6話 博多カミゴ倶楽部
あたしは、神さま事情なんか知らない。でも、これから先は無視できないんだろう。
恵比須の言う探している「神好み」が「あたし」なら、神さま同士の神好み争奪戦に巻き込まれてしまう。
いやだ。めんどい……絶対やだ!
でも、道真さんが手を回したおかげか、お客さんがみんな帰るまで恵比須さんとあたしは顔を合わせることはなかった。
その代わり、「近いうちに」と書かれたメモを渡されたのだが……
「――あの、弁天さん」
VIPが帰てすぐ、清水原がすぐさま弁天さんの元へ詰め寄った。
すかさず弁天さんは逃げるように後ずさる。
「な、何よ」
「いえ、あの、玉城さんのこと黙っててくれてありがとうございました」
少し照れくさそうに言う清水原。すると、弁天さんは目を大きく見開いて、シパシパと瞬きして、それからツーンと顎を反らした。
「べ、別に、あんたのために黙ってたわけじゃないんだからね!」
「ママ……そういうキャラはもう古いわ」
亜弓ちゃんが呆れ口調で言う。うん、あたしもそう思った。
「それに年増が使っても萌えないよねぇ」
ウカちゃんが追い打ちをかける。弁天さんの拳骨がウカちゃんの金髪に命中したのは言うまでもない。
「しかし……恵比須の動向は厳重注意が必要ね。あいつが狙ってるのは、どう考えても彼女でしょう?」
ソファに投げ出すように座る弁天さんは、深い溜め息を吐いて言った。全員があたしを見る。
「あいつは確かに胡散臭いヤツだけれどね、特に大黒とのことがあった後は……でも、見つからないってのも時間の問題でしょ。菅公はもう気づいているはずだし」
「えぇ、まぁ。やっぱあの人の目までは欺けないんですよねぇ……なんで分かるっちゃろー」
清水原もソファに座ってポケットからタバコを出す。火はつけず、口にくわえたまま頬杖をついて唸った。
「この時点でもうゲームにならないじゃない。それなのに、菅公ったらなんであんなこと言ったのかな」
亜弓ちゃんも思案するように難しい顔をさせた。空気が重い。
うーん……あたしが原因ってことなのか。こんなことになるとは思わなかったし、でも、なんだか気まずい。
押し黙っていると、ウカちゃんが優しくあたしの肩を叩いた。メイクも全身のフル装備もない、元のチャラいお兄さんに戻っている。
「大丈夫さ。だって、もう大黒さんのカミゴになったんでしょ、君」
「え?」
ウカちゃんの言葉に、あたしを含めた全員が顔を上げる。
「ん? だってそうでしょ。玉城ちゃん、
「待って待って待って、酒本って誰」
そんな登場人物、今までいなかったぞ。ただでさえ知り合った人が多いってのに、これ以上増やすな。
「誰って、酒本くんは酒の神さまだよ。ほら、一緒に相手した」
ウカちゃんがあっけらかんと言った。あぁ、あの酒神さま……名前、酒本って言うのね……
「そうなん? 玉城さん」
問いかける清水原の口元がわずかに笑う。
「え、でも、神さまって見たら分かるもんじゃないの? なんか、周りにもやもやーってオーラみたいなのをまとってる、でしょ?」
言ってみると、清水原と亜弓ちゃんは首を横に振った。
「神さまはそこらにいるけど、パッと見じゃあ分からんよ」
え、そうなの?
清水原の説明に、今度はあたしは両目をぱちくりさせた。
「神を見分ける目かぁ。なんだろ、目利きの力かな」
「地味やなぁ……めっちゃ地味やん」
これがまさか神通力だったとは。
うーん、思ったより地味で釈然としない。もっと派手に、手のひらからビーム出せるとかそういうのが良かった。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい」
喜ぶ清水原と肩を落とすあたしの間に、弁天さんが割って入る。慌てたように。
「え、それじゃあ、何?
