36.彼の主張
もやもやする。
廊下の角を曲がると、ウィルが手をポケットに入れて待っていた。しかも笑ってる。
「先生。教授が苦手ってバレバレ。下手だなー」
「絶対的な上下関係には逆らえない性質なの」
「奴隷気質? そういうプレイ好き?」
「違います!」
ところで、とリディアはウィルを丁度目の前の印刷室に呼び込む。電気をつけて、ドアをしめる。
「先生、積極的――」
「はい?」
「キスしてくれんの?」
リディアは半眼で、見つめ返す。
冷たい視線にひるむ彼に、リディアは仕方がないと今の言葉は流して、改めて向き直る。
「さっきの、何?」
「さっき? 何とかなっただろ。機械」
「それは有り難いけど……寄贈していただけるなんて感謝しているけど」
何から聞けばいいのか、何から話せばいいのか。
――辞職を覚悟してきたのに。
「さっき実験室見たけど、壊れてんのは機械と魔法陣と蛍光灯だけ。部屋を掃除すりゃなんとかなるよ。蛍光灯交換は、用務員のおっさんに頼んだし、魔法陣は親父に融通利くとこ聞いとく」
「――」
「つか、あんだけの爆発で、被害をそれだけにしたの、リディアすげーって思った。正直」
「――でも、あなたに怪我を負わせたの! 私は、起こりうるリスクを回避しなかった、やってはいけなかった――」
リディアは必死に説明をしようとした。あらゆるリスクを想定して、自分の手に負えないと思ったら手を出してはいけなかった。事故を起こしたのは、一番最悪な結果だ。
だが、ウィルの顔は、怒気に赤くなっていた。
「なんだよ、それ。やらなきゃよかったって!?」
「――そう、だと思う」
ウィルはわずかに黙り、リディアに詰め寄る。
「アンタさ、戦闘集団にいたんだろ。経過はどうであっても、結果が出せたらいいんじゃねぇのかよ?」
「怪我人を出すのは、一番最悪」
「そうやって、俺は何もすんなって言われてたのに?」
――そうだった。
ウィルは、そうやって何もするなと言われて自分の力を知らなかった。機会を与えられなかったのに。
「アンタが、やってくれたから俺は自分の力を知ったんだよ。開放できたんだよ。それなのにアンタが否定するのかよ、リディア!!」
「――ごめん、そうだった。やらなきゃよかったなんて言わない、今のは撤回する」
彼が大きく息を吐く。こうやって生徒に気がつかされる。まだまだだ。
「でも、方法は間違えた、反省しなきゃいけないし、見直さなきゃいけないことが沢山あった」
「それは、これからしてけばいいだろ、だからやめないで続けてくれよ、補講」
「――でも」
「そんなに報告したいのかよ? 教授だって大事にしたくねーから、ああ言ったんだろ」
確かに、そんなこと、で終わらそうとした。というか、終わらせていた。
報告を上げて面倒事にしたくないのだろう。
「それとも詳細上げるのかよ。機械壊したのは監督できていなかったからです、って。余所見した理由は、生徒にキスされたからですって?」
リディアは、ウィルを蹴飛ばそうかと思ったが、彼の顔は真剣だったので、ただ睨むだけにした。
(手を上げてはいけない、手を上げてはいけない……)
それに、助けられたのだ。正直に言えばリディアは魔法師の資格を取り上げられていた。
「複雑……罪悪感」
「利益を望んでるの、俺は」
「わかった」
ため息とともに、リディアは降参した。
すごく上手に収めてくれたのだ、リディアより対処能力があると思う。多分教授よりも。
それに、実験室まで見に行ってくれるなんて、行動力もあるし親切だ。
「機械、半壊してるけどね」
「教授は、実験室も演習室もぜってー入らねーだろ」
普通はどんなふうに壊れているか、部屋がどんな状態か気になるだろうに。
管理者なのに無関心ぶりが徹底しすぎていて怖い。……けれど、今回は助かった。
「ついでに用務員のおっさんに聞いたら倉庫あいてるってたぜ。今日中に壊れたの入れとこうぜ」
「ありがとう! 一人で運ぶ覚悟してた!」
高額な備品は、勝手には捨てられない。申請して廃棄できるのだが、それまで実験室に壊れた機械を放置していたらばれてしまう。
ウィルは用務員や清掃員とも仲良く喋っている姿を見かける。誰とでも気さくに話す姿勢は尊敬する。
こうやって先回りして、頼んだり訊いておいてくれるところも気が利くと思う。
「色々……本当に、ありがとう。助けてくれて」
リディアがウィルを真っ直ぐに見上げて感謝を伝えると、彼は顔を横にふいってそむけた。
(あれ? またからかうか、自慢してくるかと思ったけど?)
「打算、だし。あんま簡単に……誰でも、気を許すなよ」
それってどういう……。
「だから最後まで、俺の練習につきあってくれってこと。――途中でやめたとかなし、だからな!」
ああそういうことね、と頷きながらもリディアは首を傾げた。
(何だか……、上手いこと丸め込まれた?)
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