14話 馬鹿とはさみは使いよう

 ――やむ得ない。こればかりは仕方がない。


 何せ、出入り口は塞がれている。打つ手なし。

 私の力を使えば、教室のドアが吹っ飛ぶだろう。もし、この傘で突こうものなら……教室が粉砕されてしまう。

 それほど、荒江会長の念動力で閉じられた空間は力の働きが強かった。


「鹿島くん、どうしよう」


 横江先生がひっそりと訊く。私は傘の柄を握り、意を決した。


「……荒江会長は『神通力』というものをご存知でしょうか」


 先に口を開いたのは私だった。隣で横江先生が「鹿島くん」とたしなめるような声を聞いたが無視をする。(すみません、先生……)


「神通力、ね。あんま詳しくないんやけど、超能力に似とうやつかな?」

「全然ちがうものです」


 最速で否定する。

 荒江会長は眉を上げて「おろ?」と面食らった。


「神通力とは、神様の力をお借りして能力を放出するものです。この世には八百万の神々が棲まうと言われます。その神様と繋がりを持つ者だけに与えられる。超能力の類は私には理解できませんが、神通力は先祖代々より受け継がれた能力ですので、私も多少なら使用できるのです」

「ほう……」


 荒江会長は身を乗り出して、目を輝かせた。


「なるほど。タダモノじゃあないなぁと思っとったら、そういうこと」

「あの、きちんと理解していますか?」


 会長の声があまりにも軽々しいので、こちらが不安になってくる。もう少し疑ってかかるものだと思っていたから。いくら『超能力者』とは言えども。


「理解しとうよ。うんうん。なるほどねぇ。どんな力なん? 見して」


 しかも好奇心旺盛だ。

 私は横江先生を見た。それまで黙っていた彼は、不安そうに眉をひそめている。私の視線に気づき、たしなめるような、非難のような目を向けてくる。

 私はその目と、会長の期待にたじろぎながら重く口を開く。


「……見してって言われましても。その、私の力は、ちょっと狭い場所では使いにくいというか」

「えー? 駄目なん? いいやん、見してよ。どういう力なん?」

「見世物じゃあないんですが」

「僕は見したのに、君は見してくれんのはズルかろーもん」


 まるで駄々っ子のようだ。会長は机をパンパンと叩いて「はよ見してー」と囃し立てる。

 ならば仕方がない。どうなっても知らんからな。

 立ち上がると、横江先生が私の腕を掴んだ。


「鹿島くん、無理しなくていいよ」

「いえ。まぁ、加減は難しいですが……少しだけなら」


 そう前置きし、先生に下がるよう指示を出す。室内を壊さなければいいのだ。だったら、何か重い物を持つだけでもいいだろう。棚とか机とか。ただ、それだけでこの会長が満足するとは思わないが。


 私は右手で長机をつまんだ。これくらいなら指だけで持ち上げられる。紙をつまむように机を持つと、横江先生も荒江会長も両目を瞬かせた。


「おおー、なるほどねー」


 反応が薄い荒江会長。横江先生は感心するような、心配そうな、とにかく複雑な心境を表情に出していた。


「こんなもんか、と思ったんでしょう」


 訊いてみると会長は「まぁ」とはっきり言う。


「おおっぴらに使うものじゃありませんからね。こういうのは。神様にお借りしていると考えればむやみやたらに使えるわけがない」


 私もきっぱり言ってやった。すると便乗するように横江先生が「そうですよ」と口を開いた。


「だから、荒江くん。君に備わったその力を人前で披露しないようにしてください」

「よろしくお願いします。なんなら、敷島先輩にもそう言ってもらえませんか」


 私も重ねて願いを申し出る。しかし、荒江会長は困ったように頭を掻くだけ。こちらの要望に応える気がないと見える。


「いや、あのね。僕は鹿島みたいに神様の力を使ってるなんて思っとらんし、そもそも神様から恩恵を受けたとか、そういうのもないんですよ」


 荒江会長の言葉に、私と先生は顔を見合わせた。

 そう言われてしまえばこちらも困ってしまう。


「……えーっと、それじゃあ、君はいつからどうやって『超能力』を使えるようになったんですか」


 双方、釈然としないことを見兼ねて先生が訊く。

 会長は「うーん」と逡巡した。


「急に……かな」

「急に?」

「そう。急に使えるようになったんです」

「はぁ……そんな馬鹿な」


 私は思わず苦笑を漏らした。

 神通力は神によって授けられるものだ。それは神と対峙し、言葉を交わさなければならない。私の場合は血によって受け継がれるものだから、物心がついた時分からすでに武甕槌命が見えていたし、話をしていた。ときには稽古をつけてくださるときもあった。彼は今や、私の生活に欠かさない存在だ。

