3.過去の戦闘


”到着した”


 ディアンの報告が届く。

 魔力を使っての思念による通信だ。



”了解。十カウント後、突入”


 リディアは、横で備える魔法師に合図する。


”うまくやれよ。――リディア”


 これは「死ぬなよ」の励ましだ。


(ありがとう――先輩)


 通信をきって、そっと胸中で呟く。


 リディアはディアン率いるソードに在籍経験がある。

 彼は団長ではあるが、学校時代の先輩だ。

 

 彼のほうが経験豊富で実力者ではあるが、今回全ての指揮を取るのは自分だ

 

 緊張するのも不安になるのも、これで最後。後は実行のみ。


「ああ、ちょっと待って」


 正面扉前まで音を立てず、すばやく身を寄せたリディアは、オーク材に鉄板が打たれた頑丈な扉を前に、破壊させようとする魔法師を止める。


「壁の厚さは半メートル程度と言ったわよね」


 困惑する男たちに、リディアは口角を上げた。


「扉の左右両方の壁を破壊。扉は無視」

「しかし!」


 抗議の声がいくつかあがる。

 

 木製の扉と石壁を壊すのでは、必要な労力が違いすぎる。

 そして壁を壊したら、天井が崩れる恐れが出てくる。

 

 「ここと」と、リディアは、自分が扉の横の左方に立ち壁を指す。

 そして扉の横の右方に立つディックの目の前の壁を指差す。


「あなたと、私で左右同時に壁を壊す。ご丁寧に扉から入ってやる必要はない。どうせ敵は扉の左右に待ち構えているだろうし、壁ごと吹き飛ばしちゃって。ただ、通行の邪魔だから破壊した石は風化魔法、穴の周囲は強化魔法で固めて天井を落とさないように。全て同時に一瞬でね」


 ディックがまじかよ、と呟く。


 けれどリディアは、彼の実力を知っている。

 彼は細かい調整をする魔法が面倒で、やらないだけ。

 彼もまた天才なのだ。


 しかしヘイが、妙に訳知り顔で背後から口を出す。


「では私が、強化魔法をかけましょう。リディア殿、彼もあなたも、微細な調整を必要とする三つ同時の魔法を一人で負うのは無理です」

 

 ディックが僅かに口角を歪めた。そして口を開く。


「俺を何だと思ってんだよ、ソードだぜ、おっさん。んなの、わけねーよ」


 それから、と彼は続ける。「リディアって言うな。それはうちの――」


「――リトラ師と私で充分です。それより破壊と同時に迅速に突入することを優先して下さい」


 リディアは、ディックを遮る。余計な雑談は充分だった。


 ディックは、リディアが皆の前だからと“リトラ師”と名字を仰々しく呼んだことにかムスッと口を閉ざし、ヘイは表情を消して引き下がり、ボウマンはぶつぶつと文句を言っていた。



***


 リディアの部隊が立てた爆発音とともに、奥でもドーンという重い音が地面を揺らす。ディアンの部隊だろう。


 リディアたちが壁ごと吹き飛ばした相手は、五名ほど。すでに仲間が倒れた敵の拘束に向かう。


 左右正面から攻めてくる敵が主力として使うのが、火炎が噴き出る魔法銃だ。

 リディアはヘイが水魔法を展開し、敵がはなった炎を一気に消し去るのを横目で確認しながら、突入したボウマンを追い大広間に入る。


 既に何人かの敵を仲間が取り押さえており、ボウマンは敵の首謀者――首から数珠を垂らした教主と対峙している。


 ボウマンの左右を守る団員がいない。

 敵が魔法銃の銃口を彼に向けるのを見て、リディアは金属性変化の魔法を広範囲にかける。

 

 途端に十倍の重さになった魔法銃を取り落とす男たち。


 リディアが攻撃魔法を使わず、補助魔法にしたのは、相手が民間人だから。

 それから、この広間に何の魔法が仕掛けられているか、わからなかったからだ。

 

 相互作用を警戒しなければいけない、そんなこと改めて注意しないでもわかるはず、そう思っていたのに、ボウマンが手を振り上げて唱えたのはお得意の火球魔法だった。


 まさか、魔法の相互作用を気にせず攻撃をするとは思わなかった。


(落ち着いて。落ち着けば、対処できるから)


 何かが起きたら、自分がフォローする。

 そう自分に言い聞かせる。


 ボウマンの放つ火球は左右の緞帳に当たり、炎が広がる。

 

 教主は焦ったように何かを投げ捨てる。ボウマンがそれに火球をぶつける。

 ジュッという音をたてて、火を宿したそれは地に落ちる。教主はそのまま身を翻す。


「追え、追え!」


 ボウマンは叫び、頭上でロッドを振りかざす。

 指示に皆が従おうと足を踏み出した瞬間、教主が落した何かが光を発する。


 ――何かの魔道具だ。

 生れ出る魔力から、何かの魔獣が出現しようとしているのを感じる。


「召喚獣、下がって!」


 どの魔獣が呼び出されたのか。


(炎か、氷か、毒か、どの攻撃をしてくる? 強化するとしたら、どの耐性をつけるか)


「――リディア。援護、頼む」


 横をすり抜けたのはディックで、魔法剣を構えていた。

 

 彼は召喚された魔獣の出現と同時に攻撃をする気だ。 

 感覚を研ぎ澄ます。


 自分は第三師団シールドの人間だ。

 シールドは、ソードに比べて、守りに特化した部隊だ。

 だから補助系魔法は自分の専門。


 目を凝らし、生まれようとする魔獣に及ぶ魔力波を感じ察知する。


(火属性の魔力が多い)


「竜だ。火竜だ!!」


 誰かが叫んだ。


”――水よ風よ、結べ。強靭な守りとなり、お前を焦がす火炎を防げ”


 リディアは詠唱し、先鋒するディックには二重の氷の盾を、左右に広がる敵を含む全員を守るよう大気を凍らし氷の紗幕を張る。

 

 召喚獣の吐いた豪炎が部屋中をなめ尽くすかのように広がったのは、同時だった。



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