第42話 外伝10 犬君は乳母になりたい!!
「犬君!! ああ、お前なんだな!!!」
出くわしたと思った瞬間に、私はぎゅうぎゅうに巌丸に抱きしめられていました。
やべえ、抱擁の安心感が天井を突破している頼もしさです。
ちょっと泣きたくなりました。この人、私の事そんなにも思ってくれていたんだな、とここでようやく実感したのです。
これまでの人生の中で、野郎とあれこれするというのは、いくら女の子に生まれ変わったといえども、受け付けない部分が大きかったというのにですね、この抱擁は私の中をどこか作り替えたように、気持ち悪いとか、何してんだとか、思わせないものでした。
ぎゅうぎゅうに抱きしめた後、巌丸は私が小さくうめいた事で、私が結構な大怪我をしている事に気づいた様子でした。
そしてはっと我に返って、私を見下ろして、ぼこぼこにされてぼろぼろの状態の私という、さんざんな見た目の私に痛みをこらえる表情をした後に、上にはおる箕をかぶせてこようとしました。そりゃ、この時代の衣類で外套になるのは箕でしょうよ。現代社会で言うところの、コートなんてものありゃしませんので。
「ひどい怪我だ。顔も腫れ上がって。俺がついていれば。どんなむちゃくちゃをするんだ。俺の馬がこっちこっちと、言う事を聞かないで走ってきたから、こうしてすぐに来られただけで、そうでなかったらもっと、村で情報収集をしているところだったんだぞ」
「いやあ、あはは……こっちだって、私道を見つけられたので……」
「どうして一人で突っ走ろうとするんだ! 俺はそんなに頼りないのか」
「あー、あははは」
「笑ってごまかさないでくれ。神罰でお前は、死んでしまっていたかもしれないんだぞ」
「でも、そうしても巌丸は、絶対に姫様を髭黒様の所に連れ帰ってくれたでしょう? 私これでも、そこらへんの事では、あなたの事信用してるんですよね」
「だったら俺を待ってから突入してくれ!!」
「あはは、げほっ、ごほっ、まあ、まあ、皆無事ですしそれでいいって事で」
私があっけらかんとそういうと、ふと何かに気づいた顔で、巌丸が目を瞬かせた後に、……笑いました。
「犬君、お前の本当の顔はそれなんだな」
「は?」
「前向きで楽観的で、何事もいい方向に考えて、最善策をとる。俺がいかに今までよそ行きのお前を見ていたかという事が、今ようやくわかった」
「……あ」
いけません。せっかく培った女房根性が、うっかりはがれてしまっていました。
これはいけない。女房失格になりそうです。
それに気が付いて慌てふためいていると、巌丸はそんな私を腕の中に入れたまま、額を会わせてきました。
距離感どうなってるんですか! 進展が早すぎます! いや、この時代はさくっと男女の仲になってから、浮気だの何だのという時代だから、これくらい容赦ない距離の詰め形するんですかね?!
大混乱におそわれそうになりながらも、そこで私はじっと私をミル巌丸から目をそらし、そらして姫様が、呆気にとられた顔でこっちを見ている現実に気づきました。
「姫様!! 巌丸でかしました! 姫様を守ってくれていたんですね!
姫様、こちらに戻ってこられてなによりです! 怖い思いをさせて本当に申し訳ありません、この犬君、人生で一番の不覚でした! でももう大丈夫です! これから帰りましょう!」
「犬君、あなたの顔……ひどい」
「大丈夫ですって! 骨がやられたわけでもありませんし、ちょっと痣が濃くてちょっと怪我が多いだけです!」
私は、私をじっとみた後に、ぽろぽろと涙をこぼす姫様に、そういって笑いかけました。
でも、姫様はそのまま、こらえきれないと言う調子で泣き出してしまったのです。
そんなに泣かせるつもりは毛頭なかったので、私は巌丸を蹴飛ばして突き放した後に、姫様の方に駆け寄りました。
姫様は私を見てわんわん泣きます。怖かったんですね……そして、先に逃げろと叫んだ私が、ぼろぼろなので、余計に怖いんでしょう。
涙を拭うにも、私の衣類は土まみれで埃まみれで、ところどころ血まで付着している状態です。これで姫様の涙はぬぐえません、ああくやしい!