 そういった類による力ではない、ということだろうか。

 では、本当に「超能力」なのか――


「ふぅむ……それはもしかすると、大黒天の仕業かもしれない」


 隣で横江先生が神妙な顔つきで言った。


「大黒天?」


 私と会長が同時に問う。横江先生は「うん」と重々しく頷いた。


「聞いたことがあります。大黒天は冥府の力を持つらしく……ただ一言、話をしただけで力を与えてしまうと。それも大黒天の意識とは関係なく。それほどに強すぎるんです。力が」


 彼は顔を引きつらせた。私の顔も強張っていく。

 会長だけはキョトンとしており、この状況にまったく理解していない。会長は本当に神様の存在を知らないのか。

 こうなっては疑いようもなく、それよりも私は大黒天の恐ろしさに身震いした。自らの意識とは関係なく、人間に力を与えてしまうなど、悪人に刃物を渡すようなものだ。力にもよるだろうが、冥府の力というのならば得た神通力は「凶器」そのもの。

 まさか、大黒天が――


「まぁ、なんかよう分からんけど、要するに“悪い”神様がおるって話かな? まぁ、神なんてものは善と悪の二面性があるんやろうし。それが最近の超能力ブームを巻き起こしたってことっちゃろ」


 軽い口調ながらも、事態を把握したような荒江会長の顔は、少しだけ曇っていた。どことなく寂しそうな顔にも思えた。


「うーん、なんかショックかも」

「ショック?」


 一体どういうことか。

 私の疑問に、会長は薄く笑った。


「いや、だってさ。自然に不思議なチカラが使えるようになったとか、まるでフィクションみたいな、映画や漫画みたいな展開やろ? 浮かれるに決まっとうやんか……それがまぁー、蓋を開けてみたら悪の組織によって伏兵にされた感じでさー……それがちょっとショックかも」


