91.魔法陣
全員で目の前に広がる漏斗状の地形にある中心のオアシス――の成れの果てを目指す。
かつてのこのオアシスの街は、水の枯渇と共に滅びた。今はその残骸があるだけ。
給水目的ではなく中継地点としての目印であり、建造物の残骸が太陽光の遮蔽になるため、そこでの小休止を計画にいれていたのだ。
「なんで倒してこなかったのさ!」
「砂地はやつのテリトリーだ。それに一度態勢を整える必要があった」
いち早く到着していたケイが怒る。
冷静にキーファは答えているが、自分だったら怒鳴り返していただろうとウィルは思う。
あいつ、自分だけ先に逃げているし、全然役にたってねーし。
全員が必死で遺跡に入ってすぐにへたり込む。
ヤンが見張りをかって出て、石柱門の台座に昇り、コカトリスや、その他の襲撃がないか、見渡している。
ウィルも崩れかけた石柱によりかかる。追いかけてくるのはわかっていたけど、ちょっと勘弁。少し休ませて、という気分だった。
「ここには地下空間があるね」
バーナビーがやややつれた表情でウィルの横に座る。太陽が苦手なのに、よく頑張っているよなと思う。
「――昔は、時折豪雨が降ったらしい。その雨水を貯める場所だ」
キーファが二人のもとにやってくる。
ケイはまだ不貞腐れていて、街中にふらふらと一人で進もうとする背中が見える。キーファが「ケイ。位置計の範囲からは出ないでくれ」と警告している。
若干、疲労の色が見えるのは、ケイの相手が疲れたからかもしれない。
「この街が漏斗状にできているのは、中央部のオアシスに雨水が流れ込むように作っていたからだ。そしてそれを地下の空間に貯めるシステムだ」
「へえ、キーファ詳しいな」
「実習での地域情報の収集は常識だろう」
魔獣だけじゃなく、その地帯の歴史や実情まで調べているのかよ、とウィルは思う。
「で、どうする? 魔獣ってさ、一度狙ったらしつこく追いかけてくるってきいたけど」
「――来るだろうね、また」
「生きてるのか?」
「また会う、それはわかるよ」
バーナビーのそれは予知なのか、予想かはわからないけれど、来るというのならば迎え撃たなきゃいけない。
「どうせ街中なら、罠しかけたらどう?」
チャスが言う。
たしかに上からは見通しが悪くなるし、でかいアイツには不利な場所だ。
うまく地理的条件を使えば倒せるかもしれない。
「ウィル。最後に砂に穴をあけたように、街中でも地面に穴を開けられるか?」
キーファの提案に、ウィルは軽くのけぞった。けれど、すぐにウィルは考え込む。
「――地下に空間あるって言ったよな。そこに埋めちゃえばいいのか」
「ああ、砂地に穴を掘るよりはやりやすいだろう。ただ問題は――」
「囮が必要ってことだろ。俺がやるよ? なんか好かれてるみたいだし」
チャスが気軽に言うけど、魔法が使えず敵を倒す手立てがないやつが言うのは勇気がいることだと思う。
「そのことだけどチャス。君、外套を見せてくれないか? 吸血芋虫の体液がついた」
せっかくの高価で高性能の外套らしいが、チャスはねちょねちょすると嫌がり、丸めて背中の荷物入れに突っ込んでいた。それをキーファが確認して頷く。
「恐らく、この粘液にコカトリスは惹かれたんだと思う。吸血芋虫は、果実のふりをして勘違いして狙ってくる鳥系魔獣の血を吸うんだ。惹きつける匂いか何かが体液にあるんだろう」
「うげえ」
チャスの髪や身体のあちこちには、まだ体液がこびりついている。嫌そうに顔をしかめたチャスを一瞥し、キーファはそれをウィルに渡す。
「ウィル、これを着て罠で待ち受けるんだ」
「まじか……」
顔をしかめるウィル。外套を広げると糸を引く。
「それだけどさ、確実に呼び寄せて、罠にはめ込む方法はあるぜ」
チャスが片頬をあげて嫌そうに笑う。
