第63話 ロキ それは統べる者どもの駆け引き



 その場所は、コーカル市庁舎の地下にある。

 代々市長のみがその場所を教えられるのだが、幹部の数名は存在を知っている。

 入るには鍵が必要で、やはり市長のみがそれを持っている。その鍵の存在を知る者もいるが、市長以外は使えない。

 なぜなら、鍵には市長の魔力の情報が加えられ、同じ魔力を持つものでしか鍵として使えぬように変化するからだ。

 今はロキの魔力がなければその鍵は使えない。

 ロキ、使者、そして補佐官と数名の幹部がぞろぞろと地下へと向かっていた。地下へ向かう階段や通路はいつもは隠されており、やはり市長の魔力にしか反応せず、他者がいくら探し求めても姿をあらわすことは無いのだった。

 その地下の隠し通路は、光源などないにも関わらず、どこもかしこも均等に明るかった。壁も床も天井も白い。足音がよく響いた。

 どこまでも延々と続く一本道は、緩やかに湾曲していてる。左右に蛇行している。かと思えば、一直線になる。

「どこまで歩かせる気だ?」

「さあ。かなり歩きますよ。お疲れでしたら休みましょうか?」

 文句を言う使者にロキはそっけなく答えた。

「貴様、もしやわけのわからぬ魔術で私を煙に巻くつもりではないだろうな」

「使者殿は私を何だと思っておられるのですか」

「リンミー家を信用すると痛い目を見る」

「……古来よりもお仕えしているというのに、酷い評価だ……」

「まだ着かないのか?」

「わがままが誰にでも通用するとは思わぬことですよ」

 黙って歩け。ロキが暗に言ってのけると使者は不満そうにしながらも口を閉じた。

 それからどれだけの時間を歩いかは分からないが、ロキにとっては何度も往復した道である、たいした苦ではなかったが、ようやっと辿り着いたときには使者の機嫌は酷いものだった。

 白くて仰々しいドアが見えると、

「やっとか。下らん」

 と憎々し気に吐き捨てて、

「さっさと開けろ」

 とロキに命じた。

「言われなくとも」

 ロキが鍵を差し込むと、ドアはするりと開いた。

 そしてその先にはまるで玉座のような祭壇があり、いくつも重なる低い階段をのぼりきれば、白い箱が置いてある。

 使者はロキよりも先にその階段を駆け上がり、祭壇の上の白い箱に手を伸ばした。

「おい、開かないぞ」

 そして文句を言う。

 ロキはゆっくりと祭壇をのぼった。てっぺんでは、苛立ち今にも癇癪を起しそうな大の大人が、白い箱を指でこんこんとつつきながら待っていた。

 白い箱にロキが手を触れると、それはまるで持ち主を理解したかのように自然に解錠し、蓋は難なく開いた。

「ちっ」

 使者が舌打ちをしている。

 箱の中には、天鵞絨によくにた布が敷かれ、その上に宝石で作られたペンダントがはめ込まれている。

 透明な石を、赤い宝石が縁取った、古めかしいペンダント。

 中に封じられている魔力のため、艶やかに輝いていた。

「……これが、……」

 使者は声を震わせた。

「これが……魔王の証……」

 そして恐る恐る手を伸ばした。触れるかどうかの近さで、指を止める。

 ごくりと唾を飲み込んだのが、ロキから見えた。

 ロキは目を閉じた。

「これが、……ふはは」

 使者の笑い声とともに目を開けると、緑の目をした男がタリスマンを手に取って、その目を爛々と輝かせていたのだった。

「……お気に召しましたか」

「ああ……、ロキ市長」

「目的はこれで達成されましたか」

「……ああ。ロキ市長」

 使者はうっとりとタリスマンを見ている。

「ロキ市長、地上へ帰るぞ」

「はい」

 先に祭壇を下りると、下で待っていた補佐官と幹部が不安そうな顔をして立っていた。

「市長……」

 補佐官の呼び声に、ロキはツンとした表情だけで応じた。

 大丈夫だ。安心しろ。

 ロキは補佐官と幹部たちを見てから、歩き出した。

「行くぞ」

 来た時と同じ距離を、来た時よりもずっと早く戻る。

 さっさとこの不愉快な男をコーカルから放り出す。私のコーカルにこれ以上一分一秒たりとも長くいさせたくはない。ロキは嫌悪感で叫びだしそうになっていた。

 使者は口角を上げたまま、手にしているタリスマンを眺めている。

 ロキは速度を上げた。

 地上にはロキが先に出て、すぐに補佐官と幹部が続く。

 そしてゆっくり遅れて、ふらふらと左右に揺れながら使者が階段を上ってきた。手にしているタリスマンから目をそらさない。

 その足元がおぼつかなかった。なんとか階段をのぼり終えたとき、階段が消えた。そこには周りと変わらぬ床がある。その現象にも、使者はまったく反応を示さない。ただただタリスマンを見ている。

