64.問題の面談
「ベーカー。あなたと面談だけど、今日の十七時にこの教室でどうかしら?」
今日は四限目までだ。十七時には確実に授業が終わっているはず、リディアが授業後に声をかけると、ケイは首をかしげた。
天使のような顔だけど、なぜか挑戦的な色を瞳に宿している。
「んー。僕、院生の研究協力してるんだ。終わるかなあ」
「それが終わってからでもいいけど」
「どうしても?」
リディアがうなずくと、ケイはもう一度「どうしても?」と聞いてきた。
「どうしても僕と面談したいんだ? 僕との時間が欲しい? 二人きりで?」
なんで言わせたいの?
ケイの言い回しに不穏なものを感じたのか、ウィルがディパックに教科書を詰めていた手を止めこちらに視線をやり、キーファが眉をひそめている。
(やっぱり変よね)
「ええ。どうしてもあなたと話したいの」
「二人きりで?」
「ケイ、どうかしたのか?」
キーファが助け舟を出すように声をかける。その声はいつもより低く、警告するようだった。
「なんでもないよ。先生からの誘いでしょ? 僕は確認しているだけ」
「二人でよ。この教室で、あとでね」
キーファの案じるような視線と、周囲の警戒を孕んだピリピリする気配に包まれながら、この後の会議の準備のため、リディアは慌てて部屋をでた。
『――先生、実験が終わらないみたいなんだ。今日は無理みたい』
なぜか友達みたいなメッセージがリディアの学内アドレスに届いた。
時間は十八時。
「来られる時に連絡を頂戴」とケイには伝えていたが、ようやく連絡が来たのはこの時間。
教室を覗くと、ウィルは教室で机にうつ伏せて寝ていて、キーファは課題をやっている。マーレンは机の上に両足を載せ、けだるげに椅子を前後に揺すり、ヤンが何かを話しかけている。
「みんなもう帰りなさい――ケイは来ないみたい」
心配をして残っていてくれたみたい。
どうして教師の自分がそういう懸念をされているのかと、微妙な気持ちになりながらもリディアがそう言うと、ウィルは顔を上げて伸びをして、キーファはMPから顔をあげた。
「先生はもう帰りますか? 足は平気ですか?」
「もう少し仕事していくわ。足はもう大丈夫、いろいろ心配してくれてありがとう。実習に備えて帰って」
「じゃ、キーファ打ち合ってくか?」
「そうだな」
二人はリディアが魔法剣を用いての武術指南をしたあとから、鍛錬をしているらしい。
「殿下、帰りましょう」
「おい、リディア」
マーレンがつかつかとリディアのもとに来る。
「あ、そうだ、ハーイェク。ロッド返して、それから『先生』」
リディアがマーレンに先制して言うと、彼は顔を顰めた。
「言うことは一つにしろ」
偉そうだね。
「じゃあロッド返して、必要なの」
「先生、こちらです」
ヤンがマーレンの鞄から取り出して、うやうやしく差し出してくる。
「あ、お前! よくも裏切りやがったな」
「殿下。先生の言うことは聞くものです」
リディアは受け取って、よく観察する。彼のことだから名前とか彫っていそうだったけど、何もしていない、よかった。
「ハーイェク、明後日の放課後、空いている?」
「――空いてる! 明日でもいいぞ……デートか?」
マーレンの返答は早い、リディアが最後まで言い終わる前に答え終わっていた。しかも候補日もあげてくる。目的は違うようだけど。
ヤンが何かを言いかけるが口を閉ざす。リディアはマーレンの肩越しにそれを見て口を開いた。
「あなたとの面談。明日は休講だからなし。明後日の放課後、二十分で終わらせるから。この教室で、二人きりで」
彼は口を開け閉めしてパクパクして、でも言葉を飲んだようだ。最後は「わかったよ」と項垂れた。
だんだんいい
「ヤン・クーチャンスはそのあとね。二人共、時間は大丈夫?」
「殿下。明日は、バルバーナ鉱山に視察です、そのあと退役軍人会への表敬訪問。念の為お伝えしておきますが、空いた時間はありません。明後日は十八時に大学を出れば、クーネリア公国大使との晩餐に間に合います」
なんだか大変そう。リディアは明後日の十八時までには終わらせる、と約束した。
ヤンに急かされて出ていくマーレンは「おい、今日無事に家についたら連絡入れろよ!」とリディアに念を押しながら出ていった。
「何もなかったと報告しろ! 道中もだ、ナンパされてんじゃねぇぞ!」
(もう、なんなの?)
