12

 なんとなく、病室に戻る気がなかった僕は、いつも茉莉乃が本を読んでいる病院の庭へとやってきた。

 いつも茉莉乃が座っている特等席へと腰をかける。

 ユラも僕の隣へと腰掛けた。


「なぁ、ユラはさっきの話を聞いてどう思った?」


「んー。そうですねー。わたしはお姉さんと再会すればいいんじゃないかと思いました!」


「………。僕もそれは考えたけど……。でも、実際問題それはかなり難しいんじゃないか? 数年は会っていないって言っていたしな」


「どうします?」


「そうだな……」


「また、巨大掲示板で聞いてみますか?」


「…………………。いや、それはいい」


 もう、あんなのはこりごりだ。

 また変な意見を言われるに決まってる。


「……そうですか。ただ、やっぱりお姉さんとの再会が展開としては一番良さそな気はしますね」


「展開?」


「はい。普通に病気が治りました。ちゃんちゃんだとダメだと思うんです」


「ダメ?? どういうことなんだ?」


 守護霊特有の何か特殊な考えでもあるのだろうか?

 僕は黙って次の言葉を待った。

 …………………………。


「だって、何も盛り上がらないと思うんです……。面白くないじゃないですか」


「……………………」


 うん。

 わかってはいたんだよ。

 なんとなく。

 でも、ほら。

 一応、守護霊だからさ。

 なんかすごい考えでもあるんじゃないかって普通思うわけだろ。


 残念ながら、期待はずれという言葉がこれほどまでにぴったりと当てはまる瞬間というのはそうそうないのではないだろうかと考えさせられる瞬間であった。


「そんな展開じゃ、小説の物語にもなりませんね」


 やれやれといった表情で首を振るユラ。


 ………アホすぎる……。

 僕を守ってくれる守護霊がここまでアホだとなんだか泣けてくる。

 完全にやる気をなくしてしまったが——。

 仕方なく、本当に仕方なく、心やさしき僕は、話に乗っかることにした。


「じゃあ、どういう展開なら面白いんだ?」


 その言葉、待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせて言う。


「そうですね……。まず、お姉さんは海外にいるんです。そこで幸せな生活を送っています。そこへ、一通の通知がくるわけです。内容はこうです。「妹が危篤状態です。もって数日です」お姉さんは急いで身支度を整え空港に行き、飛行機に乗ります。しかし、物理的に距離が離れていて、お姉さんは焦ります。でも、焦ったところで、飛行機の速度が上がるわけではありません。そして、ようやく空港へと着き、そのままタクシーで病院へと向かいます。しかし、タクシーが渋滞にはまってしまうんです。お姉さんはそこでタクシーを降りて、必死に走って病院へと向かいます。そして、ようやく病院へと着いたお姉さんは、茉莉乃さんのもとへと向かい、病室へと入いります。しかし、そこではピーという音が静寂の中に響いていました。お姉さんは茉莉乃さんを抱き起こしこう言います。「茉莉乃、死なないで。お願い」すると、茉莉乃さんは目を覚まして、こう言います。「お姉ちゃん……」それと同時に病気が治り、エンディングが流れると言うわけです。茂塗さん、どうでしょう?」


「………………」


 どうでしょう?

 と聞かれたが反応するのが面倒だったので無視した。

 お姉さんとの再会の流れはどうでもいいとしても、確かに僕自身も再会すること以外に解決できる方法がわからなかったし、それが一番有力だと思った。

 しかし、どうしたものか。

 やはり、茉莉乃自身も今どこにいるのかわからないと言っている以上、もはや見つけようがないのではないか……。

 第一、僕は今残念ながら、病院から出ることはできないし、満足に歩くこともできない。

 それにそもそも探しているような時間すらも残されていないようなそんな気がする。


「姉が勝手に来てくれたりしたらいいのにな……」


 僕はため息混じりに小さく呟く。


「勝手にですか?」


「……………………」


「できるかもしれません!」


「まぁ、無理だろうな……。え? 今なんて?」


 僕は、ユラの顔を思わず二度見する。

 ユラは満面の笑みで僕を見た。


「実はですねー。天使ネットワークというものがありまして——」


「天使ネットワーク?」


「はい。これを見てください」


 そう言って、僕に天界の?スマホ画面を見せる。

 そこには、それぞれの名前と画像、そして文字が恐らくだが時系列に並んでいた。


「これがどうかしたのか?」


「はい。ここでつぶやくことで、このつぶやきに気づいた人がもしかしたら今の状況を本人に伝えてくれるかもしれません。以前も別の人がここに迷子になったペットの情報を書き込んだんですよ。そしたら、それが拡散されて、それを見ていた飼い主が無事ペットと再会することができたって言うのがあったんですよ」


「へぇー。そうなんだ」


 ……………。

 それって、ツイ◯ターだよな。

 もう、一度経験したこの流れに対して、僕は特に驚くこともなかったが。


「これで拡散してみますか?」


「まぁ、やってみて損はないから、やってみるか。でも、いいのか? ほぼ間違いなく、ユラの面白い展開にはならないと思うぞ」


「大丈夫ですよ。この世の中にはやらせというものが存在——」


 守護霊に触ることができることをこの前知った僕は、ユラの頭にチョップを食らわす。


「イタッ! 茂塗さん、痛いですよー」


「お前がアホなこと言うからだ。聞いた僕もバカだったが、とりあえず、普通にツイートしてくれ」


「ツイートってなんですか?」


「……………。つぶやいてくれ」


「はい! わかりました!」



 その後、僕は小説を読み、ユラはスマホをいじっていたが、ユラがこれでどうでしょう?と画面を見せて聞いてきたので、僕は、小説を読むのをやめて、その画面をじっと見つめた。


 そこには、簡単な経緯とお姉さんの特徴が書かれていた。


「うん。いいんじゃないか?」


「じゃあ、これでつぶやきますね」


「あぁ、頼む」


「見つかるといいですねー」


「そうだな………」


 連絡をとっていないと言っていたから、茉莉乃の今の状況を知るすべがないんだろうな……。

 正直、「つぶやき」にもあまり期待できそうにないしな。

 それにこの時、僕にはある一つの懸念があった。


 本当に茉莉乃は姉と会うことで病気が治るのだろうか?

 姉がいなくなったことが本当に病気の原因なのだろうか?

 僕はその後もずっとそのことばかり考えていた。


 しかし、その後ユラのスマホが大音量でなった。


 それは、姉が見つかったとかそういうハッピー的な話ではなく、

 茉莉乃の生体情報モニターにユラが仕掛けた機械からの通知だった。


「茂塗さん、茉莉乃さんが心肺停止状態になりました」


 僕は急いで茉莉乃の病室へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナイトの守護霊 上ノ森 瞬 @kaminomori_shun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