37.お茶会の話題
リディアは、自分の机で今度の実習オリエンテーションの資料を作っていた。
――どうしよう。
「ブライアン先生、ちょっと聞いていいですか?」
リディアは、魔法学科全体のシラバスを手にサイーダを振り返る。
シラバスによると、一年生は、教養科目を取るから実習がない。二年生のはじめての実習が、『実習Ⅰ:魔獣探索』、三年生の実習が『実習Ⅱ:魔獣との接触』だ。
「二年で魔獣を探して、三年で魔獣と触れ合ってみるという内容でいいですか?」
リディアは大学に行ってない。八歳で魔法学校の初等科に行き、卒業せずに十歳で魔法師団に入った。最中に通信で魔法学士を取り、魔法師団を辞めた後大学院だ。
「そう、何しろ魔獣なんてみたことない子がほとんどでしょ。比較的性質が穏やかな魔獣が出るリリルの森で、魔獣をまず探索するのが二年生の実習目的。三年生は実習先が捕まえた魔獣に魔法をかけてみる」
「で、四年生は、魔獣討伐ですか。いきなりのハイレベルですね」
「でも、予め知らされた魔獣の一匹の討伐計画をチームで立案して、実施だから。低いレベルの魔獣を選んで貰うし。場合によっては、捕まえていてくれるところもあるしね」
「うち……魔法師団の第一師団が実習先なんですよね……」
うわっという声が、サイーダより上がる。
「あそこさ怖いよね。うちも三年くらい前までお願いしてたけど、色々あって実習先変えたんだよね」
「ハーネスト先生は、前は第三師団にいたのでしょ? あそこは評判いいじゃない?」
フィービーが、リディアが焼いてきた差し入れのヴィクトリアサンドイッチケーキを切ってくれる。
「私は実習生には施設案内だけをしていました。実習自体も、穏やかな性格の団員が担当していましたし」
施設案内は穏やかな物腰の女性がいい、なんて言われて任されていた。
今どき問題ありな考え方だ。かといって、団員殆どが強面の筋肉自慢の野郎共だ、入口で怯えて帰られてしまったら困る。
第三師団の団長なんて、顔を出しただけで未成年の学生は足をガクガク震えさせて、顔を青ざめさせて気分が悪いとか言い出して、救護室に行ってしまう時もあった。
(団長、怖そうだけど、性格は穏やかなんだけどね)
だから彼は気を遣って、学生には顔を見せないようにしていた。
「第三師団では、任務への同行見学実習みたいなものでした」
「実習先によって、実習に選んでくる案件も様々よね。第一師団は、エリートだし、難しい案件しかないでしょうし、学生向けなんてないわよね――あら、これ美味し」
「よかったです」
リディアは、驚いたようにケーキを見つめるサイーダに微笑む。賛辞の対象は、リディアが差し入れたケーキに対してだろう。
「ケーキもしっとりほろほろしていて、ジャムも美味しいのね」
「木苺のジャムは、粒感が残すようにしているんです。それにブランデーも加えました。ケーキ作りは、母に唯一認められた私の特技なんです」
「シルビスって、結構昔の習慣や価値観が残っているわよね、お茶の時間があったり。ケーキもよく作っていたの?」
「お茶会も社交のひとつでしたから。ホストが自慢のケーキを出すのが、最高のもてなしとされていたんです」
母親にとって、リディアは容姿、嗜み、立ち振舞い、全てが及第点に至らず溜息のもとだったけれど、これだけは合格点を与えられてお客様に提供できていた。
「わかるわ。お店で売れるレベルよ」
「ありがとうございます」
フィービーからも褒められて、リディアは照れて俯いて、自分の分のケーキを素早く口の中に片付けた。
そして第一師団側から提示された、今回の実習案件を読み上げた。
「『第三級魔獣の潜む砂漠地帯を抜けて、定刻までに目的地に到着』――これって立派な任務ですよね」
去年まで、檻に入った魔獣に「えいっ」て初級魔法かけていただけの学生に、いきなりこの内容?
サイーダは呆れたように手の平を返した。
「うちは昔、第一師団の団長に『学生に厳しすぎる』、って苦情言ったの。そしたら、『他を当たれ』って。それ以来受けてくれなくて。学生のレベルがわかってないんだもの。中級魔法しか使えないのによ」
(やばい、うち、やばい)
「――うち、魔法使えない学生が殆どなんですけど」
サイーダとフィービーが黙り、リディアも黙り込んだ。
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