79.リディアの宣言

 リディアは、皆を見渡してから口を開いた。


「あなた達のことは随時モニターしています。リーダーのキーファ・コリンズは、私との通信状態を確認して。非常時以外は、私は指示を出さず沈黙を保ちます。ですが生命の危険を予測し、実習続行不可能と判断した場合は、強制的に抜けてもらいます。個人端末は各自置いて来たはずですが、非常時用にコリンズには私と通話可能な衛星電話を渡しています。そして、目的地、到着時刻をもう一度確認してください」


 リディアは、一度口を閉じる。そして強調する。


「地図で事前に示したとおり、川の向こうは進入禁止区域です。目的地の近くで、ルートと禁止区域の境界が接近するから気をつけて。禁止区域の目印として、五メートル近くの巨木があるからわかると思うけど、それが見えたら境界線に接近していると思ってください。――最後に、実習においては、教員とこれを補助する団員の指示は絶対服従。指示が出された場合は、速やかに実行すること」


 一気に言い放ち、リディアは口を閉ざす。

 皆がそれなりに真面目で緊張した気配を保っているのを確認し、口を再度開く。


 リディアはじっと彼らを見据える。


「今回、コリンズ作戦案を支持したのは私です。この案を含めて、攻撃パターン、陣形、すべて主要な箇所は押さえてあると私は判断しました。彼はリーダーだけど、このプランの全責任は私にあります」


 リディアが言うと、キーファはこちらに視線を向けてくる。リディアはあえてそちらに目を向けなかった。ここは譲れない。


「今回の目的は、最低三年の教育機関において魔獣を三体討伐するという魔法師国家資格試験の受験資格を取得するためのもの。けれど、あえていいます。魔獣は、人を襲うもの。あなたたちよりも狡猾で、凶暴、残忍。深追いはせず、無理だと思えば身の安全を優先してください。一番は自分の命を優先すること。そして――皆の命の保証は私が担います」

 

 キーファが何かを言いたげに、リディアを凝視している。

 敏い彼はリディアが何を言うのかを、わかっているのだろう。


「魔法学科に入り、魔法師を目指した時点で『魔法を自分の責任で扱う自覚を保て』と教わったでしょう? 魔法は、魔獣を含めて他者を傷つけるもの。守ることもできるけれど、強大な力を持つことができます。その力を使用するのは、責任が伴うということを十分に教わったはずです」 


 リディアはここで区切る。


「魔法省は、魔法を他方に向ける際は厳格な規定を設けています。特に害する魔法を向ける対象として許されているのは、魔獣、それから他者を傷つけようとする反社会的行動を起こした人です。それらに対して属する機関により命令が下だされた場合において、使用することができます」


 魔法の使用は、人命救助が最優先とされている。だから凶悪犯罪や災害時には機関の命令がなくとも、魔法師の判断において魔法を用いることが認められている。


 リディアは、息を吸う。一つ明確にしておかなければいけないことがある。


「皆さんはこれから魔法師なると、魔法を使う際は自己の責任で行うことになります。ですが今回、この実習において皆さんが魔獣に対して攻撃をすること、傷つけることは――私が命じます」


 一人一人の目を合わせる。リディアは淡々と、けれどけして目を逸らさないで言いきかせる。


「あなた達が自分を守るため、そしてこの実習を乗り越えるために、魔法を使い、魔獣を倒すこと、傷つけること、それは私の命令です。だから、それを迷わないで。私がすべての責任を負うから」

 

 キーファの痛いくらいの凝視を横から感じる。彼は、このリディアの負った責任の宣言の重さを気づいているし、それに若干の非難も感じる。


 でも自分は先生なのだ。ウィルは硬い表情でリディアを見ているし、マーレンはリディアに舌打ちしたいような顔をしている。バーナビーは困ったようにリディアを見つめ返している。


 みんな、どういう意味を含んでいるのか、わかったようだ。


「側にはいないけど、常に見ているから。あなた達の命の保証は私がします。だから信じて。実習に集中して、生きて、怪我なく戻ってきて」


 他者を攻撃してはいけません、傷つけてはいけません、と人はその社会的規範に沿って生きている。通常攻撃されても、すぐに反撃はできないし、先制攻撃することもできない。 


 だが軍隊は違う。他者を傷つけないという、社会的に生きる人間としてのリミッターを外すのだ。上からの命令が正義であり、”敵”を殺す、倒すことが自分と家族と社会を守ることになると教える。


 魔法師団でも同じだ。彼らがこれから攻撃をすることは正しいと団員に言い聞かせて、殺人、殺戮はいけないという規範概念、価値基準をぶち壊すリミッター外しを上官が行う。 


 魔法省なり行政の魔獣対策課の魔法師でも、“魔獣を殺す”、というの生物を倒すことに対する抵抗をなくすため、それは所属からの命令だとはっきりしている。

 

 だが、大学や教育機関は曖昧だ。リディアは、自分がそこに所属して驚いた。

 教師は、生徒に魔法を用いて魔獣を攻撃させることに、その意識の切り替えをそこまで重いことと認識していない。


 自分たちがそこに責任があると感じていないのだ。魔法省の規定のため、大学の単位のため、だからやらせている、それぐらいの感覚でしかないことに驚いた。

 

 魔獣を倒したことで、学生がPTSDになったとしても、「私は関係ない、だって魔法省の規定だもの」と教授はそう言い放つだろうし、大部分の教員がそう守りに入ることは容易に想像できる。

 

 エルガー教授もネメチ准教授も、魔法で他者魔獣を倒すことが、どんなに重いことかを認識していない。


 何しろ今日、二人で南大陸の世界魔法師学会に行ってしまった。最近の会議では、二人とも、現地でどこのレストランに行くか、どこで買い物をするか、そんな話ばかりだった。


(生徒たちが命がけで魔獣と戦うのに、無関心で自分達は遊びにいっちゃうって!)


 学会は遊びじゃない仕事だ、そう主張するだろう。そりゃ研究者だから、学会は大事だけど、彼女たちは今回、発表をしない。ただの傍聴者で役割もない。


 生徒が命をかけて、他の命を奪うという実習中に、必須じゃない学会に行っちゃうって……。

 

 リディアはまたこみ上げてきそうな怒りを抑える。落ち着かなきゃ。


 最後に一人一人をしっかり見つめて、思いを込めて頷いた。

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