53.応用魔法演習1

 せっかく手配したロッドだが、リディアの領域では、生徒全員に必要というわけではなかった。


 というのも特殊魔法しか使えないバーナビーやチャスはロッドが必要ない。そして、魔法の発現ができないキーファも、ロッドがいるかというと……無理には強要できない。

 

 ただ、領域の責任者である教授からは、全員に対してロッドの購入を命じられていた。


 魔法が使えなくても、ロッドを使わない魔法の使い手でも、とにかく買わせろ、という命令だった。 

 「なぜ?」と問うリディアに、「魔法師なので当然よ」と、この間と似たような意見が投げつけられた。

 なぜ当然なのかはわからないけど、もういいや。


 一応、全員には教授の命令だと伝えた。

 「いらない」とか「必要性ないんだけど」とか、「どうして使わないのに買わなきゃいけないのか」と質問されるかと思ったが、誰も何も言わなかった。

 ふーんという薄い反応で、気遣わしげに見つめるリディアのほうが拍子抜けするほどだった。


 そして、今日の演習でロッドを持参したのは、キーファとウィルとケイとマーレン、ヤンだった。

持参したのは、マーレンだけ。皆購入したのだと、内心驚く。


 階段状の席から移動させ、皆を最下段の中央の空間に集めるが、いつもどおりバーナビーは二段目の席に座ったまま、皆を見下ろしてにこりと笑う。


「オルコット。ロッドは?」


 案の定、バーナビーは穏やかに「僕は必要ないから」と答えた。

 わざわざ教員に問うまでもなく、購入しない。まあある程度の年齢にもなると当然か。


「俺もイラネ」

「……そう」


 チャスも、最前席に座り降りてこようとしない。頭の後で腕を組んで椅子を前後に揺らして、どことなく授業自体も気乗りしない様子だ。彼は、他の魔法は全くできないのだろうか。


「チャス、俺のを使うか?」


 キーファが、今回新しく購入したロッドをチャスに示す。チャスは首を振る。


「俺の魔法、使う時ロッドいらねーし。キーファは、これからは必要、かもだろ。可能性あんだし」


 まだ魔法の使えないキーファは、穏やかに笑っていた。

 教室内の空気は悪くない。リディアは、誰も気負ったり、何かを気にしている様子がないことに安堵する。


(なるほど……マイノリティが集まると、むしろ効果的なこともあるのね)


 それぞれ普通の魔法が使えなくて、嫌な思いをしている者達。互いに踏み込まない対応の仕方を知っていて、お互いに気遣える。


「購入をしていない生徒で、ロッドを使う場合は私のを使って」


 リディアは自分のロッドを家から持ってきていた。殆ど使用していないからリディアの癖はついていないが、反対に魔法がなじみ難いかもしれない。

 ロッドは、魔法を使うことで、持ち主になじみ、より意のままに魔法を繰り出すことができるようになるのだ。


「ローは、ロッドを使わないのね。他の魔法、これで試してみる?」

「ん? いらね」


 ロッドを差し出すと、ひらひらと手を振るチャスは関心がなさそう。


 リディアは「そう」とあっさり引き下がったが、彼に関してはひとつ気になることがあった。

 チャスは――金銭面で余裕がないようだ、そう他の先生達から聞いていた。国立大学のため学費は安いし、彼は奨学金制度を利用して補助も受けているが、教材費は学生負担だ。 

 彼はバイトなどをしているようだが、なかなか指定教材を揃えようとしない傾向があり、それが懐面での問題からきているようだ。


 ――学生全員が、簡単に教材を購入できる環境ではない。


 そういう理由だと、なるべく負担を強いたくないし、借りることで済ませられる問題ならそうしてあげたい。


「俺が使う」


 不意に、マーレンがリディアの後に立ち、手からロッドを取り上げる。……だから後に立たないでほしい、驚くから。


「お前、ヒールないと小さいんだな」


 頭に手を伸ばしてくるから、リディアはその手を振り払う。


「なんだよ、褒めてやったのに」

「何が」


 リディアの足元を見て勝ち誇ったように笑うけど、リディアは殊更無視した。

 リディアは背の低いことを気にして、いつもハイヒールを履いているから、フラットな靴がない。だから怪我をした足に、履く靴がなくて困るところだった。


 しかしマーレンからの靴は、質もよくとても楽だった。

 やっぱりお値段がいいと靴も履きやすいようだ。


 貢がせるのは、これで最後にしたい。リディアの良心が痛い。


(あとで、ちゃんとこのことについて、話をしなきゃ)


