13話 北星高校生徒会長
なんと、オオクニヌシさまはここ最近で北九州にはびこる珍事について心配しているという。
だが、彼は小倉北区にある八坂神社の主神だ。
何故彼がここにいるのか、私は僅かな不審を抱いてしまった。
「儂だって、お前さんらが心配なんじゃ。それに、なかなかここらには来れんからのぅ……春日神社にでも行こうかと思っておったら、鹿島の
「はぁ……」
端的に言えば、大國主命と私を含める春日神社主神らはあまり接点がない。
いや、私がそう考えているだけかもしれないが、我が鹿島家と縁を結ぶ
それに、
「あの、オオクニヌシさま……春日神社は反対方向です」
黒崎駅からすぐにある春日神社だ。
しかし、私たちが今いる森下駅は黒崎から南側に4駅離れた場所。逆方向である。
指摘すれば、オオクニヌシさまは「あーそうじゃったかのぅ」と頭を搔いた。
「なかなかここまで来ることがないからのぅ……迷ってしまったようじゃ」
「でしたら、お連れしましょうか」
「いいや、それには及ばん。あまりお前さんを連れ回すと、タケミカヅチにどやされる」
オオクニヌシさまは大きな声で「あっはっはっは」と笑い轟かせた。
私はただただ拍子抜けで突っ立ったまま。
すると、背後で「鹿島くん?」と声をかけられた。
今日はやけによく出くわすな。横江先生が自転車を押しながらこちらまで来た。
「何をしてるんですか」
彼は私と、オオクニヌシさまを見ながら怪訝に言った。すると、オオクニヌシさまも彼に向かって手を振る。
「おー、
馴れた間柄のように話しかけるオオクニヌシさま。それを受け、横江先生は口元を引きつらせて笑う。
私は思わず二人を交互に見た。
「あ、あの、先生。この方が見えてるんですか」
オオクニヌシさまのぽーんとふっくらなお腹を触りながら訊く。
すると、先生は細い目を大きく見開いた。
「あ、あぁ……ということは、鹿島くんもそうなんですね」
なんだか歯切れが悪い。横江先生は困ったように笑い、自転車を押してオオクニヌシさまの隣に立った。
「僕、彼のカミゴなんですよね。まさか、生徒にカミゴがいたなんて知りませんでしたよ」
それはこちらのセリフだ。まさか先生にカミゴがいるだなんて思いもよらない。
「では、先生も神通力が使えるのですか」
私は恐る恐る訊く。
今までに四神家以外のカミゴに出くわすということがなかった。いや、他にもたくさんいるのだろうが、あまり会う機会がない。
先生は照れくさそうに、また恥ずかしげに「はい、まぁ、少しだけ」と笑う。
「亮吾は控えめじゃからなぁ、あまり使いたがらんのよ。いやしかし、お前さんらが知り合いじゃとは思わんかったのぅ。なんたる偶然」
後ろでオオクニヌシさまが笑う。
私はただただ感心のあまり、言葉も出ない。
「奇妙な偶然ですね。ということは、鹿島くんは最近の変事について調べていたのでしょうか。窓からジャージの生徒が入ってったと言ったのは、つまりそれのことかな」
「あ、はい、そうです……つまり、超能力ではなく、カミゴが使う神通力ではないかと」
驚きと動揺で、私はしどろもどろ。横江先生は「なるほどね」と深く頷いた。
「先生もそうお考えですか」
「はい、もちろん。カミゴですからね、可能性を考えるのならそれが自然かと」
彼はにこやかに笑う。
その安心感たっぷりの表情に、私は安堵の息を吐いた。校内に同じ考えの人がいるというだけで、心強いと感じられる。
あぁ、良かった……
「何やら意気投合したようで何よりじゃ。仲良きことは良いこと良いこと」
「オオクニヌシさま! ありがとうございます!」
私は勢いよくオオクニヌシさまに頭を下げた。
きっと、この福神が私と先生の縁を繋いだに違いない。私にとっての幸運である。
「なんのなんの」
オオクニヌシさまは「あっはっはっはっはっは」とまたも福笑いを夜の空に轟かせた。
「――横江先生、それならお願いがあります」
福神が笑う中、私はひっそりと先生に近寄った。
