93.ケイとヤン

 目の前の窪地は、見事な青。美しい湖みたいな場所。なのに、水は一滴もない。


「騙された」


 ケイはその辺りにしゃがみ込む。

 ヤケになって地面にお尻をつけて足を伸ばす。


 下は、オアシスで水が滔々と讃えられていたらしいそこは、今は干上がり何故か青い地面を晒している。周囲は白い石灰のように縁取りされていて、何らかの成分なのかもしれない。

 

 不機嫌そうに口を尖らす様はきっと愛らしいだろう、自分でもそう思う。誰も見ていないのがもったいないほど。


 個人端末をボディスーツの内側から取り出すが、圏外だ。写真は禁止と言われていたし、そもそも個人端末も持ち込みが駄目と言われていたけれど、そんなの構うものか。


 本当なら、写真撮影をして、自分のSNSにあげたいのに。

 でもこんな格好で映りたくない、全く似合っていない。自分のキャラじゃない。


「何で、僕がこんなことしなきゃいけないの? 砂まみれだし」


 そもそもこの領域を選んだのは、注目分野だってきいたからなのに。自分の魅了チャームは特殊だ、ここしかないと思った。


 なのに、あのリディアは全然、関心を払わない。無能だから、気がつかない。

 一度、魔法チャームかけてやったのに、邪魔が入って中断するはめになった。


「――なんなんだよ、僕に注目しないなんて――おかしいよね」


 課題なんてくだらないものばかりやらせる。そういう地味なのは、できないやつにやらせておけばいい。魔法が使えない奴らばかりで、自分もそう思われてしまいそう。


「あーあ。こんなくだらない実習なんて」


 自分がドカンと大きな魔法でやっつけてやったら、どんな顔するだろ。


 ケイは、懐からコンパクトを取り出し、内側の鏡に顔を写す。そしてぎょっとした。


(まさか……くま!?)


 慌てて鏡を拭いて、再度見直す。確かに肌のハリ・ツヤが悪い。そして目の下には淡い隈がある。


「まさかまさかまさか……」


 ケイは震える声で何度も鏡を拭いて、それから笑みを作る。最上の笑み、まず誰にも見せてあげないグレード十。

 

 でも、どこか冴えない気がする。天上の神のような愛らしさは冴えない、少し頬が痩けている気がする。


「――魅了チャームというのは、初めて聞いたよ」


 出発前のこと、不意にキーファが話しかけてきた。


「ふうん。そう?」


 あのリディアから漏れたのだろうか、僕の凄さを思い知ったんだなと内心ほくそ笑んでいたら、キーファが意外な事を言ってきた。


「調べてみたら、あれは期限があるみたいだな」

「は? 何のこと」


 余裕の笑みを(勿論女子用でもない、でも愛らしいはず)訝しげな表情に変えたケイは、キーファの提示する論文に目を向ける。


「論文検索をしてみたけれど、信頼性の高いエビデンスのある論文はなかったんだ。けれどいくつか気になる文献があった」

「はあ?」

魅了チャームというのは、使用すると効果が落ちる」

 

 ケイはキーファの手元の資料に目を向ける。けれどどこの言語なのか、全くわからない。わからないというのも癪に障るから黙って口を尖らす。


「そんなの魅了チャームを持っている人がなかなかいないんだから、わからないじゃん」

「ああ。けれど、魅了チャームは大抵美貌と関連しているんだ。その容姿の衰えと関連していると書いてある」

 

 ケイはギョッとした、それまでキーファの言葉を、ただ聞いてやるか程度で流そうとしていたのに、慌てて身を乗り出す。


「は? え? 僕の……容姿が」

「だから控えたほうがいい。もう既に見に覚えがあるんじゃないか?」


 ケイはそんなまさか、と笑い飛ばそうとして震える手で頬に触れた。今すぐに鏡で確認したくて、慌ててキーファから離れた。

 

 その後見た鏡はいつもどおりの美しい顔で、キーファの気のせいだと、自分はまだ関係ないと思ったのに。


(なのに、やっぱり……ううん、違う)


 絶対違う、この実習のせいだ。こんな砂漠で、こんな日差しで、こんな乾燥してて。


 ――魅了チャームのせいで容姿が衰えてるなんて、そんなはずない!!



ケイはコンパクトをしまい、黒いポーチをポケットから取り出す。

そこから白い紙製の薬包を取り出す。

 

 一袋取り出して、手にかけた時「いつも飲んでいるのですか」と急に声がかけられる。


「――!」

「身体に悪いから止めたほうがいいですよ」


 岩陰から歩いてきたのは、ヤンだった。ケイは、キョトンとした顔を作る。


「何の話? これは頭痛薬だけど?」

「魔力増強薬ですよね? 街角で買ったのかな、認可されていないものは成分が怪しいですし、身体にはよくないですよ」

「……なにそれ」


「学生は禁止されています。見つかったら、停学か退学か。どちらにしろ単位はもらえない。この実習は必須だから、よくても留年ですね」

「知らないよ、僕は知らないでこれを入れられたんだ、誰かに!!」

「それは、問題ですね。管理ができていないこと、実習前に持ち物検査をしなかった教員の責任ですね」

「……何が、言いたいの?」

「君の責任じゃないってことです」


 ヤンは、同情の眼差しで頷いた。


「君は誰かに貶められようとしていた、そして管理できていなかった教員の責任。すべての非は先生にあると思いませんか?」

「……うん。うん! そうなんだ」


 ヤンは、「でも一応」とケイに言いかけて、顔を曇らせる。


「一応、何?」

「報告したほうがいいのかな」


 ケイはギョッとした、だから僕じゃないってば。


「いいえ、そうじゃなくて。ただ、提案があるんです」

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