 でも今は授業に集中だ。

 ご満悦のマーレンからロッドを取り返すことは諦めて、彼のことを見上げる。


「ハーイェクは立派なロッドがあるでしょ」


 彼はなんと、黒檀のロッドを持ってきていた。恐らく王宮の祭事用じゃないかと思うけれど、王族だから日常使いかもしれない。


「ああ。だがアレは儀式用だ。だから、お前のを使ってやる」


 やっぱり。なぜそんなものを持ってくる、とリディアが微妙な顔をすると、今度は指で頬をつまんでくる。

 リディアは、今度こそその手をぴしゃりと叩き落とす。

 私は教師だってこと、忘れているようですが!


「ハーイェク。演習態度にマイナスをつけるわよ」

「照れるな」

「注意三回で、退室してもらいます」

「あと二回だな」

「あと一回です!」


 何でこの王子は、注意されて嬉しそうなのか。マゾなの? リディアが睨むと余計にニヤニヤ笑うから、性質(たち)が悪い。


「ねえ、先生? それで今日は何をするの?」


 不意にリディアの胸に飛び込むようにケイが訊ねてくるから、リディアは反射的に一歩下がる。警戒しているのがばれたかもしれない。

 彼は微笑んでいるのに、目は明らかに細められて、リディアを挑発していた。まるで獲物を狙う捕食者のようだ。

 なんで、彼にとっての攻撃対象になってしまったんだろう。


「今日は、魔法の応用展開を行います」


 リディアは、ケイだけではなく全員から距離をとり注目を集めるように呼びかける。手を広げて、空間に六角形を描くように並べられた六つの演台を示す。

 

 各演台の上には、五十センチ立法の透明な立方体のケースがひとつ載っている。


「各演台の上の強化ケースの中に、何があるかわかりますか?」

「六系統の魔法?」


 ウィルは、部屋に来たときは普通だったのに、授業の最中からどんどん機嫌が悪くなっていて、先ほどからマーレンと話すリディアを睨んでいるようだった。

 けれど今は割合普通に答えている。なんだろう、彼のこの気分の不安定さ。

 

 リディアは内心首をかしげながら、ウィルに頷く。


「そうです。今回、台は六角形型の魔法相関図と同じように配置してあります。魔法相関図は、必ず上を東、下を西にして描かれています。そしてこの大学も、魔法学科の演習室もすべて東を向いています。ですから、皆さんから向かって右上方角にあたるの東南東には、魔法相関図と同様に、水系魔法を発現した演台を置いています。他の演台の魔法も、全て魔法相関図と同じように配置しています」

  

みんな分かっているという顔だが、ケイが眉を寄せている。


「ボス? ここまではいい?」

「なんで、魔法相関図も学校も東を向いているの?」


 リディアは、内心首を傾けそうになったのをこらえる。魔法概論で一年次に説明される基本のはずだけれど。ケイは外部から編入してきたので、習っていないのか、忘れているだけなのか、掴みきれない。


「クーチャンス。説明して」

「はい。東が聖なる方角だからです」


 ヤンは落ち着いた声で淡々と答える。


「そうです。すべての魔法は東から始まるとされています」

「魔法陣も、陣の一番上に東の印章書くじゃん」


 ウィルが言うと、ケイが瞬いて、そうだっけ? と訝しげな顔をしている。


 魔法陣学は、一つの独立した学問領域だから、魔法学科では基礎を学ぶだけ。基礎魔法陣学でやるはずだけど、ケイはそれも覚えていないようだ。


「こういうやつ」


 ウィルが指で円を描き、その中央に黒点を入れる、それが東の印章だ。


「ふーん、知ってたけどね」


 ケイがつぶやく。嘘だ、と皆が思ったが誰も何も言わない。チャスが肩を竦めているだけ。マーレンは聞いてもいないようで、リディアから取り上げたロッドをまじまじと見て何かいじっている。私のロッドに変なことしないでよね、とリディアは内心思う。


 そういえば、ウィルの父親のダーリング教授は、魔法陣学の専門だ。ウィルは魔法陣になじみがあるのかもしれない。


「ダーリング、よく覚えているわね」


 ウィルは照れ隠しなのか、肩をすくめて目を逸らす。だが、ケイはまだ腑に落ちない顔だ。


 ケイは基礎の習得が怪しいかもしれない。

 いつか何かの大きな間違いをしでかしそう、リディアは一抹の不安をよぎらせながらも授業を続けることにした。

 

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