「私を助けるために……、犬君が、こんなひどい怪我して……!! こんな事しないでちょうだい!! そんな、血にまみれて、大事な顔も青くなって、髪の毛も引きちぎられた場所があるくらいじゃない!!」
わんわんと泣く姫様に、どうしよう、髪の毛まで千切られていたのか、と痛みがないから気付かなかった事に後悔しました。この時代の髪の決定の血と言っていいくらい重要視される物で、顔とかが悪くても髪の毛がよければ美女といっていいと言われるくらいなのです。
ちなみに、姫様の髪の毛はそりゃあもう絹糸のごとき艶めく美しさです。
前にも言ったかと思いますが、私の髪の毛は残念な髪の毛ではありますが、それが引きちぎられているのは間違いなく、どこの世の中でも無残でしょうね……
「泣かないでください姫様、私、姫様に泣かれると、どうしたらいいのかわからなくなってしまうんです。犬君はこうしてここにいますし、姫様、ここから早く帰りましょう」
「それに関してなんだが」
私が一生懸命に姫様を慰めている間に、巌丸が口をはさんできました。
何を言い出すのかと言葉を待っていると、巌丸は懐から扇を取り出して、さりげなく姫様に差し上げながら、こう続けたのです。
「実はここに来る道中で、知り合いの商人に手紙を預かってもらったんだ」
「どんな手紙をでしょうか」
「鬚黒大将殿に、あなたの大切な妻でいらっしゃる方は三輪山の方にさらわれていったので、こちらで犬君が探しています、近いうちに見つかりますので、奥方を迎えに来る人を寄越してくださいと」
「でかしました!! 姫様を都まで私とあなただけでお守りしながら歩くのは、なかなか厳しいと思っていたんですよね!」
「……お前が向こう見ずで鉄砲水のように飛び出していったからな。俺はそれの補佐に回る側になっただけだ。でも、必要だろう?」
私はそれを聞き、うんといい笑顔になって笑ってしまいました。こいつ仕事ができますね! という満面の笑顔です。
「犬君とそちらの方だけでは、私を都に連れて行けないの?」
「姫様は尊いお方であらせられますから、地べたを這うように延々と進むのはよろしくないのです! それにここまでの道中、犬君もものすごく大変だったので、この苦労を姫様にも味会わせたくないと思っていたのですよ」
事実です。姫様は私よりもか弱いのです。体力もないでしょうし、私のようにアドレナリンドバドバで道を突き進む、という無茶をするわけもないので、都に帰るためにとても時間がかかるでしょう。もしかしたら足にまめができて、それの治療でもっと時間がかかるかもしれないのです。
そうすると、姫様が思いあっている鬚黒様との、感動の再会が遅れてしまうでしょう?
そんなのは良くないので、姫様が見つかった後は、手紙を送って、お迎えが来るまで少しくらいは、姫様を休ませてもいいかなと思っていたのです。
ところが巌丸がいい仕事をしてくれたので、お迎えはとっても早いに違いないのです! これを喜ばずにどう喜べというのでしょうか。
ただ問題は……
「血まみれの私は、姫様よりも後に、都に戻らなくてはならないですけれどね」
血は穢れと言われがちな世界観。生理や出産も穢れに触れがちと言われる世の中で、私のように見るからに穢れマシマシな状態の女が、姫様と一緒に帰ってしまったら、姫様も穢れに触れたというわけで、感動の再会が遅れてしまいます。
そのため、お迎えが来た時には、私はここらの村で少し時間を置いてから、都に戻るのが建設的だなと思っていたのです。
「犬君は一緒じゃないの? ……それもそうね……血まみれすぎて……とても心配だけれど……」
私の方から姫様に絶対触らない理由を、姫様もよくよく理解してくれています。
そのため、仕方がない事、と納得してくださっております。
さて、これからの事もいろいろ決まりそうなので、私は空を見上げてこう言いました。
「姫様、雨が降りそうなので、はやくこの三輪山の神がいらっしゃいます山から下りましょう」
「ええ!」
「では姫君、こちらの馬に乗ってください」
巌丸が、丁寧な口調で姫様を、黒駒に乗せてくれました。これで歩かせたら、私の蹴りが飛ぶところでしたね!
そんな風な事があった後、私達は巌丸の口添えで、近くの村の一番立派な建物で、鬚黒様のお迎えを待つ事になりまして、鬚黒様は知らせを聞いて即座に、こちらにお迎えのたくさんの人員を送ってきてくれました。
多分、自分は都から離れられない身の上という事で、自分の腹心の部下とか、姫様を思っての女性達とかを、ありったけ集めて来てくれたのです。
女性達は皆、姫様の女房の皆さんで、感動の再会で、姫様も涙ぐみ、女房の皆さんも涙ぐみ、それはそれはいい光景でした。私距離を置いてそれを見守ってましたけれどね。出血その他の穢れを、女房の皆さんに感染させるわけにはいかないのです。
ちなみに、穢れは同じ場所に座すと移るといわれているものなので、これも仕方のない処置なのですよね!
そして女房の皆さんに守られ守られ守られまくって、そして男衆に守られまくって、姫様が都に戻られました。
ああ、私も早く都に戻って、姫様の元で姫様の幸せをにやにやしながら、見守る元の生活に戻りたいものです!
そんな事を思って、私は怪我が治り、痣が消えるまでこちらに寝泊まりし、巌丸に連れられて、都に戻ったのでした。
……あ? その間になにかあったんじゃないかって言うんですか?
…………ありましたよ。結局私はほだされて、巌丸と一線を越えました。こんなものを体験する事になるとは想定外だったのですが、越えてしまったのだから仕方がありません。
身分的には低い相手ですが、坂東の大地の実力者である巌丸の家系とのつながりは、これからも姫様のためになるでしょうし、私にもうまみがあります。
え? そんな損得勘定の方が強い状態で、情を交わしたのかとおっしゃいますか?
そう言う事にしてくださいな! 私これでも、いっぱいいっぱいなんですよ!!
そして数年が経過し、姫様は玉のようなお子様に恵まれまして、私は自分の子供の面倒を見ながらも、姫様のお子様の乳母になるという、目標を達成する事になりました。
これにて、源氏物語の世界に転生してしまって、色々あったけれども、悲劇の姫君紫の上を、幸せにする結末が訪れ、私は彼女も、彼女の子供たちも守れる、という理想を手に入れたのでした!!
終
犬君です、どうにかロリコンマザコン野郎から、姫様を守りたいです!! 家具付 @kagutuki
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