92.魔法陣2

 魔法陣を描くウィルがモニター越しに写る。

 リディアは魅入られたように凝視していた。


 ウィルが躊躇なく円を描く、慣れている。危なげない手つき。だが、東を向いた円頂にウィルが描いた印章を見て、リディアだけでなくシリルも驚きの声をあげた。


「大胆だな」

「非常識だけど――」


 東には、東の主の印章を描かなくてはいけない。なのに、その位置には別の――西の君の印章をウィルは描く。別の存在を描くのは、怒りを呼び起こし失敗を招く。


「止めるか?」

「でも、東の主への敬意のリュミナス古語も描いているし間違えたわけじゃない、意図的だわ」


 リディアは、この魔法陣を見つめて頷く。


「あいつ、慣れてるみたいだな」

「確信犯ね」


 魔法陣に慣れ親しんだウィルだからこそ出来る離れ業。というか、こんなに魔法陣に秀でているのに、なぜ魔法陣学科に行かずに、魔法学科こっちにきたの?


 魔法陣の一番の利点は、たくさんの魔法術式を込められること。

 

 ――人が脳裏に術式を描くには限度がある。

 魔法陣は予め関連した方位に魔法術式と印章を置くことで、複合効果や時間差で魔法を発現させることができる。

 けれど、何でも描けばいいというわけでもなく、効果的な術式を整理して描くこと、効果的な印章の選択と配置、なによりも方位を守る存在に対しての敬意を示すお作法がけっこうある。


 魔法陣が東を向いているのは、東の主への敬意を示し、ここから魔法が始まるという意味である。けれどウィルは魔法陣の正面上位、本来東の印章を描くべきところに西の君の印章を描いた。


 魔法はすべて魔法相関図の通りに右周りに影響を与える。ウィルは、最初に西の君の支配効果である火の魔法を発現させたいから、西の君の印章を書いたのだろう。

 そして東の主への敬意を示しながらも、方位逆転の印章を描くことで、東に西の印章がある矛盾を強引に打ち消し、さらに内側の魔法陣に水と風の魔法である風化作用の魔法術式を描き、二重魔法陣とすることで時間差のある魔法を一つの魔法陣にまとめてしまったのだ。

 

 ぶつぶつとウィルの魔法陣を読みながら、リディアは唸る。


「うまいなー。うまいなー」


 ちょっと悔しい。魔法師団で趣味の魔法陣愛好会を作っていた血が騒ぐ。


「リディ、ちょい危ういぞ」


 シリルが示すのは、はるか遠方の空。沢山の影が上空から廃墟のオアシスに向かっている。リディアは眉を潜めて立ち上がる。


「――出るわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る