80.魔法剣の主

(なんで、あんなこと……)


 ウィルは、出発前にキーファと話すリディアの姿を遠目で確認しながら、渦巻く感情をもてあましていた。


 リディアは小柄だ。あそこにいたシリルって団員の女性が標準なら、かなりイレギュラーな存在だろう。本人は嫌がるかもしれないが、可愛らしい、女性らしい容姿だ。


 戦闘集団にいたというのは、これまでどこか実感がわかなかった。

 

 最初に驚いたのは、車内でのリディアの行動。

 

 いきなり団長に命じられて、団員全員のフルスキャン。

 まるで機械の様によどみなく口を開いていたが、幾人かの団員のリディアに対するまるで化け物でも見るような目つき、または既知の仲間達らしきものが、賞賛の口笛を短く吹くのを見て、これが特異な行為なのだと実感した。


 リディアは苦しそうだった。大学でウィルのことをスキャンした時は特に変わった様子もなかったが、そもそもあれはどういう行為なのだ。

 

 痛そうで辛そうなリディアは見ていられない、見たくない。

 

 そして、あんなこと――責任とか、命じるとか。

 ――んなこと言われて、ウィルは何とも言えない気持ちがこみ上げていた。

 

 リディアはずっとここにいたのだ。この軍隊のような集団の中で、戦闘をしていたのだ。

 そしてこの場にくるリディアはこの実習を重く受け止めていた。自分たちの命を負う気持ちでいた。

 

 あんなに小さな――女の子が。


(――全然、隣に立ててないじゃんか)


 リディアに認められてない。認められる力が、何も身についていない。


 ウィルはその思いに強く拳を握り締める。






 キーファから、リディアから魔法剣の扱いを習おうと誘いを受けたときのウィルの心境は、複雑だった。

 どうしてそういう話になったのか。二人で進めている計画にウィルがのっかり、それを習得することに躊躇があったのは事実だ。


 キーファの懐の広さを見せつけられたというよりも、キーファが一歩先じているのであれば、自分は実習にもリディアにも、違うアプローチをしたいと思ったのだ。


「先生の魔法剣だ」


 キーファは、見事な彫り細工の鞘に収められた短剣魔法剣を取り出し、おもむろにウィルに告げた。

 鞘も見事だが、柄も不思議な形状をしている。何よりも内部で踊る金砂が美しく、美術品はおろか魔法具さえ見慣れていないウィルでさえ、これが値打ちものだとひと目で分かるほどだった。


「お前は補助魔法が使えるし、マーレンは風魔法が得意だ。だが今度の相手は中級の魔獣でそれでは攻撃力が足りない。俺は魔法が使えないが、これならば魔法の発現ができる」


 そう言って、キーファはウィルを強い眼差しで見据える。


「ウィル。お前にも魔法剣を使う術を習得してほしい。少しでも攻撃力を増やしたい。そして、どちらがこの持ち主に相応しいか決めたい」






「――ルールは、学内戦に準ずる。開始は、長針が六を指した時、時間は無制限、勝敗はどちらかが降参と言うか、急所を捉えたとき。――いいか?」


 実習前の放課後の体育館だった。

 二十時過ぎという時間のため、構内は誰もいなかった。リディアから魔法剣の指南をされた二人は、その後数日は各自研鑽を重ねていた。

 

 そして実習直前の今晩、どちらがリディアの魔法剣を持つのに相応しいか勝負をしようと、どちらかともなく持ちかけたのだ。


 ウィルはオーケーと伝えながら、視界を上げて体育館の壁時計に目を向ける。

 長針が刻限を指すまで後数分。

 

 ウィルは、右足を少し下げて腰を落として構える。キーファは自然体だ。

 

 そして、カチリと時計の音が響いて、同時にウィルはキーファへと踏み込んでいた。

 

 ウィルの振り下ろした短剣を危なげなくかわすキーファ。彼は剣で受けずに、ウィルの左脇へと攻撃を繰り出してくる。


(相変わらず、嫌な攻撃の仕方だな)


 守りに入るかと思いきや、攻めてくる。

 キーファは学業でも、委員会の仕事でも着実さを優先し成果をあげるから、人は彼を慎重で守りを重視する性格だと思いがちだ。

 けれどウィルから言わせれば全然違う。最初から隙など作らない、防衛は鉄壁、その上で攻撃に転じるのだ。

 

 キーファの伸ばされた右手首をウィルは短剣ごと左手で掴み捻ろうとしたが、その前にキーファが逆手でウィルの手を掴む。

 組み手状態になる前に慌ててウィルは剣を繰り出し牽制をしながら、キーファから距離をとる。


(あぶねー)


 手を押さえられて距離を縮められてエンドか、または腕を背に拗じられるか。

 いずれにしろ危ういところだった。


 一度体勢を立て直して、再度構える。

 キーファは、嫌になるぐらい隙がない。自分と同じく格闘技は初心者のはずなのに、まるで自分の一部みたいに魔法剣ダガーを手に馴染ませていた。

 

 意識は戦いに集中しているのに、二人で受けたリディアとの練習を思い出す。あの時のリディア、そしてキーファの姿が頭の中でちらつく。



 ――カチリと壁時計の長針が動くたびに、大きく響く。

 今は何時だ? そう頭の片隅で思ったときだった。キーファが手を下ろして、壁時計を見上げて、難しい顔でそれを睨んでいる。


「何、どうしたんだよ?」

「――遅すぎる」


 そう言って、勝負を投げ出すことに躊躇せずキーファは歩き出す。体育館を出て向かう足は校舎、見上げている視線の先はある部屋。

 

 ケイがリディアに執着して害を与えていたことは、ウィルも知っていた。

 どうもリディアは、生徒自分たちに警戒が緩むところがある。

 

 二人とも自然に駆け足になり、目指す部屋に向かう。


「勝負は持ち越しだ」

「ああ」


 ウィルも勝負の中断には文句がなかった。リディアのことは一番気になっていたからだ。



 ――そして、まだリディアの魔法剣の持ち主を決める勝負はついていない。

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