「あとは、そいつが来たときに地面に穴をあけなきゃいけねーのか」
チャスもキーファも難しい顔をしている。かなり危険な技だ、しかも襲われている最中で、魔法の発現ができるのだろうか。
(落とし穴……罠、か)
ウィルは立ち上がり皆を見渡す。
「――魔法陣を描く」
魔法陣――リュミナス古語や印章を含めた魔法術式を記述し、円で閉じる事により、その効果を陣内に展開させることができるもの。
悪魔や幻獣などを呼び出す召喚陣、魔法効果を狙う魔法陣、転移をさせる転移陣、陣内の物を守る結界陣などがある。
チャスとヤンを見張りに残して、ウィルは街中の過去の広場と思われる場所に立った。全員で瓦礫をできるだけ取り除き、陣内になるべく障害物のない状態を作る。
「魔法陣なんて、お前描けるのか?」
「簡単なものなら。ガキの頃、魔法陣で落とし穴作って遊ばなかった?」
ウィルが言うと、皆が首を振る。キーファが困惑を返す。
「ウィル、たぶんそれはお前が特殊な環境で育ったからだ」
「――そんな貧相な遊び、するかよ」
マーレンが悔しそうに言って「周り見てくる」と離れる。
たぶんウィルができるのが面白くないのだろう。
魔法学科では、六系統魔法の基礎魔法陣を習うが、どれがどの魔法陣かテストで当てるというペーパー試験だけ。
自分で描けるように学ぶのは、魔法陣学科の専門だし、オリジナルの開発は、大学院の博士課程で研究テーマにするようなものだ。遊びや趣味で描くようなものじゃない。
「魔法陣って、処女の血で描くんじゃねーの?」
チャスの言葉にウィルは首を振る。
「血が必要なのは、魔界の悪魔召喚の時。他は赤インクが最適っていうけどな、今回は一瞬だから、これでいい」
ウィルは、リディアの魔法剣をキーファから借りて広場の中央に突き立てて、同じくキーファが持っていたアーチェリーの予備のストリング原糸を柄に結ぶ。
その糸のもう一旦はロッドに結ぶ。そのロッドの先は強化テープで先端が鋭利な蝋石を貼り付けた。砂漠で拾ったものだ。
短剣の切っ先で円を描くのが正式と提唱する魔法師もいるけれど、まだ魔獣との戦いが控えている。切っ先を潰したくなかった。
突き立てた短剣を支点に、糸をピンと張って円を描く。熟練の魔法陣専門家ならば、こんな方法を取らなくても、フリーハンドで歪みのない円が描けるが、直径五メートルの円を綺麗に描く自信はウィルにはなかった。
「処女の血とか、処女が編んだ守り紐とか、魔法具あるじゃん。あれって効果あんの? 結構いい値段で売ってるよな。センセにうまいこと言って頼んだら作ってくれねーかな? いい金になりそう」
「――チャス」
キーファがたしなめると、チャスはニッと笑って「魔物、呼んでくる」と門のほうへ出向いていった。
ウィルはなんとなく左の手首をジャケットの上から抑えた。リディアからのアミュレットだ。自然といつも触れている。
目を上げるとキーファがこちらを見ていた。見られたかと一瞬焦るが、ウィルの魔法陣の作成を見ているだけかもしれない。
――別に見られてもいいけど。
ウィルは変性させて描きやすくした蝋石を用いて円を丁寧に描いて、更に糸を手繰り内側にもう一つ円を描く。
腕の位置計で方位を確かめて、東が天頂になるように向き合う。
まず外円内側周囲に沿って、東の主への力ある言葉を書き、一つの印章を描く。それから土に影響を与える火炎の魔法術式。その下の内円は、風化作用の魔法術式。
「――完成。あとは魔力を注ぐだけ」
ウィルは、手についた粉を払い答える。
「来るよ」
バーナビーが空を見上げた、そしてわずかに顔をしかめた。
「キーファ、まずいよ。たくさん奴らが来るよ」
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