「何かな」
「私と一緒に明日、生徒会に行ってほしいのです」
霧ねえには悪いけれど、私も役に立ちたい。
そのためには、やはり縛りを自ら解かねばならないのだ。
***
翌日、昼休み。私は横江先生と共に生徒会室へ向かった。
ちなみに、縛りを解かねばと意気込んでいたものの、私は律儀に霧ねえへ話を通していた。
「横江亮吾……ね、ちょっと調べるわ」
そう言って彼女は一時間後、宿題をしていた私に連絡を寄越してきた。
「間違いなく八坂神社、大國主命のカミゴだわ。登録がある。信用はできるはずよ」
許しを得ることに晴れて成功。
そんなわけで、私は超能力者という生徒会長の荒江先輩のもとへすんなりとたどり着いたのである。
「しかし、なんと言って確かめる? もし、荒江くんが『超能力者』だとして、それから彼が何か仕掛けてきたら……」
横江先生はやはり自信のない声と表情で、そわそわと落ち着かない。そんな彼に、私は霧ねえみたいにニヒルな笑みを意識して向けてやる。
「その時は私がこの傘で迎え撃ちますよ」
肌身離さずに持ち歩いている傘。これは恐らく、あの看板が降ってきた時も感じたが、護りのようなまじないがコーティングされているのだと思う。
ただ、柄は私が砕いてしまったのでボロボロだが……ガムテープでなんとか凌いでいるが。
横江先生はそれを見て、不安そうに笑った。
「まぁ、穏便にいこう……」
そう言い、彼は扉をノックする。何故だかそれだけで緊張感が募った。
生徒会室など、行ったことがない。どんな場所なのだろう……
「はい、どうぞー」
扉の向こうから男の声がする。生徒会長だろうか。
私と先生は顔を見合わせて扉を開けた。
中は空き教室と同じ作りで、棚や長机が置かれている。教室というより、準備室や資料室みたいな雰囲気。
長机の奥には穏やかそうな眼鏡男子が立っている。
「ん、横江先生? ……と、誰?」
育ちの良さそうな物腰。それなのに人懐っこそうな笑顔。彼が荒江光源会長だろうか。
「1年2組の鹿島といいます」
私は唾を飲んだあと、しっかりと名乗った。すると、彼は「あ、そうなん」と軽くあしらう。
「荒江くん、君にちょっと話があるんですよ」
先生が先陣を切る。不躾だが、彼が一人でいる今がチャンスだ。
荒江会長はキョトンとし、先生を見上げる。
「もし、間違いなら申し訳ないんだけど、君が超能力者だと聞いたもので。その話をしにきたんです」
頼りなげな先生だが、はっきりとシンプルに話を始めた。途端、荒江会長の目がぱちぱちと瞬く。
「うわ、びっくりした。まさか先生まで超能力騒ぎを信じてるんですね……うーん、今はこの3人だけ、か。なら、ちょっとそれについて喋りましょーか」
彼は穏やかに、私たちへ椅子に座るよう促した。
「回りくどいのは面倒いしね、単刀直入に言いますと、確かに僕は超能力者です」
荒江会長は、すんなりと白状した。私は思わず腰を浮かせる。それを見逃さない会長は、指を組んで微笑みを向けてきた。
「えっと、鹿島だっけ。なんで1年がわざわざここに来たのかはさすがに思いつかんけど、まぁ、なんか関わりがあるんやろ」
「はい……」
話が早くて助かる。
「じゃあ、ここ最近起きてる学校内での事件は君が全て行ったことなのかな」
先生も膝の上で拳を握りながら訊く。
すると、会長は「うーん」と天を仰いだ。
「全部やないですよ。まぁ、ちょっとやらかしたのはありましたけど。机と椅子を屋上に積むっていう、超能力の練習みたいなんをしてたんです。力尽きちゃって、疲れたのでそのまんまにしてしまいました」
それから彼は「すいませんでした」と素直に頭を下げた。
先生を見ると、苦笑を浮かべている。私も拍子抜けだった。
「あの、会長はどんな力を持っているんですか」
念動力、なのだろうか。私が聞いたウワサの男子がこの人なのか。
「多分、念動力やないかなー……手を触れんでも物を動かすっていう。ほら、こんなん」
