59.生徒の関心



「なあ、キーファ、おいって」


 情報処理室で課題を済ませたキーファに、隣のチャスがパネルに指を走らせながら声をかける。


「課題、これでどうだと思う?」


 キーファは、メガネのフレームを一度押さえて目を凝らし、ゆっくりと口を開く。それはまるで、自分の発する言葉を放つ前に内容を再度確認する作業をしているようだった。


 幾つかの補足をすべき点を指摘し、「魔獣の倒し方については、チーム全体の動きと、自分はどう動くかも並列に書き出したほうがいい。もちろん両者は連動させるんだ」


「あー、想像つかね―」

「今度の実習は実戦だからな。死にたくなければ現実的で具体的な策を立てないと」

「あー。ちょい休憩」


 チャスはそう言って伸びをして、画面を別のものに切り替える。

 チャスは即決力があり、行動も早い。ただ飽きっぽく集中が続かない。それが欠点とも言える。


 キーファも、自分のMPを開いて課題を見直していると、チャスが先ほどとは声音を変えて、楽しげに呟いた。


「――出たぜ。チョロいな」

「チャス? 何をやってるんだ?」


「つまんねーんだもん。それよりほら見ろよ。センセの情報、スリーサイズ載ってねーかな」

「ちょっと待て。チャス何を」

「おい、見せろ、邪魔だ庶民」


 チャスを押しのけるマーレン。二人の興味津々な様子に慌ててチャスの目の前のモニターに目をやる。チャスが開いたのは、リディアの研究者情報だ。

 ただし本人設定の画面だ。公開情報画面じゃない。


 生徒たちから一歩引いて背後に立つヤンは苦笑を浮かべている。いつも寝ているバーナビーも珍しく顔を上げた。


「チャス? まさか、個人情報じゃないか!」

「パスワード。センセ、変更パターンが単純なんだよな。まあ大学のシステムもざるだけどな」

「チャス、犯罪だ」

 

 大方、授業の時に自身のMPを開くリディアを見て、チャスはパスワードを覚えたのだろう。


「スリーサイズは、と。なんだよ、書いてねえ。メディカルシステムにいかねーとないかな。シルビス人、あ、やっぱな」

「チャス!!」


 チャスが前後に揺らす背もたれを押さえつけて、キーファは厳しく名を叱責する。


「うちの大学、システム管理、外部委託なんだよな。毎年、一番安いとこに入札で決めるだろ、チョロすぎ」

「いいから、やめろ」

「センセの年齢は、二十歳……っ、ほら当たり!! 年下!」

「やめろ、チャス」


 画面を消そうとしたキーファの手を、チャスは押さえる。


「見られちゃ困る情報なら入れるなよってつーこと。へー、王国魔法師団、やっぱほんとだったのかよ。センセ、エリートだったんだなって、なんだこれ? 属性書いてないし、なんか怪しい」


 チャスが真顔になり、せわしなく手を動かし始める。


「だいたい上級魔法師マスターなら、魔法省の名簿に載るはずだろ。魔法師団のシステムは厳しいから、魔法省のデーターベースにアクセスして、と。登録魔法師の非公開個人情報っと、ええと所属はうちの大学で検索っと」

「チャス、やめろよ」

「いいや、止めないでいい。そのまま続けろ」


「マーレン、君も煽るな。チャス、個人情報だ、尊重しろ」

「――出た! リディア・ハーネスト――特級魔法師グランマスター!?」


 その言葉に、電源を切ってまで止めさせようとしていたキーファは固まる。チャスも、叫んだ後慌てて口を押さえて、恐る恐る周囲をうかがう。


 幸い、迷惑そうにこちらに目を向けた奥のほうの男子生徒一人と、手前の女子二人はすぐに関心を失ったように、目を逸らしていた。


 チャスが心持ち顔を伏せ、キーファに囁いてくる。


「何でそんな超エリートが来てんだよ、うちの大学に!」


 そう言いながら、チャスは顔をあげて、また手をせわしなく動かし出す。


「だいたい、おかしいだろ。特級魔法師グランマスターは公表されているはずだ、センセの名前なんてこれまで聞いてねえぞ」


 マーレンが覗き込む画面から顔をあげて、尊大に顎をあげて首を鳴らす。


「いいや、これまで未成年だったんだろ。なら名前は非公開だ。……だが、今年成人を迎えたのであれば、公表されたはずだ」


 キーファは、やたらとパネルに手を滑らせ、せわしなく画面を操作するチャスと、首を傾げブツブツ呟くマーレンを見つめながら、思考に沈む。


「なーんか、ほとんど情報ないじゃん。属性さえも書いてねえ。なんだよ!」

『――私ね、落ちこぼれだったの』


 彼女の言葉を思い出す。


(落ちこぼれ? 特級魔法師グランマスターの称号を得ていて?)


 キーファの胸に、ざわりとした嫌な感覚が芽生える。


「――正直意外だが、これならうちの王宮も黙らせられる」

「は? 何だよ妄想王子?」


 チャスがマーレンから距離を取り、嫌そうに顔を顰めている。


「煩い、この平民妖精。自国の王族をもっと敬え。――とにかく特級魔法師グランマスターなら我が国に招聘理由に充分だ。王妃候補にもな」 


 キーファは隣の馬鹿な会話に、不機嫌そうに彼らを一瞥し、だが思考に没頭する。


(――あなたと、俺ではこんなにも違う)


 彼女は、何を言いたいのか。何で俺に声をかけて気にかけてくるのか。

 問いただしたいのに、言えない。


 キーファは、自分の中に蘇る嫌な記憶を堪えるように、静かに拳を握りしめる。


「これで、王座は俺のものだ、ざまあみろ!」

「うるせえぞ、妄想王子!」


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