58.特殊魔法

 気負った様子もなく演習室にやってきたチャスに、中央スペースに置いた椅子に座るようにリディアは勧める。

 自分の研究室で話したかったが、あの部屋には他の先生たちもいる。

 結局ここが一番邪魔が入らないのだ。


「何、面談って?」


 リディアは息を吸って、チャスに向き直る。

 

 これまで彼の魔法について深入りはしなかった。チャスがあまり触れて欲しくなさそうだったし、特殊魔法が使える場合は、他の魔法が使えないこともあるからだ。


 でも、今日見たチャスの魔法は――危険だ。その危険性に、チャスはどこまで気づいているのだろう。誰かが導いているのだろうか。


「ロー。あなたの魔法だけど、これまで他の先生達から指導してもらった?」


 チャスは肩を竦める。それだけでわかってしまう。


「何も言われてないのね」

「使うなって。授業台無しにしちゃうだろ。だから俺は見学。楽でいいよ、それで単位もらえるし」


 やっぱり、とリディアはやりきれない思いに囚われる。この大学……というか、魔法教育って、六系統以外の魔法を本当に認めていない。

 勿論、治癒魔法や熱系統魔法のように、六系統から応用している魔法には理解があるし、分野も発展させている。けれど説明がつかない魔法に関しては、放置なのだ。


(ある意味、エルガー教授は確かに先見の明があるのかも)


 六系統以外の魔法を発展させましょう、というのは、新しい試みだ。ただ、全くその教育方法を考えないで生徒を集めてしまったのは罪とも言える。


「たしか、研究協力しているって聞いたけど。エルガー教授の」

「ん。紹介された施設で、月に二回くらい? 言われる条件で、効果が及ぶ範囲とか時間とかそんなの測ってる」

「確か、去年からよね。教授はどこかで発表したのかしら」

「さあ?」


 チャスは、明らかに興味ないって様子だ。


 リディアは、自分の個人端末を取り出し、エルガー教授の業績を検索した。まだそれらしい論文は書かれていない。研究計画書も、チャスの能力の特殊性を明かしていない。

 ただいくつかの特殊魔法の使い手の能力を測る、というざっくりしたものをあげている。

 チャスの能力が表ざたになっていないようで、リディアは安堵の息をついた。


「授業で見せたのは、さっき以外で何回?」

「ニ回かな。最後、複合魔法の演習で消しちゃったからさ。それでやめてくれって、言われた」

「――辛かったでしょ。納得した?」


 チャスは目を伏せて、呟く。いつものように軽い口調じゃない。


「納得するとか関係ないしょ」


 リディアは、思い切ってチャスに口を開く。


「あなたの魔法ね、すごいものなの。今はまだ表沙汰になってないから、あまり騒がれていないけど、もし世間に知られたらあなたに来て欲しいっていう機関がたくさん来ると思う」

「……へえ」

「ただ、覚えておいて。その機関が善良なところとは限らない。むしろ、あなたを利用したいというところかもしれない」

「……わかってるよ」


 リディアがいうと、チャスはぽそっと呟いた。


「その場の魔法を消滅させちゃうんだもんな。わかるよ。魔法で動いているシステムをダウンさせちゃうし、魔法師で構成してる防衛ラインなんかメタメタにしちゃうもんな」

「怖いのは――、あなたを捨て駒にしてしまうところもあるからよ」


 こんなに完全に魔法を消滅させてしまえるなんて思わなかった。魔力を喰ってしまうなんて、知らなかった。

 たとえば、彼だけを敵地に転送させる。そこで魔法を消滅させる。すべての防衛システムが麻痺し、魔法が使えなくてパニックになっているところに、部隊が乗り込む。

 ただし、その際のチャスの命は保証されない。

 もしくは、チャスの心を殺してただ魔法を消滅させるスイッチだけを残して、意のままに操る人形にしてしまうかもしれない。


「あなたを大切にして活用してくれる機関もあると思うの」

「どこ? 魔法師団?」


 リディアは、重い口を開く。


「魔法師団も、どうかはわからない。団長によって、かなり価値観が違うから」

 

