌と熱さと腕の中の存在。
(飲まれて――たまるか!!)
そして天から降る暴力的な隕石のような炎が大地を飲み込む。
それは閃光で、全てを溶かし一瞬で抹消してしまうほどの力。
自分達が放つ力と、上からの力。二つが衝突する。それは無音無風だった。
純粋な力は双方とも光そのもので、二つが弾けて、何もない白い世界に誘った。
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