「はぁ……そうみたいっす」
あんまし実感はないけどね。
素直に答えると、弁天さんは顔をくしゃりとさせた。そして、清水原を睨む。
「それを先にお言いなさいよ! 私がもらおうかなぁって思ってたのに!!」
「あぁ、ははは。すいません。でも、あの時点じゃまだ分かんなかったもんで」
清水原は悪びれない。それが癪に障ったのか、胸ぐらを掴んで振る弁天さん。
ってか、あんたも狙ってたのかよ! 油断も隙もないわ。
「あーーーーっ! もう! やっぱり嫌いよ、あんたなんか!」
悔しそうに叫ぶ弁天さんに、あたしはオロオロ。亜弓ちゃんとウカちゃんはケラケラ笑い、清水原は苦笑するだけだった。
***
晴れて神通力を手に入れたあたしは、清水原から正式採用された。家なしだから住み込みで働くことに。
翌日、あたしは友達の家に置いていた荷物を全部取りに戻って「いいバイト見つけたんだよねぇ、えっへっへっへ!」と得意げに高笑いして去った。
もう友達の彼氏と鉢合わせすることもなくなる。そして、ちゃんと働ける。まぁ、仕事はめんどいけど金と生活のためなら背に腹は代えられない。
まあまあ不安要素はあるけれど、要は東公園辺り――十日恵比須神社に近づかなきゃいいわけで、それに万が一恵比須に見つかっても、大黒さんのカミゴだと言い張れば大丈夫。
そう楽観に考えていた。
「よーし、改めてよろしくお願いしまー……」
元気よく代行屋 天萬の扉を開ける。すると、目の前に清水原が立ちはだかっていた。歯磨きしながら。
「はい、これ」
挨拶もそこそこに、あたしにビニール袋を手渡す。
「ドンキで買ってきた」
事務所の近くにはドン・キホーテがある。みんな大好き免税店。
なんだろ……あさってみると、そこには、プールで使う競技用の青いゴーグルが入っていた。
「え、なんで?」
「いやだってさ、目を酷使する神通力だし。目にゴミが入らんように」
「だけんって、ゴーグルはないやろ」
せめてサングラスとかさ! 眼鏡とかあるじゃん! なんでそのチョイス……意味分かんねぇ。
「……いいや。気持ちだけ受け取っとくわ」
清水原なりの配慮なのか。それともただの嫌がらせなのか。
あたしは、もらったゴーグルをショートパンツのポケットに押し込んだ。
ひとまず、自分の寝る場所の確保をすることに。
「好きなとこ使っていいよ」と清水原は口では優しく言うものの、ソファから絶対に離れない。大きな欠伸をして、ごろんと横になってパソコンをいじっている。見てみれば、流行りのオンラインゲームをしていた。
どうでもいいけど、こいつ、段々と態度がゆるくなってきたな。
まぁ、ボスにああだこうだとは言える立場じゃない。我慢しよう。
あたしは事務所の中を一通りまわり、時折ゴミを拾いながら寝床を見つける。扉を開けてすぐが応接間だったら、そこはどうやら会議室みたいな部屋で、ダンボールが積み上がっている。立派な物置。
ダンボールを組み合わせればベッドが作れるかもしれない……そんな考えを浮かばせてすぐさま打ち払う。
いやいやいや、ないから。ダンボールで寝るとかあり得ないから。
ここは清水原にねだるしかないかもしれないなぁ……て言うか、ゴーグル買ってくるついでに布団も買ってくりゃ良かったんじゃないかなぁ。変なところ気が利かない。
「ねぇ、玉城ー」
ぶつくさ言ってたら噂のご本人登場。気だるそうに入口に立っている。
「今からね、ちょっと商店街に行かないかんっちゃん」
「はぁ」
それなら行ってらっしゃい……と言いかけると、清水原はあたしの腕をむんずと遠慮もなく掴んだ。
「え、なんで、あたしも?」
「お前の登録をしに行くんだよ」
「登録って何よ」
「カミゴの」
そこまで言われて納得。てか、言葉足らずすぎる……分かるわけないじゃん。
「あれ? でもあたし、博多に住民登録してないよ?」
確か、カミゴの登録は地元じゃないとダメなんじゃないんだっけ。
実家から逃げても、住民票を移してないからあたしはまだ糸島市民だ。福岡市民にも博多区民にはなれていない。
すると、清水原は苦笑なのか口の端をぎこちなくつりあげた。
「まぁーちょっと事情が変わったけんね……ほら、恵比須のこととか。あのおっさんに君を渡すわけにはいかんし、大黒さんのカミゴって知れたらどうなるかも分からんし」
もにょもにょと言う。なんか、やけに濁すな。
大黒さんと恵比須さんが仲悪いってのはなんとなく分かったけど、そこまで警戒しなきゃいけないのだろうか。まぁ、あのアロハのおっさんに従い尽くすのは勘弁だけども。
「はい、それじゃー行きましょー」
そうこうしているうち、ズルズルと引っ張られながら外に出された。
川端商店街……中洲に来たばっかりの時はよく入り浸っていたな。
北は明治通り、南は国体道路に面しているその間を繋ぐ商店街。博多川に沿ったアーケード街だ。
明治通りの方面には博多リバレイン。下には地下鉄、中洲川端駅がある。この明治通り側からまっすぐ南へ行けばキャナルシティ博多にたどり着ける。言わば、複合施設に挟まれた商店街なわけだ。
そういや昔、商店街の中に入ってた焼きたてパン屋さんのメロンパンを買いに行ったことがあったな。あのパン屋はもうないけど、老舗の仏具屋や甘味処は残ってる。