「……」

 ロキはその姿が心底気に入らなかった。

 この男は理由を様々つけていたが、たんやな魔王の証が欲しかったに過ぎない。

 反吐が出る。

「市長……、あの者に渡してしまってよろしかったのですか……」

 幹部の一人が少し泣きそうになっていた。

「ああ。構わないだろう」

「市長……! あれはコーカルの宝ですよ!」

「……静かに。使者殿の機嫌を損ねたらどうする。さあ、お出口までお見送りをしよう。『国王陛下』のお帰りだ」

 ロキが声高に言うと、幹部と補佐官は目を見開き顔を上げた。

 そして一斉に使者へと振り返る。

 使者が緑色の目をロキに向けていた。

 笑っている。

「見送りは結構」

 使者、いや、国王は言った。

「迎えがすでに来ているのでね」

 言うや、先ほどまで階段があった通路の上に、豪奢な鏡の縁のような、大きな輪があらわれたのだ。

 巨大な鏡の向こう側に、金色の波打つ髪を足元まで伸ばした女性が立っていた。豊満な白い胸元を大胆に開けた、下品な純白のドレスをまとっている。体にフォットしたそれは腰のラインを見せつけ、しかし白いヴェールで顔を隠し、その下品と上品の取り合わせのちぐはぐ感がロキは気に食わなかった。手にしているのは金色のロッドで、それはまるで権力を象徴しているように感じ、やはり気に食わなかった。

「陛下。お早く」

 女の声がせかす。

「ああ、今行くよ」

 甘い声で国王が返事し、それからロキを見た。

「市長。ご協力を感謝するよ」

「いえ」

「でも、嘘は良くないな」

「はぁ」

「これは偽物だね」

 国王は手にしていたタリスマンをつまんで笑った。

「僕を騙せると思ったかい?」

「なんのことやら」

「それはもう飽きたんだよ」

 国王がロキの首に向かって手を伸ばす。

「市長!」

 幹部の一人が叫ぶと同時に、国王はロキのスカーフ留めをむしり取ったのだった。

 透明な石を、赤い宝石で囲んだ、クラシックなペンダントヘッドを。

「ははは、うまく作られていたから、もう少しで騙されるところだったよ。うん……よくできていた」

 そういって、地下から持ってきたタリスマンを投げてよこした。

 けれどロキはそれを受け取ることはなく、偽物と断じられたタリスマンは硬質な音を立てて床に落ち、ころころと転がってロキの背後に遠ざかっていった。

「これで本物は僕の手に。小賢しいね、ロキ・リンミー」

「……」

 鏡の向こうで女が呼ぶ。

「陛下」

「うん。今行くよ」

「手に入りまして?」

「うん。手に入ったよ」

 甘い声を出しながら、国王は鏡の向こうの女の傍へと消え、音もなく鏡も消えた。



 ロキは鏡が消えた場所を見つめていたが、おもむろに転がっていったタリスマンを拾い上げた。

 透明な石からは魔力が滲み出している。

 原初の魔王の魔力だ。

「市長……」

「なんだ」

 補佐官が不安そうに見上げてくる。

「……、大丈夫、でしょうか」

「なにがだ」

「……、……、」

 その沈黙がすべてだった。ここにいる全員の思いが凝縮されている。

「問題ない」

「ですが……」

「案ずるな。すべては順調だ」

「……」

「ゴミは帰った」

「っ、市長!」

「相手は国王ですよ!」

「それにコーカルの秘宝が、まんまと!」

「どっちも小物だ」

「その自信はどこから出てくるんですか!」

 そう最後に叫んだのは補佐官だった。

 ロキは笑った。

「私を誰だと思ってる」

「……リンミー家の、ロキ……様……?」

 ははは。ロキはとうとう声を出して笑った。

「私は、あのネロ・リンミーの『兄』だ」

 補佐官の肩をポンと叩いた。

「心配なら、魔法師団のサヴァランに連絡を取ってくれ。時間のある時に話がしたい、と。ああ、一度帰ってひと眠りしたいな。明日にでも、お茶でもどうですか? 国王陛下への愚痴でも語り合いたい気分です。あのそばにいる下品な女だ誰なのでしょう? まさか、あの商売女みたいなやつが、あなたの代わりの王室魔導士ではないでしょうね?」

「市長、そんなふざけたこと、」

「大真面目だ」

「……、かしこまりました」

「急げ」

「はい」

 ロキは手にあるタリスマンを見て、クツクツと笑う。

 そしてスカーフを押さえた。

 瓜二つに作れたと思っていたんだが、騙されなかったか。

 しかし、失敗したほうをまんまと持っていくとは。

「はは」

 ロキは偽物のタリスマンを首から下げた。

 そのタリスマンには、原初の魔王と言われた魔王の力が入っている。三分の一だけ。三分の二は本物の中に。

 本物は、『兄』に渡している。

 魔王の力はコーカルにある。

 リンミーは決して手放さない。

 

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