終章

閉幕:後の祭り

 それでは、これより後日談を。


 約十年以上にも及ぶ、恵比須さんの野望は見事に打ち砕かれた。

 よって、十日恵比寿神社ならびに八坂神社での恵比須さんのカミゴたちは藤磐家の仲介で、他の神様へと委託された。無理矢理に信仰を変えられるというのは人々にとっては理不尽極まりないことだろうが、そこは道真さんの尽力もあり、多少の混乱はありつつも無事に解体される運びとなった。




 完結!




 いやぁ、終わった終わった。お疲れ様。みんな、よく頑張ったよね。あたしも頑張ったし、えらいえらい。


「馬鹿か、お前。何勝手に終わらせてんだよ」


 ガツンと衝撃が走る。後ろから思いっきり殴られた……くそ、清水原。あいつ、ほんとムカつくわ。やっぱり嫌いだ。




 街の復興は意外にも速かった。なんか、タイムラプス動画を見ているように、建物の神様と石の神様と風の神様と、そのほかエトセトラ。そんな名だたる神様たちと、博多カミゴ倶楽部の建築家さんと、藤磐のおじさん(明水さん)のおかげで、どうにか一日で元通りとなった。

 さて、街の住人たちは百道浜のヤフオクドームや、天神方面に避難させていたらしいが、全員が福本の催眠にあっていたらしい。あの人も多分、関係ない人を殺すつもりはなかったんだろう。きっと。そうであってほしい。


 しかし、神通力という甘い罠で拐かした北九州の人たちについては、まったく罪悪感を抱いていなかったんだと思う。彼らは地下や街中に棄てられたかのように、呆然と佇んでいた。そして恵比須さんの罰が下った直後、すぐに力を失った。祥ちゃんの学校の先輩たちも、そのほかの人たちも、力をなくしたことによって放心状態となった。これをケアするのは、いくら神様でも時間が必要らしい。


 その一方で、


「いやぁ〜、一時の夢みたいなもんでしたねぇ。もう使えないなんて。あーあ、もったいなー」


 祥ちゃんの学校の生徒会長、荒江くんは帰り際、寂しそうに笑っていた。


「あたしはもういいかな。怖い思いしたくないし。やっぱり夢は夢のままが一番よ」


 同じく、祥ちゃんの同級生である鬼木さんはさっぱりと言い放った。現実的な女子高生だな。

 二人は藤磐さんたちと電車で帰っていった。それを博多駅で見送ったあと、今度は八尋姉妹のもとへ向かう。こちらは姉妹水入らずで、なんだか毒が抜けたようにほんわかしていた。


「ぼく、スサノオさまのとこに戻るよ」


 沙与里ちゃんは力強く宣言した。


「お姉ちゃんは、どうする?」


 この質問に、亜弓ちゃんはものすごく難しい顔をして唸った。人混みの中、頭を抱えて考え込んでいる。

 確かに、恵比須という驚異は今はもう皆無だし、お家に戻っても大丈夫だろう。そして何より、妹の沙与里ちゃんは目をうるませてお姉ちゃんの言葉を待っている。


「……しばらく、考えさせて」


 結局、亜弓ちゃんはその場では決断できなかった。仕方なく、スクナビコナさんと一緒に沙与里ちゃんは北九州に帰っていった。


 さて、これを見送ったころには、すでに時刻は十九時を回っていた。


「ねぇ、君たちさー。僕たちのこと忘れてない?」


 博多駅を出ると、背後がのっそりと陰った。大きな碓井くんと白いホスト姿に戻ったウカちゃんが腕を組んでいる。


「あら〜、どこに行ったかと思えば。そこに居ったん?」

「いやいやいや、ひどくない? 今回のMVPは僕と碓井くんだよ?」


 あたしの言い草に、ウカちゃんはプンスカ腹を立てた。一方、ポーズをとったものの様になっていない碓井くんは苦笑して頭を掻いた。まったく、100%の幸運のくせに、肝心なときにいないんだから。


