123.ウィルの炎

「魔獣が開口――コア露出まであと五秒」


 指で限界までストリングを引き絞る。

 

 ――あと、少しだ。

 いける、そう思った瞬間だつた。

 

 ――ふッと指が離れてしまう。勿論まだそんなつもりはなかったのにだ。

 

 ベンっと、情けない音が響く。

 狙っていたような綺麗な放物線ではない、加速も足りない、高さもない。


「っ……」


 駄目だ、その瞬間悟る。

 引き絞れていない、最後の最後で緩んだ弦で放たれた矢は、情けないほど自分の意図したフォームとは違い、速さも重さも全然ない。

 

 そして魔獣に届いたそれは、予想通り。

 やつの足もと刺さっただけ、ただ一度大きく暴れさせただけった。


「――団長。四獣結界準備完了」


 シリルの声に、ディアンが頷く。

 その目は次の行動をする顔だった、ウィルには一切何もいわない、何も期待していない顔だった。

 

 ウィルは動けなかった、頭が真っ白になる。


 “つ、この恐れを知らぬ人間が!!蘇れ、蘇れ――恐れろ、全てを虚無にかえる。全てを喰らい尽くす我が子らよ 集え、現れ、この世界に恐慌を!!”


 いきなり通信が回復したのか、スピーカーから魔獣の声が響く。


「あ、それだけど地下のお前の子ども、全部燃やしちまった」


 シリルが場の緊張を壊すかのように、サラッといきなり魔獣に白状する。


 あの地下空間でのことだ。

 シリルが率いた派遣部隊は、あの繭玉に包まれた蜘蛛の幼生――ウンガリアントの子どもを、全部焼いたのだ。


 ウィルもそれを見ていた、容赦のない駆逐だった。


「わりいな、でもしかたねーだろ?」


(ちょ、人質は!?)


 リディアが捕まっているんだけど!? 


 煽ってどうする?


“おのれ、おのれ、おのれ、おのれ――”


 蜘蛛が遠目でもいきり立ち、いきなり腹立ちになるのが見える。


“ならば、この娘を孕ませてやろうぞ!! 我が子孫の苗床として利用するまで”


「ボス!! リディがヤバイっ」


 (だから煽ったせいだろ!!)


 モニターに目を向ければ、宣言と同時にリディアの全身が大量の蜘蛛で覆われる。

 もはや魔獣の姿はない、だがよく見ると小さな蜘蛛が一面にモニター上に現れている。


 ディアンが何かの詠唱を始める。


「リディ、リディ!!! 返事をしろ」


 シリルが叫んで呼びかけるが、返答はない。


(俺は、何もできないのか――)


 リディアに、あんなに助けられて。あんな風に自分の思いを押し付けただけで。


(俺に、魔法が使えるようにしてくれたのに)


 いや俺は――魔法を使ってない。


(アンタを助けらんなきゃ、魔法なんて使える意味がないんだよ!!)


 ウィルはその瞬間、下ろしたはずのボウをもう一度持ち上げて、構えていた。


 すっと開いた足は、肩幅よりやや広い。目は不思議なくらい遠くまで見渡せる。

 

 心は凪いでいた、今までの雑念が不思議なくらいだ。

 

 炎が暗闇の中に見えた。不思議だ。視界には見えないのに、大きな炎が自分の中にある。そこから炎を取り出すと、何もない弦に炎の矢が浮かび上がる。


 それはぼうっと陽炎のように揺らぎ、しだいに確かな存在となる。幻影のようなものが確かな熱をもち、大気で揺れる。


 ゆらりゆらりと鬼火のように揺れて、そして細い筒をもつ火矢となる。


 ウィルの身体から、淡い金粉が舞う。


 それが立ち上り、そして魔法の火矢へと吸い込まれていく。それは、自分の魔力だとわかった。


「っ、くっ」


 火矢は貪欲だった。

 

 一度ウィルの魔力に味をしめたのか貪ってくる、引きずられる。 

 魔力を取られていく、それに反して火矢の炎は激しく燃えさかり、ウィルの頬を照らすほど。 

 

 熱くて汗が滴る、目に入った汗が染みて片目を閉じる。


「強い。――火の魔力を抑え、風の魔力を増強させろ」


 ディアンがウィルの横から腕を押さえてくる。


「火と風、水、金の三層。中心核は風を内包する炎、印章は嵐を食う顔のない獣。温度は八百度。第二層は、氷と水の結合ヴェール、印章は雪の女王、第三層は燃えさかる鉄」

「っ!!」


(しらねーよ!! 術式教えろよ)


 三層ってなんだ!!


 ウィルの額から汗が滴り落ちる。

 炎の制御だけで精一杯だ、ブルブルと腕が震える、強い炎が今にも暴れだしそうだ。

 

 ウィルが歯を食いしばり唸ると、更に魔力が喰われる。ただ貪欲に吸われ、どんどん炎が大きくなるばかり。


 ディアンが眉を寄せて怒鳴る。


「――リディア、聞こえるか? こいつの魔力をスキャンをしろ」


(は、なに言ってんだよ!)


「意識、繋ぐぞ」


 ディアンの宣言に、いきなり視界が真っ暗になったのは一瞬後だった。

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