彼は私たちより背後の棚を指差した。振り向けば、確かに棚からバサバサとファイルや日誌のバックナンバーが落ちていく。
それから会長は手のひらを広げた。すると、落ちたファイルらが元の棚に戻っていく。
「――ね?」
この一連の流れに、私と先生は顔を見合わせて頷き合う。
確かに、これは本物だ。念動力を使う人なのだ。
「……あれ、驚かんの?」
私たちの様子に、彼は不満そうに眉を寄せた。
「あ、まぁ、似たようなのを私も先生もよく見ることがあるので」
むしろ、そんなものかと思うくらいだが、今はそこまでの情報を与えなくて良いだろう。
彼は釈然としないようだが、「ふうん? そうなん」と諦めが早い。
「じゃあ、屋上の机騒動は分かった……それ以外についてはなんか知ってます?」
先生が緊張気味に訊く。
対し、荒江会長はゆるゆると首を傾げた。この教師にも物怖じしない態度が私は気になってしまう。
「うーん……いや、特には。でも、超能力を持ってる人はある程度分かりますよ」
「本当ですか!」
「あぁ、ほんと。僕が調べたところ、3年5組の
彼はにこやかにあっさりと情報を提供する。
私は手のひらにメモをした。先生は不審げに唸る。
「じゃあ、ボヤは辻井くんで、校庭に投げられた机は敷島さん?」
「はい、彼らでしょうね。能力的にも当てはまるし、辻井は校内ではちょっとした有名人……目立ちたがり屋やけんね。イベントで騒ぎ起こすのはあいつくらい。そして、敷島は僕の部活での後輩ですが、あいつはなんか最近悩みごとがあるっぽいですよ。例えばイジメ……とか?」
「そんな……っ」
会長の言葉に先生がすぐさま反応する。私も拳に力が入り、持っていたシャープペンを折りかけた。
しかし、会長の態度は軽やかだ。無感情、といったような。笑みを浮かべているのに胡散臭い。
「あくまでウワサです。きちんとは聞いてないですし。まぁ、横江先生から川島先生に言っといてくださいよ。ほら、2の3の担任だし、川島先生は」
彼なりに心配しているのだろうか。言動は立派だが、表情がそれに見合っていない。無邪気さをはらんだ笑みなのだ。
私はこの違和に不気味を感じ、眉をひそめてしまった。一方、横江先生は困惑のため息を吐いた。
「分かりましたよ……そういう証言があったと報告はしときます。君の名前を出してもいいですか」
「どうぞ。まぁ、僕だって学校内でイジメなんて低俗なことが起きてんのは許せませんしねぇ。そういう小さな芽から摘んでいかんと、いつまで経っても学校はこのままです」
超能力の話から、すごく真面目な話に変わっている。しかし、そんな裏事情は見過ごせない。
私は未だ拭えぬ違和を無視し、思考する。
敷島先輩は確かに一人きりだった。超能力ではなく、悩みごとが先に起きていてその後に「超能力」を得たのだとしたら……その悩みごとがもし、イジメだったなら……
屋上から落とされた机と椅子は7卓7脚。あれは、敷島先輩を虐めているか何らかの危害を加えていた人のものではないか。その報復だとしたら……
全ては憶測でしかない。しかし、会長の証言から容易に想像は働く。
会長は眼鏡をくいっと上げ、私と先生を交互に見た。
「さて、と――これだけ喋ったんやけ、先生や鹿島がここに来た理由、教えてくれますよね?」
瞬間、生徒会室の鍵がひとりでに、ガチャンと音を鳴らした。それから、開いていた窓も勢いよく閉まる。カーテンも。部屋が全て閉じられてしまった。
「話、続けましょうか」
会長はにこやかに、穏やかな笑みを讃えて言う。
その表情は最初に見たものと何の変わりもない。
***
その頃、霧咲は小倉北区にある八坂神社へバイクを走らせていた。
小倉城内にある八坂神社は、小倉カミゴ倶楽部の事務的な役割を担う。
商業施設、リバーウォークの黄色い四角と赤の円錐など、まるでつみきを組み合わせたような外観がどんと目の前に建ち、その隣にはキャンパスも置かれている。緑豊かな城内周辺はとにかく賑やかだ。
