第三幕:消去人の隠れ家《博多》
17話 複雑怪奇、神隠し事件勃発
「は、な、せー!」
静かな川面にジタバタとやかましい波紋が広がっていく。
「往生際の悪い子やなぁ……誰かさんを思い出すね」
聞き捨てならない
「おい、それは誰のこと言いよん?」
「誰やろーね。つい最近も同じことあった気がするなぁ」
あはははと楽観に笑うも、女の子を躊躇なく羽交い締めにしているあたり、この男はやっぱりとんでもなく危ないやつだと思う。
「ウカちゃんを消した理由ば吐いてもらわんと、そう簡単には逃さんけんねぇ。場合によっちゃあ、警察よりもおっかないとこに放り込むけん、覚悟しい」
「あーっ、もう、分かった! 分かったから! 言うよ、言う言う! だから離してってばーっ!」
さらっとしたポニーテールの女の子は、あたしと同じ年頃か、年下か。十代後半であることは間違いない。
彼女が手のひらに封じ込めていたウカちゃんは、まだぐったりと地面に寝ている。それを心配するでもなく、あたしと清水原は犯人の女の子を捕らえて取り調べ。
さて。
この経緯に至った理由を語るには、少し刻を遡らせていただこう。
*
*
*
「ウカちゃんが消えた」と、そんな話を聞いたのはCLUBMUSEにまた呼び出されてからだった。
「
短い時間だったけど、あたしもウカちゃんがいなくなったという状況には心にぽっかりと穴が空いた気分だった。
知らせを聞いて、すぐさま
「それでね、清水原くんにはしばらくウカちゃんの代わりをしてもらいたいんよねぇ」
吉塚さんが言った。
CLUBMUSEには今、店主の弁天さん、従業員の亜弓ちゃん、
どうやら、ウカちゃんゆかりのメンバーらしい。
CLUBMUSEはまぁ分かる。そして、酒本くんはウカちゃんのお友達で、吉塚さんはなんと、奥様の理恵子さんがウカちゃんのカミゴだという。
「なんとしてもウカちゃんを助けてください。お願いします」
理恵子さんの訴えは胸にくる。
清水原を見ると、こいつは気乗りしないように顎に手を当てて考え込んでいた。
「んー……でもね、うちは代行屋ってだけやし、便利屋じゃあないんだよなぁ……」
「そげん言わんと、探してくれんね。清水原くんしか頼める人がおらんったい」
吉塚の旦那さんも必死にお願いする。
仕方なく、あたしから提案した。
「清水原は代行やればいい。あたしがウカちゃんを探すから。それでよかろ?」
弁天さんも酒本くんも、他の神様だって助けてくれるはずだ。そう意気込むと、清水原はスマホを出して唸った。
「……分かったよ。やる。そんかわり、このお代は高くつくけんね」
そうして、清水原は代理ウカちゃんとして、國廣神社に拠点をかまえることとなった。
一日目・東中洲
大型バスが行き交い、人通りも多い。特に外国人が多いのだけど、その中にホスト風のチャラい稲荷神はいない。
ノスタルジックな映画館と近代的モダンなコンビニがくっついた、コンセプトがあやふやな町並みをあたしと酒本くんはとりあえず歩いていくことにした。
ウカちゃん探しもだが、あたしはおたずね者なので護衛が必要だ。これは清水原の言いつけである。
でも、あたしの目があれば恵比須さんなんて怖くもなんともないんだけどな……念には念をということだろうか。
「……ウカは
大柄な体をきっちりとしたベストで包んだおじさま――酒本くんが訊く。
上品な物腰なのに、見てくれががっちりしているから、危ない職業の人に見えてしまう。
あたしは清水原からもらったゴーグルを外して溜息を吐いた。
「おらんねぇ」
「そうですか……いやはや、どこへ消えてしまったのやらですな」
「そうですなぁ……」
人混みの中、小さなあたしと大きな神様の組み合わせはミスマッチだ。でも、ほとんどの人にはこの酒本くんが視えないから、ゴーグルした小さなあたしだけが佇んでいるはずだ。それもなんだか恥ずかしいな。
「ちなみに、今回のことは福岡県全域に知れ渡ったそうですぞ」
酒本くんが言う。
「え、そうなん?」
「はい。弁天様から道真公へ。あの方はお社が多いので、今やおそらく北は黒崎、南は
「ほぁー、まじかぁ、すげぇな、神様ネットワーク」
「光よりも速いですぞ」
酒本くんは「ふぉっふぉっ」とたくわえたヒゲの下で笑った。
光よりも速いなんて、スマホいらないじゃん。さすが、人智を超えた、理に反した存在感を見せつけてくれる。
「じゃあ、すぐに見つかりそうだね」
「いえ、そうとも言えません」
笑いをピタリとやめて、酒本くんが言う。神妙な口調で。あたしはつられてゴクリとつばを飲んだ。
酒本くんは中腰になり、あたしの耳元に口を近づける。囁きさえも空気に乗らないよう気をつけながら言った。
「昔、同じことが起きましてね。これだけの情報が流れておきながら見つからないなど、実は由々しきことなのです。これはまさに、大黒天が消えた件と同じ現象が起きている」
「えっ」
大黒さんが消えた……?