 喩えがなんとも幼稚だと率直に思ったが、口にだすことはしなかった。

 彼は顔では笑いつつも、言葉通りに落ち込んでいる。


「特別になりたかったんだ。ほら、僕ってなんでもできるけんね。超能力的な摩訶不思議な能力を持てたら最強やろ。そういう特別感が欲しくて」

「それは欲張りですよ」


 私は呆れて言った。

 彼は生徒会長であり、勉強もスポーツもできて、部活では人望もある完璧超人だ。他人よりもいろんなものを持っているじゃないか。

 そんな思いが顔に出ていたのか、会長は「やれやれ」とため息を吐いた。


「全部を手に入れても満足できんよ。僕はなんでもこなせるけど、それを自慢したり、驕ったりしたい。そこまでお利口じゃなくてね」

「はぁ……」


 そうもはっきりと言われれば、いっそすがすがしい。

 私の苦笑いに、会長も愉快そうにクスクス笑った。横江先生は苦い顔をしているけれど。


「でも、神様に選ばれるってことは特別なことだと思いますよ」


 私は励ますように言ってみた。すると、会長はやっぱりクスクスと愉快に笑った。そこは面白がるところじゃないと思うのだが……

 そのちょうど、生徒会室のスピーカーから予鈴が鳴った。ゴーン、という音が三回。それにより、横江先生が手をパンっと叩く。


「それじゃあ、今日はお開きにしましょう。荒江くん、いろいろとありがとうございました。ドア、開けてもらえますか」

「あぁ、はい。てか、もう力は使っとらんし、余裕で開きますよ」


 軽快に言いつつ、会長は指先でドアを指さした。すると、引き戸がひとりでに大きく開く。


「ほんの冗談じゃないですか。ちゃぁんと約束は守りますから、ね」


 横江先生の静かな非難顔に、荒江会長はいたずらに笑った。

 まったく……油断ならないな。


「あ、ちょっと待って」


 部屋を出ようとしたその時、荒江会長が呼び止める。私と横江先生は同時に足を止めた。


「鹿島って、1年2組やったよね?」

「はい、そうですが」

「君のクラスに、鬼木っておるやろ。鬼木弥宵」

「いますけど……」


 鬼木がどうしたのだろう。


「あの子、吹奏楽の後輩なんだけどさ……僕は敷島のことよりもちょっと気になっとって」

「はぁ……?」


 怪訝に見ていると、会長は「気のせいかもしれんけどね」と前置きし、言葉を吐いた。


「鬼木、もしかしたら『超能力者』かもしれん。あるいは、神様と通じた者……かも」



 ***



 小倉から戻る途中、胸元のポケットに入れていたスマートフォンが鳴ったので、霧咲は近場の駐輪スペースを探した。

 バイクを降りてからヘルメットを取り、ようやくスマホの画面に触れる。


「あら、祥ちゃんだわ」


 何かあったのだろうか。霧咲はすぐさま画面をタップし、祥山に連絡を入れた。今の時間帯なら、授業も終わっている頃だろう。

 予想する間もなく、祥山はワンコールで電話に出た。


《霧ねぇ!》

「はいはい、そう慌てなさんな。なぁに? どうかしたの?」


 髪の毛をかきあげ、のんびりと訊く。すると、電話の向こうで祥山が深呼吸をした。


《……落ち着きました!》

「うん、どーぞ」

《はい。今日、私は色々と調べてみたのですが――》


 聞けばどうやら、彼は横江と一緒に生徒会長に「カミゴ」についてを話したらしい。これについて祥山は、若干の恐れを声に含ませていた。しかし、霧咲は怒るよりも話に聞き入っており、また、少彦名命から聞いた話も踏まえて脳内をこねくり回していた。


《それから、会長は気になることがあるようです》

「気になること?」

《はい……それが、》


 ――鬼木弥宵は、神の力を使えるかもしれない。


 北星高校生徒会長、荒江光源はそう言った。重々しさはなく、世間話をするように。


《鬼木は私のクラスメイトです。霧ねえにも話をしたと思いますが……私から見てもそんな気配はひとつもありませんし》

「彼女の何を見てそう判断したのかしら、その会長さんは」


 祥山の声を遮って言う。

 もしも、荒江の話が自分と同じ考えだったら。

 荒江光源も要注意人物として認識したほうがいいかもしれない。

 電話の向こうで、祥山はためらいがちに息を吸った。


《鬼木が、たまに一人でどこかへ行くらしいんです。部活が終わったあとならまだしも、突然に部活中にいなくなるとか。練習の最中、鬼木が音楽室から出ていったことがあるらしく、追いかけた会長は彼女の異様な雰囲気を感じたそうです》


 ――変だった。とにかく変。まるで、夢遊病のように意識もなく歩いてる感じ。


 彼が見たのは鬼木弥宵の異常な状態だった。


「そう……やっぱりね」


 霧咲はため息を吐き、前髪をかきあげた。


「祥ちゃん、あなた、今日は私の手伝いをしてちょうだい」

《え?》


 荒江にも横江にも、鬼木にもあまり関わらせたくない。

 もしも、誰かが「冥府の力」を授かる者だった場合、対処に慣れない祥山が危ない。彼自身が無事でも、神通力を失う可能性がある。

 生まれてすぐに力を授かった彼が、今さら神の加護なしに生きていける保証はない。それは自分にも当てはまる。

 それほどに、冥府の力は強力で脅威だ。下手をすれば失う可能性がある。


「いいこと? 悪いんだけれど、今日は部活はナシよ。まっすぐに帰ること。春日神社で落ち合いましょ」

《はぁ……あの、霧ねえ。鬼木は大丈夫なんでしょうか……》

「あなたは自分の心配をしていればいいわ」


 やはり遮るように忙しく言う。釈然としない祥山だが、やがては聞き分け良く「わかりました」と返してくれた。


「いい子ね。じゃ、またあとで……」


 霧咲はスマホを切ろうと耳から剥がす。その際、彼女の長い髪の隙間に女子高生の横顔があった。

 純朴そうな黒いセミロングの少女。制服姿で、それはここ幾度となく見た北星高校のもの。


「鬼木、弥宵……」

《え? 霧ねえ? なんですか》


 スマホから祥山の声が漏れる。霧咲は「鬼木弥宵を見つけた」とそれだけ言い、スマホを切る。バイクを置き去りにしたままで、少女のあとを追った。




 ***


「行かなくちゃ……」


 少女の唇が言う。


「行かなくちゃ、だめだ」


 どこへ行くのかは足が知る。


「あたしは、選ばれたのだから……行かなくちゃ……」


 ふらふらと動く足。

 意識はあるのか、ないのか。

 ただ、信号が赤になれば止まるし、青になれば動く。

 それは無意識か、反射的なものか。


「行かなくちゃ……神様が、あたしを待っている」

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