霧咲はバイクを停め、結った長い髪をサラリと風になびかせながら八坂神社へと行く。
すると、参道を入ってすぐに、小さな子供が地面に絵を描いて遊んでいるのが目に入った。
デニムのオーバーオールを着た男児である。推定、4、5歳くらいか。
霧咲はしゃがむと、胸ポケットからキャンディを出した。男児に見せる。
「ねぇ、
問えば、男児――否、少比古那命はふるふると首を横に振った。キャンディをしっかりと受け取って。
「スサノオならおるよー」
男児の見た目とは似つかわしくないしゃがれ声で言う小人神。
霧咲はため息を吐いた。
「嫌よ……あの暴神と話すのは疲れるわ」
「はっは。暴君ならぬ暴神となぁ。こいつは愉快愉快」
「笑ってる場合じゃないわよ。ま、しょうがないわ……んじゃあ、少比古那さま。最近、オオクニヌシさまはいらっしゃる?」
違う質問をしよう。
大國主神は、この少比古那命の相棒と言ってもいい。彼らが力を合わせて国を造ったと伝えられている。相棒の所在をよく知るとしたら彼だろう。
しかし、この小人神はまたしても首を横に振った。キャンディをころころと舌で転がしながら、ポケットに入れていた虫を引っ張り出す。
「知らーん」
「そっかあ……何よ、あなたたち喧嘩でもしたの?」
蛾をいじり始めた少比古那命を細目で見やる霧咲。
彼は「いんや」と上の空で答える。
「スサノオさまと姫さまとは?」
「さぁなあ……まぁ、ほら、スサノオとはよく口喧嘩しよるけどな。あいつら、先祖と子孫のくせに馬が合わんのよ」
「親戚同士のギスギスした関係みたいね……子供のうちは可愛がられても、大人になったら仲違いしてしまうみたいな」
「そう、それ」
霧咲はまたも深いため息を吐いた。
情報はあまりなさそうだ。
しかし、彼女はこの八坂神社を調べなければいけない。
それは、今朝方にきた慎一からの連絡が原因だった。
「消去人が出た」という。
明水の言いつけ通り、彼は倉稲魂命に成りすましたままで「消去人」を探し当てたのだ。
《ま、俺はただ待っとっただけやけどな。玉城が頑張ってくれたけん、なんとかなったっていうか》
知らない名前が出てきたが、彼の話はすぐさま切り替わる。
《ウカちゃんはこの消去人から返してもらった。そんで、玉城が視たところ、この消去人には恵比須の色が染み付いとうらしい。で、今はどうやら恵比須がこっちに居らんごたぁけん、八坂神社行って調べてくれん?》
「――だから、玉城って誰よ」
思い出しながら霧咲は、もやもやとした塊を吐き出すように低い声音で言った。
「なんや、大変そーやねぇ」
何も悟らない少比古那命がのほほんと冷やかす。霧咲はぐるぐると思考を巡らせた。
「……あ、そうだわ」
ポケットからもう一つ、赤いキャンディを出す。それを小人神にちらつかせた。
「横江亮吾ってカミゴさん、この神社によく来るのかしら」
「よこえ……知らんなあ……誰のカミゴ?」
言いながら、さっさとキャンディを受け取り、口に放り込むとカラコロ転がした。それを見ながら、霧咲はやれやれと首を振る。
「オオクニヌシさまよ」
「ほーん……」
もう情報は引き出せないだろう。彼女は立ち上がり、伸びをして曇り空を睨んだ。
雨が近づいている。
「あ、そうだ」
諦めた霧咲に少比古那命が声を上げた。
「これ、使えるか知らんけどな、最近、登録してたカミゴさんが一人、居らんくなってん」
「あら、それは一体誰かしら」
興味はないが、聞いておいて損はないだろう。霧咲は再びしゃがみこんだ。少比古那命が彼女の耳元に口を寄せる。
「サヨリちゃんっていうの。スサノオのカミゴさんやったんやけどな、居らんくなってん。スサノオはオオクニヌシが連れてったんやーって喚いとったわ。それで、スサノオたち喧嘩したんやないかな?」
「あら、まあ……へぇぇ?」
霧咲は唇を舐めて、口の端をつりあげた。
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