そんなことがあったの? でも、大黒さんは今、川に住んでるし、ちゃんと存在している。
「大黒天が消えたとき、助け出したのは道真公なのです。それから、大黒天はあのような嘆かわしい姿に成り果てた。彼は、とても気高い存在だったのですよ」
そうして、酒本くんは離れた。すっと立ち上がり、遠くを見渡す。
「ねぇ」
あたしも伸び上がり、小さく訊く。
誰が聞いているか分からない。神様がいるかもしれないから、それを気にするようにあちこち見渡して、息を吸う。
「そのときの犯人って、誰だったの?」
答えてくれるだろうか。
目に力を入れて、なんとなくただ事じゃないことを感じ取って、酒本くんの答えを待つ。
すると、シワを少し刻んで、酒本くんは言った。雑踏に紛らわすように。
「
***
二日目・國廣神社
「――なるほどねぇ……まったく似たようなことをさっき言われたわ」
亜弓ちゃんと碓井くんをお供に、あたしは國廣神社にいる清水原の元に来た。
ウカちゃん代行中、事務所を開けなくちゃいけないからという理由で、あたしは今、CLUBMUSEに仮住まいしている。
清水原の様子も気になるので、朝昼晩と時間が空けばこうして集まるようにしておいた。あとは、清水原からの連絡次第で常に動けるようにはしている。
神様のいない空っぽの狭い神社で、人間四人が肩を寄せ合う。奇妙と言えば奇妙な図だ。
「天狗か……天狗って神様なん? 妖怪っぽくない?」
知識がないあたしは一夜考えてもまったく分からずじまいで、ネットに頼ったけどダメだった。妖怪だよ、あれは。断言していい。
すると、清水原が唸りながら返してきた。
「本物の天狗か、それとも通称的な天狗か、どっちかやろーね。妖怪とか神様は関係ないかも」
あまり信憑性がない。曖昧な表現なものだから、あたしは絶対に信じない。
「じゃあ、今回も同じことが起きてるってことなん?」
亜弓ちゃんが訊く。清水原は「かもね」とまたもや曖昧に返事。
「前回っていつなんですかね」
碓井くんが訊く。清水原は「そこまでは」と知らない様子。
「そのへんも、きちんと聞かないとだよね。清水原も知らないんなら、神様に聞くしかない」
あたしが言う。すると、清水原以外の二人が頷いた。
「でも、酒本くんはそこまで教えてくれなかったんでしょ。だったら、聞く相手は限定されてくる」
そんな清水原の言葉には、なんだか苛立ちが混ざっていた。三本の指をすっと伸ばして言う。
「一人目は弁天さん、二人目は恵比須さん、三人目は道真公。この三人なら分かるはず」
「弁天さんはまだしも……あとの二人は無理じゃないですか」
すかさず碓井くんが言う。それについては同意だ。
「大黒さん本人に直撃じゃダメなん?」
「ダメ。あのおっさん、まともに話してくれんし、第一、亜弓ちゃんや碓井くんとは話せんし、玉城は……まだ、ダメかな。俺にも話してくれんのに、新参のお前に話すかよ」
投げやりに却下された。あたしは仕方なく、行き場のないもやもやを頬にためて膨らます。亜弓ちゃんは溜息を吐き、碓井くんは地面に座り込んで天を仰いだ。泣き言を言う。
「だぁー、もう、じゃあどうするとよー、清水原くん。お手上げやんかー」
「そうやねぇ……んじゃ、碓井くん、お前はダメ元で弁天さんに話を聞いてこい。亜弓ちゃんは道祖神を探して」
急に役割分担が決まる。あたしには何かないのか、亜弓ちゃんたちが立ち上がっているのを見上げながら、指示を待つ。すると、清水原の顔があたしに向いた。
「あー、玉城は……どうしよっか」
「なんもないの?」
「うーん……あ、」
何か思いついたらしい。
て言うか、あたしの扱い、雑じゃないか。
「そうだ、吉塚さんに言っとって。うどん作ってほしいって」
それから清水原は事務所に置いてあるタバコも持ってきてほしいと言った。雑用かよ。
***
腹が減っては戦はできぬ、と聞いたことがあるような格言を残して、清水原は地面に伏せた。ごろんと横に寝そべるその姿は、かの親神である大黒さんみたいだった。子は親に似るも然り、ペットは飼い主に似るも然り。
仕方なく、途中まで碓井くんと一緒に吉塚さんのところまで行くことにした。
彼とはCLUBMUSEで別れ、商店街の中にある吉塚古着店までテクテク歩く。黄ばんだアーケードなので、商店街の中も古びた色合い。そんな黄色の道を警戒しながら進む。(何せ、前に恵比須さんに遭遇しかけたからね)
ごった返したような古着屋は……あれ? シャッターが降りていた。
「都合により、店休日です」という張り紙が小さく中央にあるだけ。
「えぇ……どうしよう……困ったなぁ」
裏口なんて知らない。吉塚さんの連絡先も知らない。
一旦戻って、清水原に聞くか。いや、めんどくさいな……
と、気が抜けた矢先だった。
「――もしもし」
背後から声をかけられる。すぐさま振り向くと、そこにはくたびれた黒い背広とそろいの黒い帽子をかぶった男がいた。
細長い針金みたいな人。目も細く、愛嬌のある笑顔を見せてくる。
こんな格好をする現代人、いない。ましてや今は初夏。中洲には確かに変な格好した人がいっぱいいるけれど、異様に思えた。
神様か、いや、あたしの目は神様だと認知していない。
怯むあたしに、男は優しげに歩み寄った。
「お嬢さん、そんなところで突っ立っていても、シャッターは開きませんよ。裏口をご案内いたしましょう」
「知ってるんですか」
見るからに怪しいやつなのにうっかり口をきいてしまう。
男はコクリと頷き、愛想がいい。
「……じゃあ、お願いします」
言うと彼は、三日月のような口を横へ伸ばして笑った。
「えぇ。お安い御用です」
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