122.リディアの声

「それでヤツが倒せると?」


 ウィルの覚悟をこめた宣言を、ディアンは淡々と返す。

 その返答はただの呆れか、それとも試してのことなのかは、わからない。


「こいつは、もともと魔法を付加できる。これでコアを破壊して、リディアを助ける一瞬の隙を俺が作る。リディアが救出できたら、あんたたちは好きなだけヤツをフルボッコすればいいじゃん」

「誰がアイツを助ける?」

「キーファがやる」


 キーファは、今はケイの相手で手一杯だ。


 けれど――ヤツはやるだろう。

 ウィルはキーファの返事もきかずに確信していた。


 ディアンは、全く表情を変えなかった。うなずきもしないで一言。


「――四獣結界を展開」


 ディアンが命じた途端、周囲を伺っていた全員がざっと動き出す。

 無言かつ、迅速な動き。


 全員が同時に、統率が取れていながら全く違う動きをする。あるものは、機材を手際よく片付け、あるものは天幕をたたむ。

 ある者は駆け出し、ある者は今より更に装備をあつくし、銃器を担ぎ始める。

 

 ウィルの頭上に影がさす。

 強烈な日差しを投げかける砂漠のはずが、薄く翳っている。灰色の雲が日差しを遮っているのだ。


「団長、アンタの魔力のせいで、六属性が騒ぎ出してる」


 シリルが非難するが、ディアンが気にする様子はない。


「――角度と距離を算出。コアの出現時刻を予想」


 携帯型MPを操作する団員がディアンに告げる。


「魔獣行動予測、あと二〇秒で魔獣が口腔を開け、コアが露呈します」

「――リディア、聞いてたな?」


 ディアンが目の前のウィルを無視し、いきなりリディアに呼びかける。念話だろうか。


 けれど反応がない。


 団員が慌てたように周囲に機器を設置し、手のひらよりも小さい集音器を設置する。


 更に小型のMP画面が開かれて、虫目の映像を写す。

 乱れた画像の中、リディアが触手の中で目を閉じて力なく埋もれている。


 意識がないのかと心配しかけたが、かすかな声が返ってきた。


『……きいて、た』

「もう少しだけ待ってろ」


 潜めているようなリディアの息遣い、時々しゃくりあげるようなそれは、何かを耐えているよう。


 それはウィルの胸に痛みをもたらし、同時に下半身も熱くなって、慌てて気を紛らわす。


『――キーファ・コリンズと……ケイ・ベーカーを……』


 リディアの息も絶え絶えという、絞り出すような声。ウィルは、唇を引き結ぶ。


 変な気になっていたのが、一気に冷水を浴びせられたかのように、萎える。

 リディアのお人好しぶりに呆れる。どーしてこんなときにまで、しかもキーファの名前を呼ぶとか。


「今は自分のことだけでいい。他は考えるな、いいな」

『……』

「リディア、声を閉ざすな」

『……も、むり。声、きかないで。おね……がい』


 これ通信機切って、とリディアが囁く。「たぶん、もう…っ、もたない」そう消え入るような声が告げる。


「……馬鹿」


 ディアンが呟く。小さくて、何かを含んだ囁く声は、リディアには届いていない。

 でも、ウィルの耳には響いていた。


(これって……)


 その二人の会話は、ウィルに僅かな予感を呼び覚ます、嫌な感じだった。

 そしてディアンは、いきなりリディアに命じる。


「リディア、感覚を俺に回せ」

『っ……な』

「いいから、全部回せ」


 その瞬間リディアの声が絶え絶えに叫んだ。


『無理、むりっ、できない』

「出来なくない。ネットワーク経由で俺につなげ。なんとかしてやる」


『出来ても、いや!! 絶対いやっ、しない!』

「お前よりこっちは経験積んでんだよっ、お前が受けるよりマシだ」

『け、けいけんっってなに!?』

「気にするとこはそこじゃねーだろ!」


 リディアは黙った、そして沈黙が空間に満ちる。

 ウィルは何も言えない、口を挟む余地さえない。


「……リディア」

『先輩にっ、知られたくないっ!……ぁっ』


 ウィルは顔を赤らめた。最後の声、「あ」て、なに? 

 顔も下半身も熱くなる。


 切ないけど、その声ちょっとヤバイ。まじヤバイ、非常に気になる。


 ブチッと音がして回線がきれる。

 リディアの声が聞こえなくなる。いや、リディアがわざと口を閉ざしたのか。


 ディアンは不機嫌そうに振り向き、見ていたウィルを凄まじい目つきで八つ当たりのように睨む。

 「まだか」と聞かれ、ウィルはやや焦ってボウを持ち上げた。


(くっそ、マジ八つ当たり)


 冷静沈着とか嘘だろ、と思う。


 そう気づいて――面白くない。だってリディアのことで苛立ってるってことだろ。


 グローブをはめて平野にたち、標的を見据える。

 両足を肩幅より少し狭く広げ、片足を前に半身を斜めに立つ。手にしているのは最後のアローだ。


 魔力を込める。

 付加は五百度の炎を内包、風の加速をつけ、狙うは射程範囲のギリギリの五百メートル地点。


 グローブを嵌めた手の感触、肩甲骨が広がる感じは久々だ。

 重い、久々で前腕も上腕もギシギシと鳴るようだ。


 ディアンは何も言わない、こちらを見ない。ただリディアのほうだけを見ている。


(くそ、――もてよ)


 あの厄介な癖は、まだ克服できていない。


 意識すると、弦を引く手が僅かに震えた。まだだ、まだこらえろ。指よ、離すな。

 遠目に見えるリディアの姿は触手の中で見え隠れしている。歯をぎりっと噛みしめる。悔しさともどかしさ。


 リディアのあんな声。そりゃ男として反応するだろ。

 でも――出させたくない。あんなの嫌だ、そんなの――別のヤツ、しかも魔獣に無理やりだ。


 ――助ける。リディアを、これ以上好き勝手させない。


 ウィルはストリングを引き絞り待つ。


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