「はいはい、ウカちゃんもお疲れ様でした。もう帰りーよ。疲れたろ? いくら俺のことが好きやけんって、番犬みたいに待っとかんでいいのに」


 清水原が調子に乗ってふざける。それに対し、ウカちゃんも「まぁ、そうなんだけどね」と満更でもない。ツッコミがいねぇ。


 めんどくさいから、あたしはその場から離れて、シノさんと祥ちゃんのところへ向かった。二人は、博多駅南口付近にある土産物コーナーにいた。


「あのー」


 思い切って声をかけると、シノさんの黒い髪が揺れる。


「あら、玉城さん。悪いわねぇ、買い物に付き合わせちゃって」

「いえいえ。てか、あのあとで買い物する気が起きるのもすごいっすね」


 心臓に毛でも生えてるのだろうか。

 そんなことを思っていると、彼女は「あはは」と爽快に笑い飛ばした。


「だって、せっかく博多に来たんだし。なかなか来ることないんだもの。ねぇ、祥ちゃん」


 菓子コーナーでブツブツと逡巡している祥ちゃんが、ハッとこちらを振り返る。


「なんですか?」

「いえ、なんでもないのよ。そう言えば、鬼木さん、お土産買うの忘れてたんじゃないかしら」


 シノさんがこっそりと悪戯に微笑む。祥ちゃんは目を丸くした。


「え? えーっと、そう、なんですか……へぇ。それなら、うーん、どうしようかな」


 きりりとした眉毛がしどろもどろになっていく。この反応は面白い。思わずあたしもニヤニヤと笑った。


「なんですか」

「いいえ、何も何も。あ、博多のお土産なら『チョコぱいおう』がいいと思う。これ、めっちゃうまい」

「本当ですか……じゃあ、これにしようかな」


 ふふふ。

 あたしとシノさんは二人で笑いあった。これだけですぐに打ち解けたので、あたしたちはかなり相性がいいと思う。


「なに油売っとーとよ、ねーちゃん。はよ帰りぃ」


 土産物コーナーの入口で清水原が呆れた態度で現れた。それに対し、シノさんはあっけらかんと返した。


「あら、私達は今日はお泊まりよ。明日帰るんだから」

「はぁ? なんでよ。祥山だって、明日学校あるやろ?」

「私は明日は休みます」


 祥ちゃんまでもが一丁前に笑いながら言う。したり顔の二人に、清水原は頭を抱えた。


「明水さんと綾乃さんは?」

「あちらもお泊まりよ。博多カミゴ倶楽部と緊急会議をするんですって。だから、私達はその付添い」

「ふーん。四神家も大変ですねぇ」


 すっかり拗ねた風の清水原。そのぶすくれた顔が、なんだか弟のようで新鮮だ。

 お会計に走ったシノさんたちを遠巻きに、あたしは店から出て清水原の横に立った。博多駅は今や、何事もなかったみたいに人で溢れかえっている。あの出来事が嘘のようで、なんだかあたしは途方も無い夢を見ていた気になる。


「ウカちゃんと碓井くんは?」

「弁天さんとこで飲んでくるってさ。碓井くんはお仕事」


 うわぁ。あんな世紀末みたいになったあとで、よくもまぁ。二人共、意味分かんない。理解に苦しむ。ちょっとは休めばいいのに。そんな顔をしたからか、清水原は私の額を小突いた。


「なかったことになるからな。あれもこれも全部、みんな、知らんでいいことやし。だから関係ないっちゃん」

「はぁ……よう分からん」


 あたしにはまだまだ神様事情は分からない。どれもこれも非常識で、頭の中がこんがらがる。本当、神様ってのはお騒がせだな。いや、それは人間もか。

 なんだかやり場のないモヤモヤが渦巻くけれど、夜の空気を吸い込めば、なんだかどうでもよくなってきた。無事に片付いたんならいいじゃないか。そういうことで。


「おまたせしたわ」


 やがて、シノさんと祥ちゃんが紙袋をいっぱい抱えて店から出てきた。祥ちゃんはともかく、シノさんは誰にお土産を買ったんだろう。それを問う間もなく、シノさんはちゃきちゃきと話を進めた。


「さて、慎ちゃん。私達はお腹が空いてるわよ」

「あ、そう」

「馬鹿ね。どっか連れて行きなさいって言ってるのよ」


 察しの悪い清水原に、シノさんは辛辣に言った。彼の帽子のてっぺんをベンベンと叩く。それを嫌そうに払いのける清水原の口は、これまた嫌そうに歪んでいた。


「……じゃあ、何食う? うどん?」

「はぁ? あなた、北九人に博多のうどんをすすめるの? 一体、どんな育ち方をしたらそんな恩知らずな口がきけるの?」

「ほらぁ、すぐそうやって文句言うからさぁ」


 うどんはお気に召さなかったらしい。二人の漫才に顔をひきつらせていると、見かねた祥ちゃんがあたしにこっそり耳打ちしてきた。


「あれは霧ねえだけが言ってるだけなので。北九州の人、みんながそんなこと思ってるわけじゃないですよ」


 それなら安心して、北九州に行けるわ。


「……それよりも、私は一つ、疑問に思ってることがあるんですが」

「ん? なになに?」


 漫才は放っておいて、あたしと祥ちゃんは同じ目線で話し込む。祥ちゃんは神妙な顔つきだった。


「結局、福本はどこに消えたんでしょうか」


 祥ちゃんがぽつりと言う。


「うーん……それは、なんとも言えんよね」


 清水原曰く、福本は消えた。死んだわけじゃないらしい。福本の神通力を使って、彼の能力を奪ったという。本当にそれだけなのだろうか。謎は深まるばかりだ。


「まぁ、操ってた恵比須さんはもう、ほとんど使い物にならんし、当分は大丈夫でしょ」

「だといいんですけどね」


 祥ちゃんは苦笑いして、もうこの話題に触れないように顔色を変えた。そして、喧嘩が最高潮に達した大人げない二人の間に入る。


「慎一兄さん、腹が減りました。私はラーメンがいいです。屋台に行ってみたい」

「ちょっと、祥ちゃん! 屋台は嫌よ! 服が臭くなる!」

「はい勝負あった! こういうのは最年少の意見が自動的に採用されるもんです!」


 清水原はきっぱりと言い切った。二対一じゃ分が悪いのか、シノさんはがっくりと項垂れた。勝利に湧く野郎ども。平和だなぁ。こんな日がずっと続けばいいのに。


「んじゃあ、博多の代行屋さんのさいっこうのおすすめ屋台に連れてってもらおうじゃないの」


 シノさんは悔しそうに言った。ハードル上げるなぁ。

 どーすんの、清水原。

 じっとりと様子を窺ってみる。清水原はその視線に応えるかのように、大仰に両手を広げた。


「あぁ、いいぜ。その肥えた舌をうならせる、さいっこうのラーメン食わせちゃる」


 ハードル上げるなぁ。でも、本当に知ってそうだから、ここは彼に任せておこう。

 歩き出す清水原の横に並んで、あたしは背伸びしながらヒソヒソと訊いた。


「本当に知っとーと?」

「いや、知らんけど。でも、大体の店は当たりやけん、大丈夫やろ」


 当てずっぽう作戦らしい。

 すぐそうやって嘘をつくんだから。やっぱりこの化人は、マジで油断ならない。


【完】

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