121.アモンの業火

 ――それより少し前。


 学生たちは作戦司令本部の天幕の一角で待機を命じられていた。

 チャスはスゲーと興奮し、マーレンは不機嫌そうにしながらも、モニターに見入っている。ヤンは別段表情を変えずに、どうするんでしょうね、とつぶやいていた。


 ウィルは、救出後に強制的に受けさせられたメディカルチェックを終えて、モニターの前に棒立ちする。

 

 目の前の画面には、まるでイソギンチャクのように大量の触手。


 目を凝らすが、そこにいるらしいリディアの姿はよく見えない。


(リディアが――そこにいる?)


 自分が、あのコカトリスを倒さなかったせいだ。

 いつの間にか進化した魔獣に、リディアが捕らわれているという。


 ウィルは思わず一歩踏み出し、拳を握る。


 頭も胸も熱い、沸騰しそうだ。


(俺は、どうする?)


 リディアがやばい。助けに行ったはずのキーファは、聖樹を守るためにケイと戦っていて手が出せない。


「団長。学生の個人端末が映像をあげてます。所有者はケイ・ベーカー」


 一人の団員が画面を切り替えると、ケイの恍惚の表情がクローズアップされる。

 

 激しい炎を前に、ロッドを振り上げている様子が映し出される。


「なっちゃねえな」

 

 団員の誰かがぼそっと呟く。


 ウィルもそれを凝視する。


 炎に関しては、自分は“わかる”と思う。

 

 魔法の発現は禁止されているし制御もできないままだが、炎に関しては見る目は別だ。

 この炎は派手に燃え上がっているが、勢いが不定で、美しくない。時折黒い煙が混じり、不純物が燃えているよう。

 

 例えるなら焚き火をして、そこにプラスチックとか有害物質を何でもかんでも放り込んだせいで、変な煙がたち、パチパチ爆ぜているようだ。


『アロガンスよ! 焼き尽くせっっ』


(アロガンス、ってさ……そんなの無理だろ)


 伝説の聖獣名を唱えているが、初心者に扱えるものじゃない。請願詞はリュミナス古語の完璧な理解と発音が必要といわれているし、聖獣に認められる格や魔力も求められる。

 

 自分も炎属性魔法の使い手だ、炎の良し悪しはわかる。

 それからみると、あれはアロガンスの炎じゃなく、ただその気になっているだけ。


「アイツは、何をしている?」

「複数のSNSにリアルタイムで映像を投稿中」


 ケイの端末が、自分の活躍映像を投稿していると団員が告げる。


「――アカウント削除後、端末を破壊。ヤツのすべての投稿に駆除ウイルス挿入、新規アカウント作成不可措置。ネットワーク上から末梢」

了解ラジャー


 ディアンがケイの姿を一瞥したのはわずか一秒。

 その後、三秒でケイの存在が末梢された。正直どうでもいいって感じの、封じ方だった。


 画面も切り替えられて、大樹を庇うキーファが映し出される。


「あの木、どうする?」


 俺だと全部吹き飛ばしちまうと、ディックが呟く。


 ディアンは頷かず、モニター上で目を眇める。


「――キーファに任せてもいいんじゃね?」


 シリルがニヤニヤとディアンに向けて笑う。


「なあ? 面白くねーだろーけど、あの剣はアイツにリディがやったんだ。信じてやんな」


 団長には絶対服従らしいが、結構ズケズケと物を言う団員たち。どうやらそれらに対するお咎めはないらしい。


 ウィルは背後で会話を聞きながら、全く内容がわからないながらも拳を握りしめる。


 キーファはキーファで、自分の役目を果たしている。


 じゃあ自分はなんだ? 何をしている。


 ただここで指を咥えて見ているだけか?