キーファとウィルが顔を見合わせて、何か言いたげに視線を交わす。
それから二人が鞄を肩に、または背に負う。スラリとした背に、意外にたくましい肩幅。二人が並ぶと絵になる。
「んじゃ、体育館行くか」
戸口に向かう二人はピタリと足を止めて振り返る。
「リディア、家についたら連絡入れろよ」
「先生、あとで実習のことでメッセージを入れてもいいですか?」
二人の声がかぶる。もちろん、後者の質問がキーファ・コリンズだ。ウィル・ダーリングが何か言いたげにキーファを見る。
「コリンズ、実習のことね、いいわよ。ダーリングも心配してくれて、ありがとう。気をつけて帰ってね。良い休日を」
ウィルがキーファの腰を「うまいよな」と肘で小突く、キーファは苦笑いをしている。二人は仲がいいな、とリディアは微笑ましく見送った。
二人を見送って教室の電気を消したところで、リディアの学内メッセージアドレスと連動している個人端末がメッセージを受信して震えた。
『――先生! 二十時になったら先生の部屋に行くから待っててね』
ケイからのフレンドリーなメッセージに呆れる。
(二十時? それまで残れっていうの?)
リディアは嘆息して、それまで仕事を仕上げようと自分の研究室に戻った。
***
「メグ。魔法晶石使っちゃってどういうこと?」
ケイが院生室を尋ねると、ちょっとした修羅場だった。
「数はちゃんと管理しないといけないのに、そんなずさんな使い方しないでほしい。十個も行方不明なんだよ」
「……」
黙り込むメグに呆れて「先生にいうからね」、と宣告して出ていく仲間たち。
「あれ、ケイ?」
「ごめん、忘れ物」
「あ、そうなんだ。えーと、またね」
ケイに女子達の修羅場を見せたことを彼女たちは恥じながら、出ていく。
ケイは何もわからないフリでニコニコと見送る、内心は呆れているけれど。
僕には関係ないけどね。
「ケイ、勝手に魔法晶石使った?」
なのに、メグの追求に一気にケイも気分はだだ下がり。
僕が来てあげたのに、何その態度。ケイは表情をこわばらせた。
「それだけどさ、全然効果なかったよ、どういうことなのさ!」
相手が責めてくる前に自分が攻める。論点をすり替える、それがケイのやり口だ。
すると彼女は途端に気弱気に眉を顰める。
「何?」
「魔法に投げ入れたのに、効果が全然だよ。なんか小さくなっててさ」
「まさか常温で保存していた? あれは十度以下で保存だよ、昇華しちゃうもの」
ケイは眉をひそめた。ムスッとすると彼女は途端に謝りだす、いつものことだけど。
「ごめんね、私が言わなかったから」
「……」
「ねえケイ、ごめん」
機嫌を直さないケイに、メグは鞄からポーチを取り出して渡す。
「これ――使って」
絶対に返事してやるのものか、と思っていたけど、仕方がないから視線を向ける。
「なにそれ」
「ケイ、実習でしょ。これなら役に立つよ、魔法強化薬。ケイの魔力を増強してくれるの」
「……へえ」
ケイは好奇心に惹かれてそれを手にする。白い藥袋に入った粉の粉末を振る。
「最初は一袋で試してみて、最大で三袋ぐらいまでにしてね」
「貰っていいの?」
彼女はこくり、とうなずいた。
「だってケイの役に立ちたいんだもの。そのかわりお願いがあるの」
ケイは袋を振って中身を確かめていたから、あまり気にせずに「いいよ」、と答えた。
「私と付き合ってほしいの」
その言葉にようやく振り返る。そしてメグを見つめ返す。
面倒くさいな、と思った。いつかは言い出しそうだったけど、結局言っちゃうんだ。図々しいな。
「僕と? それってどういう意味」
「どういう、って」
「デートしたいの? それとも電話とかメッセージとか毎日ほしいの?」
「そういうんじゃなくて……その、私のこと特別にしてほしいというか」
ああ、とケイは破顔した。
「メグは特別だよ。だって僕のために色々してくれるんだもの」
「でも、じゃあ、私のこと好き?」
「うーん」
「ねえそれなら好きって言って。私と付き合っているって言って。みんなに公表して」
ケイはにっこり笑った。ただし、グレード三の笑み。
メグの必死な表情が崩れる。どこかホッとして安堵したような顔。
「だけどね、僕は自分の横に置くにはある程度のレベルを求めるんだ」
「レベル……」
「そう、容姿のレベルね。頭の良さはそこまで気にしないけど。悪いけどメグ、君はそこに達していないよ。目も鼻も唇も皮膚も輪郭も全部、圏外、全然駄目」
「……」
彼女の顔が真っ白になる。何を言っていいのか、という顔。ブルブルと唇が震えていて、まるでコントみたいだ。
「それにね、今僕、他からも特別になってって言われてるの」
「え」
メグが放心する。
最初はどん底まで落として、唐突に恋敵を提示する。
そうなると、どうなるかは、見てのお楽しみ。
「僕の先生。その人に好かれちゃって。今から会うんだ。リディア・ハーネスト先生。どうしても付き合って欲しいってさ、だから君とは付き合えないんだ」
「……ハーネスト先生」
「ウン、君とは大違い。白い肌に翠の目、まあまあ可愛いよ。でも、少し困っているんだ、積極的すぎて」
「ケイ、困っているの?」
「そう、これから会うんだ。告白の答えを聞かせてくれっていうからね」
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