 チャスの命より、能力しか重視しないところは山程あるだろう。彼の能力は彼が願ったと同時に、広範囲に発現されるのだ。その能力は高く、どこもが欲しがるだろう。


「別に、かまわねーけど」

「ロー?」


 リディアは、チャスの顔を信じられない思いで見返す。


「だってさ、契約次第だろ。一応命を保証してくれるっていうのは、最低条件だけど。あとは、高額なギャラをくれるんなら、俺は全然いいよ」


 言葉を失うリディアに、チャスは笑う。


「むしろこのままじゃ俺、まともな就職先なんてないじゃん。なのに高額ギャラくれるなら、願ったり敵ったり」 

「ロー、待って」


 立ち上がり話を終わらせようとしたチャスの顔を見て、リディアはそれでもと急いで口を動かす。


「あなたの能力のこと、大事なあなたの情報だわ。まだ公表しないほうがいい、あなたの価値を守る大事なことよ」

「まあ、そうかもな」

 

 ありがたいことに、教授はチャスの利用価値を気づいていないし、大学の教員も彼に関心がない。だから大した噂にもならず、チャスのことは学内の一部しか知られていない。

 けれど学会や論文で、発表してはだめだ。被験者の情報を漏らさないようにすることは研究の大前提だが、利益を狙う機関にとってはそんなことはどうでもいい。 どんなことをしても対象者が誰か、突き止めてしまうだろう。


「一応ドーモ。でも、センセは自分のことに集中したほうがいいよ」


 チャスは、リディアを見ないで鞄を肩にかける。出て行くチャスにリディアはもうひとつ言葉を投げる。


「ロー。もうひとつ教えて。あなたそのとき、魔法術式を展開させる?」

 

 振り返ったチャスは、何の表情も浮かべていなかった。当たり前のように口にする。


「魔法術式なんてないけど」

「請願詞の詠唱は?」

「しねー」

「それ、研究施設で言ったことある?」

「聞かれたけど、ないって言っても信じてくれなかった」


 じゃっ、とチャスは出て行く。




 リディアは出て行くチャスを見送り、へなへなといすに座り込む。


(……どうし、よう)


 リディアは自分の掌を見つめる。血の気が引いていた。


(チャスの魔法も、恐らく上位存在によるものだ)


 仮定だったのに。リディアは目を閉じる。

 どうしよう、リディアでは導けない、対処できない。

 知ってしまった。


 リディアの蘇生魔法も、魔法術式はない。請願詞らしきものは、唱えるけれど法則はない。リディアの主に対して呼びかけるだけなのだ。


 六属性における魔法術式は、自分と自然界の魔力を調整するためにある。

 けれど、リディアの主は、リディアの魔力を取っていくのだ。リディアの魔力を、主は糧にする。リディアは、彼に魔力を好きなだけ与えて、願い魔法を叶えてもらう。

 だから魔法術式はない、いらないのだ。


 でも、これは特級魔法師グランマスターしかしらないこと。上位の存在と契約している魔法師しか、知らない。

 彼らは明かさないから、他の特級魔法師グランマスターがどういうあり方で特殊魔法を展開させているのかは、リディアでも知らない。ただ、予想しているだけ。

 

 特殊魔法の使い手は、研究機関から研究の要請がくる。今後の魔法界の発展のために、能力を明かして欲しいと、その研究対象になってほしいと言われるのだ。

 リディアの場合は、魔法師団にいて保護者が団長達だったから彼らに任せた。というか、リディアが研究対象になるのを機関に対して断固拒否していた。成人したら自分で決めろ、と言ってくれていたが、彼ら自身も研究協力をしていないのは知っていた。

 それについての理由は聞いていないが、自分の能力を明かしたら弱点になるからだろう。


(私の場合は、あの人たちが保護してくれていたから……)


 守っていてくれたから、能力が明かされて利用されることもなかった。

 けれどチャスの場合は、誰も守ってくれない。どこにも所属しないまま、能力だけが全世界に明かされてしまう。彼がちゃんとした機関にいたら、研究にだって参加させなかったかもしれない。


「……私が、守るしか、ないの……?」


 どうしよう。こんなに上位存在の魔法の使い手ばかりが集まってしまって。

 そんなことってあるのだろうか。




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