「――なあ、ウィル。いけよ」


 いつの間にかチャスがウィルの背後に立っていた。


「お前さ、センセを助けに行ってこいよ。俺らの中じゃ、たぶん一番適役だろ」

「……っても」

「キーファがいざという時、渡せってさ」


 チャスに渡されたのは、キーファが使っていた弓だった。ウィルは手を伸ばさず、ただそれを見下ろす。凝視することしかできない。


 今更だ。今更――そんなの。


「キーファが前に言ってたぜ。『ウィルには負けたくない』って。ライバルだっただろ、だったら実力はおんなじじゃん?」


 それに、ってチャスは笑う。


「なんか逡巡してるお前ってらしくねー。当たって砕けろって」


 ウィルは思わず受け取っていた。ボウレングス七十の四十ポンド。長身のキーファでも、日々の鍛錬があったからこそ扱えるものだ。


 現役を遠く離れた自分が扱えるのか、という不安。


 けれど、これぐらいできなきゃ――認められない。

 意見さえもきいてもらえない。


 検討する団員たちを見据えて、ウィルは口を硬く引き結んだ。


「――あのアメーバキメラはやっかいだぜ。全部取り込んじまう」


 シリルがディアンに告げると、駆け寄ってきた団員が告げる。


「おおよそ五百度の火炎ならアメーバを蒸発させて、キメラを結合させているコアに到達できます」

「コアはどこだ」


 団員が機器を操作すると、前方に立体フォログラムの魔獣映像が出されて、中心部にコアの予想位置が指定される。


「人型口腔から八十センチから百センチ地点と予想。これを破壊すれば、融合は解かれます」

「コアが露出するのは?」


 団員が口ごもる。


「恐らく。捕食行動に入ったときでしょう。あの親父顔が大きく口腔をあける瞬間を狙えば――」

「"アモンの業火"を召喚する」


 ディアンが天幕から身を翻した。

 すぐに団員が皆にそれを伝達しに散らばる。


 ウィルは慌ててディアンを天幕の外へと追いかけて、太陽の眩しさに顔をしかめる。


 大きく歩を進めるディアンの周囲は、すでに濃密で重い魔力が満たされていた。

 追いかけるが、まるで水の中にいるようで、手足を動かすことさえ容易ではない。

 

 ディアンが平野にたち、手を空に翳す。するとまるで水の中に落とされた墨汁のように薄紫の魔力が彼の手に渦を巻いて、ゆっくりと集中する。


 濃い、うそだろ、とウィルは呟いた。

 自分は魔力なんて見えない、なのに見えるのだ。感じるのだ。


 闇が彼の周りに凝集されつつある。


 彼の背後に追いついたのはいいが、濃密な魔力に片膝を付きそうになるのをこらえる。


 (なんだ、よ、これ)


 まさか、だ。ひどい倦怠感だ、頭痛までする。急速に何かが奪われていく感じがある。


 これって、まさか――。


 魔王は、周囲から魔力を吸い取り糧にすると聞いたことがある。


 だがまさか、自分の魔力も吸い取られているというのか。それともディアンの魔力が濃すぎて息ができないのか。


 “――アモン侯爵Marquis Amon

 悪魔の君主のもたらす地獄の炎は、その地を百年にわたり不毛な地にしたという伝説がある。


 それを、放つというのか。リディアや、キーファがいるあの場所に。


「待てよ!!」


 ウィルは、魔力を集めるディアンに、悪びれもせず大きな声で呼び止める。

 追いかけてきた団員が、振り向くディアンに驚いて、ヒッと声をあげて目を見開きMPを落としたせいで、精密機器が地面に当たるガンと重くて嫌な音がした。


 「壊すなよ」と追いかけてきたシリルが突っ込んでいる。

 

 ウィルは欠片ほども自分が悪いとは思わない。かなり必死でディアンを見据える。


「リディアに当てないように、あの魔獣を攻撃すればいいんだろう」


 身長も同じくらい、年齢だってそんなに差がない。

 なのになぜ――気圧される。


 格の違い? 経験の違い? そんなの、関係ない!


(――押されるな、負けるな、気合をいれろ)


 ウィルは腹に、声に、目に、すべてに力を入れる。


「物理攻撃は、アメーバに緩衝されちまう。アンタの力じゃ、リディアたちを巻き込む危険がある。俺は魔獣だけ、そのコアだけ狙う」


 ディアンが目を眇める。


「五百度の炎だろ? 俺が、やってやる」

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