26.心配と執着
ウィルは、多分来るだろう。
――けれど、一筋縄ではいかない。
脅したのだから、和気あいあいと補習にはならない。その覚悟をしておいたほうがいい。
(ウィルの魔力を高度測定して、あとはキーファも高度測定器で測ったほうがいいよね)
キーファはあまり乗り気ではなさそうだった。ウィルやマーレンのように威圧的に言うのは逆効果だろう。
そもそも、キーファは優等生だから個別指導する理由がない。何かしらの理由をつけて、個人面接をすると言ったとしても、その適当な理由を皆の前で言うと、警戒されるだろうし。
「――待てよ!」
教室を出て廊下を歩くリディアの腕を掴んできたのはマーレンだった。
「ああ、ハーイェク」
リディアも彼に話があったから、足を止めて向き直る。
「あなたの魔法だけど」
「――それはいい」
よくない。
「靴の事だけど」
「それもいい」
やっぱりあなたなのね、靴の送り主。
リディアの僅かな沈黙でリディアの言いたいことを悟ったのか、彼は口を開く。
「要らないなら捨てればいい。他のものがいいなら、そう言え!」
「そうじゃなくてね」
「何かあるならヤンに言え。それより、さっきのは何だ!」
随分早口で、興奮している。ちょっと会話のペースについていけない気がする。
「アイツをつけあがらせるな!」
つけあがらせるって、ね。言葉の使い方、間違えているよ。
「俺も参加する! アイツがどれほどのものか、見定めてやる」
「――それはだめ」
リディアは素早く断言した。マーレンが口を開く前に続ける。
「ハーイェク。あなたも誰かに見られるのは嫌だったでしょう?」
リディアの担当の生徒たちはみんな魔力にコンプレックスがある。他者の目に晒されない方法で、魔法が使えるようになるまで導いたほうがいい。少なくとも、彼ら個人の問題の解決方法がわかるまでは、個別指導のほうがいい気がする。
脅しではないし、ただわかってもらいたかったから、なるべく普通に言ったつもりだけど、マーレンは苦虫を噛み潰したみたいに微妙な顔をして、それから唸る。
「だからといって――気に食わねぇ。ヤツと二人きりなんて」
「あのね、何もないの。あなたとも何もなかったでしょ、同じことをするだけ」
「同じことだと! 余計に悪いわ! 何も喋るな、笑いかけるな! 無表情と沈黙でことを進めろ!」
なんだか保育園の保母さんになったみたいだ。お気に入りの先生を必死で独り占めしたいみたいな。
「アイツに油断するな! 気を許すな! お前はチョロいんだよ!」
心配されているのか、馬鹿にされているのか、わからなくなってきた。
「マーレン。落ち着いて」
名を呼ぶのは多少の効果があるのか、不承不承彼は黙る。でもすぐにまた何かを言いたげに、口を開きかける。
それを制止する。
「心配してくれて、ありがとう。私は魔法師なの。だから何も――問題はない」
「ああ、ハーネスト先生」
にこやかに愛想を見せるのは、ヤン・クーチャンスだ。王子の用事で国元に戻っていたらしい。
王子と別れた後、彼の方からリディアを訪ねてきた。
(あなたも、色々大変そう)
同類意識が湧いてくる。
王子の魔力測定の後、彼も魔力測定を受けている。すべて八十から百の横並び。ある意味均等すぎてそれも不思議だけれど、この領域の中ではオールマイティに魔法をそこそこ使えるという、一番できる生徒なのかもしれない。
「クーチャンス。あなた達から頂いた“モノ”のことだけど」といえば、彼は「ああそのことですか」、とニコニコした。
「アレは大学への寄贈です。どうぞ研究にお役立てください。不要ならば処分していただいて構いません」
いえね、それ、賄賂っていうの。
「先生には感謝していますから!」
最初のときと随分態度が違うな、というリディアの顔を見てか、彼は心底申し訳なさそうな顔をした。
「あの時は失礼な態度を取り申し訳ありません。ですが先生のご指導により殿下も今は真面目に学業に取り組み、王族としての責務にも積極的になっております。これもひとえに先生のご指導の賜物です」
「そう。それならよかった……」
大げさすぎて、なんと答えていいのか。私、何もしていないし。
「王妃様も、先生には感謝しているとのこと。そのうち我が国にお招きしたいと――」
「――いいえ! とんでもない!」
やばい。
教授にはバレずに済んだのに、王妃に話が行った。なんてこと報告するのよ。
というか、どんな報告をしたのだ。王子を蹴り飛ばしたこと? 入国した途端に拘束されそうで怖い。
「『拝謁に賜る栄誉をいただきましたこと、誠に光栄ではございますが、まだまだ若輩者ゆえ、平にご容赦を』、とかなんとか言っておいて」
ヤンは、ニコっと笑って「またまたーそんな遠慮なさらないでください」とか。
ねえ、聞いてる? 本気で断っておいてね。
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