54.応用魔法演習2
――魔法には方位がある。
その理由は諸説あるが、どれも不確定なもので、正しいものとして答えられないからだ。
けれど、リディアには思うところがあった。
六角形で描く魔法相関図の上辺の左方角が風属性、右方角が水属性だ。それぞれから線を伸ばし三角形を描けば六芒星の最上角となる。そこに上位の魔法が存在するのではないか、と学生には説明した。
リディアは風と水の属性魔法師であり、その力が強い。延長線上にあるそこが、“生”の魔法であることの説明がつく。
その位置は――魔法相関図では東にあたる。
(――我が君が、そうならば――)
聖なる存在、魔法の始まりでもあり、東を治めるモノ。
東の印章は、彼を表すものなのだろうか。
“リディア。翠の愛しい子――約束して欲しい。君は――”
「――先生?」
リディアは、呼びかける声に意識をこちらに戻す。
皆が思考にふけていたリディアに注目していた。訊かれてもいないことに思いを馳せるのをやめて、授業に意識を戻す。
意識を振り払い水系統魔法の満たされた透明なケースを前にして、皆を見渡す。
「各学生、それぞれの演台を回り、それぞれの魔法に形状量変化の魔法をかけてもらいます」
学生の反応はあまり芳しくない。黙ったままで、つまらなそう、という顔。
「各台にはストップウオッチを置いてあります。まず量の増減、それから形態変化、そして状態変化の順に行い、その発現までに要した時間を記録してください。二人組になり、片方がタイムキーパーと記録を行うこと。実施者は、開始の宣言をしてから魔力放出・魔法術式の展開を行い、計測者は合図と同時に時間を計ること、ただし魔法の発現までにかかる時間は一分までとし、それ以上やっても発現しない場合は次の計測に移ってください。以上、質問は?」
ケイが勢いよく手をあげる。
「なんで、すでにある魔法を変化させるんですか? 新しい魔法を教えて欲しいのに」
リディアはこの質問は予想済みというように、頷いた。
「魔法の“発現”は、最も高度な技だということはわかりますか」
見つめてくる顔、わずかに首を傾げる顔もいるから、ぴんときていないのだろう。
「魔法を発現させるには、自分の魔力と、外部の属性魔力が必要というのはわかりますね。そして外界の属性魔力というのは、場によって濃度差があるということも習ったと思います」
たとえば、とリディアはホワイトボードの前に移動してマーカーを手にする。
「次回、皆さんが受ける実習は砂漠地帯だと説明しましたね。そこの属性を調べるように課題を出しましたが、いまここであげてください」
ぱらぱらあがる「土」、「火」、「風」の声にリディアはそれを書き記す。「他には?」
「金」とマーレン。リディアは頷く。
「そうです、今度の実習は岩石の多い砂漠地帯。成分は石英で鉄分が含まれています。つまり金属性魔力が非常に高い。そして“火”属性は、この砂漠にはありません。ですが強い風が吹き、乾燥している地であり、風属性魔力が濃いため、火系魔法は大きな効果が期待されることになります。また気温が高いため火系統魔法の応用魔法である熱性魔法は非常に効果が強く出ます」
そして「ないものは?」と聞く。
「木と水」
チャスにリディアは頷く。
「低木がある地帯もありますが、植物は少なく、木属性の魔力は期待できないでしょう。そして、水属性も皆無なため、水魔法を発現させるのは多大な魔力を要します」
リディアは一人ひとりの顔を見渡す。
「外界の属性魔力がない系統の魔法を発現させるのは、非常に難しいことはわかります。ですから魔法を発現させる場合に、その場の属性魔力は何かを考えて魔法を放つことが必要になります」
うーん、とチャスが頷く。
「で? お前らには魔法の発現は難しいから、すでに存在している風とか土に変化の魔法をかける練習をしろってこと?」
リディアは表情を変えずに首を振って否定する。チャスの言葉は何かを含んでいて、ケイは露骨に顔に怒りを見せる。
「僕はやだよ! そんな地味なの」
ケイがリディアにくってかかる。
「皆さんは、マッチの火を火炎に変化させるのに、自分がどのくらい時間がかかるか知っていますか? コップの底にある水を、淵まで溢れさせるのは? 来週の実習は、実地です。本物の魔獣と闘います。砂漠で風を利用して突風を起こすのと、何もないところから火炎を出すのと、どちらが魔力の消費が少なく、有効だと思いますか?」
黙りこくるケイを見て、他の生徒を見渡す。
「六系統魔法の発現も、勿論授業でやります。けれど、まず自分が物質の形態変化にどのくらい時間を要するのか認識しておくことが必要です」
静かになった場で珍しくヤンが手を上げる。
「先生、見本を見せてください」
リディアは頷く。
「今回私は、ロッドを使用しますが、時間があればロッドを使用した場合としない場合と条件を変えて計測してみてください」
そしてリディアは、マーレンから先ほど返してもらった自分の胡桃材のロッドを手にする。
「持ち方は、以前の演習で行ったはずです。必ず末端を手掌に当てること」
皆が注視していることを確認して、半分まで水で満たされたケースにロッドの先端で指し示す。
「誰かタイムを計って」
チャスがストップウォッチを振って示す。
「すでに魔法は発現しているので、詠唱はいりません。魔法術式の展開を行います」
リディアがそういったのと同時に、水量がいきなり増して淵まで波立つ。同時に、まるで水底に穴が開いたかのように水が吸い込まれて水嵩を減らし、あっという間になくなる。
やがて、ケースの中に白い霧が立ちこめてケースに水滴がつき始めて、雫となりケースの中に大量に滴り落ちて半分ほどまで水をためる。その水はうねり始めて、水柱を作り竜巻のようにケースの中を嵐の海のように荒らしたあと、最後は凪いだ水面に戻る。
「どこから切り替わったのかあっという間で微妙なんだけど、発現しているのは十秒で、次に展開するのが、ニ、三秒?」
「そうね。私の場合は、魔法術式を展開させて発現まで一からニ秒程度です。五秒後には確実に効果を表せています」
リディアが頷くと、生徒達は微妙な顔をして黙る。
「――やっぱり地味」とケイの不満げな呟きが響いた。
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