ドレスを売ってるお店もあった。亜弓ちゃん、あそこで買ってるのかな……今度訊いてみよう。
清水原の後ろをついて行きながらそんなことをぼんやり考える。
あ、そうだ。ついでに布団も買ってもらおう。
「今から会うのは古着屋のおっちゃんなんやけど」
信号を待つ間、それまで黙っていた清水原が急に口を開いた。
「古着屋の
「博多カミゴ倶楽部……」
「うん。カミゴは地区ごとに登録しないといかんのよ。勝手に神通力使って犯罪起こす危険があるけんね。町内会みたいなもんやけど、上の人らはそういうのを取り締まる自警団みたいなのをしてる」
「ふうん……」
理屈は分かった。確かに、超能力系摩訶不思議な神通力を使える人を野放しにするわけにいかないもんね。あたしみたいなのは例外として、清水原なんて特にそうだ。
「――ん、なん?」
横目で見ていたら清水原が気づく。あたしは「なんもない」と顔を背けた。
川端商店街に入り、吉塚古着店にたどり着いた。
店先にはハンガーラックにかかった古着が大量に。服が溢れそうな店だ。
「吉塚さーん、こんにちはー、代行屋でーす」
清水原が古着の山に向かって声を投げる。しかし、待てども返事はない。あたしたちは顔を見合わせた。
「おっかしーな……おーい、吉塚さーん?」
古着を掻き分けて先を行く清水原。あたしもその後ろに続く。
「吉塚さー……」
しかし、その声はあの大笑いによって遮られた。
「あっはっはっはっは、そうかい、そうかい。そんならまた来るからなぁ。よろしくなあ」
すぐさま清水原の手があたしの頭を掴んだ。そして、古着の中に押し込まれる。おばあちゃん家みたいな匂いが、むわっとあたしの鼻腔を突いた。
「む? なんじゃ、清水原じゃあないか」
無数の布をくぐって聴こえる恵比須の声。それは、面食らったような調子だった。
「これはこれは、恵比須さま。珍しいところで会いましたねぇ」
対して、清水原はわざとらしい。
「古着でも買いに来られたんですか? でも、あなたほどの神さまが古着って」
「たわけ。儂は吉塚に用があったのよ。そういうお前さんはなんじゃ。あいつの遣いか?」
あいつ……?
「まあ、そんなとこですね」
「そうかい。まったく、お前はいつになったら儂のとこに遊びにきてくれるんじゃろうと考えていたところでな。ま、それなら仕方ない」
残念そうな声音の恵比須さん。盛大な溜息を吐くと、下駄がからころと音を鳴らした。
「じゃあ、また会おう。ようと話をしたいとこじゃが、儂はちぃと忙しくてな」
「はい、またそのうちに」
「うむ」
満足に返事を返す恵比須さん。あたしがひそむラックの前を下駄がからころと通れば、心臓がバクバク音を鳴らす。
下駄が過ぎ去るのを息を止めたまま待った。
からころ、からころ、からころ……――おっそいわ!
息続かんし!
早く帰ってくれぇ……!
「――玉城……もう大丈夫よ」
小声がひっそりと降ってくる。その瞬間、服の中から転がるようにあたしは飛び出した。
「っあーーー! きっつ……」
新鮮な空気をすぐさま取り入れる。深呼吸を繰り返していると、清水原も安堵の息を吐いた。
「いやあ、油断出来んね……」
「ほんとよ。まったく、もう。恵比須さんは、なんしに来たんやろ?」
訊いてみる。清水原は口をキュッと結んで苦々しい。顎を掻き、思案げに唸った。
「探しよるんやろうね……」
まあ……そうなんだろうとは思うけど。
あたしたちの間にどんよりとした空気が落ちてくるようで、なんだか気まずい。
巻き込まれたとは言え、関係ないとも言いきれないものだから「あたし、しーらない」と今さら逃げることもできない。内心は、勘弁してって感じだけど。
「おや、清水原くんやん。どげんしたとー」
店の奥から、おじいさんがひょっこり現れた。深い笑いじわが目立つ愛嬌のある人だ。
途端、清水原の口がニヤッとめくれる。
「吉塚さーん、ちょお、今さっき恵比須さんに会ったんやけどー」
彼は馴れ馴れしく吉塚さんの元へ行った。
「ありゃあ、そいつは災難やったなあ」
吉塚さんが冷やかすように笑う。福神に会って災難、とはまた頓珍漢な言葉だ。
すると、何も訊いてないのに、吉塚さんの方から先にぺろっと白状した。
「なんかね、神好みの女の子を探しとうとかなんとか。でも、俺はいっちょん分からんけん、まあ見かけたら連絡ばするって言っといたんよ」
「あ、そうなん? でも人間にはどれが神好みか分からんめーもん」
「そうなんよねぇ。ま、女の子がカミゴ登録にきたら、その子かいなーって思うばってん……」
吉塚さんの声が止まる。その目はあたしを捉える。
「あっ、女の子!」
指をさし、目を飛び出さん勢いであたしを凝視した。自然と肩が上がるあたし。
「あぁ、そうそう。カミゴ登録の女の子、連れてきたけん。神好みかは知らんけど」
白々しい清水原。しかし、吉塚さんは「あら、そぉね」とすんなり納得した。
人が良すぎる……でもまあ、助かった。
「んじゃ、登録ばしよっかー。うどんもあるけん、いっぱい食ってけ」
ゆるくもあたたかい歓迎にあたしは拍子抜け。
横では清水原が「うどん!」と声を上げる。めっちゃ嬉しそうに両腕を天に突き上げて。
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