90.実習の裏事情

「中々うまいじゃねぇか」


 スコープを覗いていたシリルが、銃身より身を起こす。

 シリルは遠方から学生を見張り、危険と判断したときには介入する。だが、街中に入ると遮蔽物があるため援護射撃は難しい。


 今度はディックが姿を隠して街中に入り、学生の側に控えるのだ。


 五十口径の弾丸を打ち出す対戦車用ライフルを扱う彼女はスナイパーだ。全長一四五センチ、重量十三キロ弱、最大射程は二キロにも及ぶ男性でも扱いに困る銃を扱うのだから、その筋肉量は尋常じゃない。

 

 だがそれが普通の狙撃用ライフルと違うのは、魔法銃だということ。

 通常のライフルであれば、火薬の燃焼圧力で弾丸を打ち込めばいい。だが、魔獣は硬い装甲で体表に包まれていることが多く、ただの金属球ではその装甲を打ち破ることができない。


 魔法銃においては、銃身に魔法術式を刻み、火薬ではなく魔力で弾丸を発射させるもの、弾丸に魔法術式を刻み、着弾と同時に魔法を展開させるものと大きく二種類に分類できる。


 シリルの扱うのは後者だ。

 彼女特製のデビルイーターの異名を持つ弾丸は、固い装甲を貫き、かつ魔獣の腹の中で暴れ回り、魔獣の魔力を食らい尽くす上に貫通することがない。

 

 そして、何よりも命中率の高さだ。どんな遠距離でも彼女は外すこと無く、魔獣を瞬殺してくれる。


「あいつ、欲しいな。キーファって奴」

「彼がその気ならね」


 魔法が使えるとかは関係ない、うちで能力が発揮できるか。稀有であればあるほど、面白がる傾向が、ここの団員にはある。


「前の学生の実習、断ったって聞いてるけど」


 シリルは、地面に固定していたライフルを肩に積み上げ、学生に合わせて移動の準備をしながら答える。リディアはその間、スコープで学生の様子を再確認する。


「ああ。学校が提出してきたのは魔獣一匹に、学生全員で火球を打つという計画だったな」 

「それは――」


 シリルのタンクトップの下から覗き見える胸元も、胸筋でしかない。上腕三頭筋も完全に男にみえる。しかしリディアにとっては気心のしれた同性の友達だ。同性の気がしないけど。


「うちのキャップは、言ってやったぜ、『却下』って一言な。そしたら、あちらさんの先生がキレたんだよ。もう少し丁寧な説明を、生徒の自主性を尊重しろって」

「それは、それは――」


 砂漠で全員が火球を打ちまくったらそれはもう――凄まじい熱風が吹き荒れるだろう。

 しかも、動いている標的に当てたことがない学生が、向かってくる中級魔獣に当てることができるのだろうか。

 

 下手すれば仲間内で自滅する。


 とはいえ、魔法を唱えられず、散り散りに逃げる可能性のほうが高い。


 だから、今回キーファがウィルには得意な変性魔法、マーレンは慣れた風魔法、ヤンには補助魔法、そして自分は武器で戦うというを提案したのを、結構現実的な方法だとリディアは思ったのだ。


「でも大学では、その方法は正解、なのよね」


 ――全員で火球を放つ。魔獣に対して授業で習得した効果的な魔法を用いて、討伐しなさいという課題には正しい回答だ。

 おそらく教員はその案を通したのだろう。ただし、残念なことに教員は魔法師としての実戦経験が乏しいものが少なくない。

 現場からすると、「なんで本人の実践能力と状況を考えずに使えない案を?」と呆れられる。現場と教育が乖離しているからなんだろう。


「現場にしちゃ、迷惑といえば、迷惑だな」


 いいや――大学としてのあり方が間違えているのかもしれない。


 そもそも大学は、軍の士官学校じゃない。軍人を育てているわけでもないし、魔法師団に入る人間を育てているわけでもない。だから大学自体、魔獣退治の実習が不得手なのは、わかる。

 

 大学は、教育省の管轄だからか、実はあまり魔法実践に力をいれていない。

 研究機関だから研究者を優遇したいし、教員も研究者が多く魔法の実践が得意じゃない者が多いように感じる。

 理論を検証し、魔法の構成を研究するほうが得意で、大学は魔法を使ったり魔獣を倒す能力をつけさせることが得意じゃない。


 一方で魔法学校は魔法省の管轄のため、魔法実践の教育を重視している。魔法を使用する能力を付けさせることが目的だ。


 しかし最近は、魔法学校の大学化が進んでいる。大卒という肩書(魔法学士)が取れるうえに、魔法師の国家試験受験資格を取得できる。

 彼らは魔法師資格という付加価値を付けて、公務員や研究職、その他の一般の機関に就職することを望む生徒が増えているのだ。

 勿論、魔法学士だけが取れて、魔法師の資格が取得できない大学もあるが、そこは人気がない。

 

 そして問題は『中級魔獣を三体駆除すること』が、魔法師になるための連盟共通の魔法師国家試験受験資格の条件だということ。

 

 この条件をクリアさせるために、大学は魔法学科の「実践実習」でそれを行わせる。けれど、大学の魔法師は現場経験のないものも多く、学生も実戦的な魔法師になることを期待していない。


 そのため『魔法師団が捕え檻にいれた中級魔獣を、学生に倒させる実習』を実施している大学の魔法学科も多い。

 大学も実習先も、お互いに一番安心で安楽な方法だ。


 名誉のためにいうが、第三師団シールドはそんな実習は受けていない。第一師団ソードもだ。だから、ソードはそんなことを提案してくる大学の実習を断り続けていたのだろう。



「でもまあ、今回は変わりもんが多くて面白いな」


 シリルのそれは褒め言葉だ。興味を持たれる、というのは有り難い。


「とはいえこれからが本番。どうなるかだな」


 ハラハラとリディアは、モニターに食らいついた。小さな蜘蛛がモニタ―の上を横切る。

 この砂漠、虫系の魔獣が多いし、ちょっと気になる。


「で、リディ。――今晩は空けてあるんだろうな」


 肩を抱いてくるその手。異性以上に、たまに貞操の危機を感じるのは、どうしてだろう。

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