第64話 ロキ それは反乱 鎮圧すべし

 さて、厄介払いもできた。

 ロキはそのように思っていた。この異常事態になんの情報も寄越さず、なんの対応も示さない国家中枢などロキはすでに切り離して考えていた。

 あれらがなにを企てていようが関係のないこと。リンミー家はコーカルを守る、それが最重要なのだ。ヘリロトに首都が移転して久しいが、カンバリアの中心はいまだコーカルにあるのだ。

 しかし、厄介払いできた、そう考えていたのは、なにもロキだけではなかったようだった。



「し、市長……! ロキ様、大変です!」


 市長室に補佐官が慌てて飛び込んできた。


「今度はなんだ」


「この市庁舎が、取り囲まれております!」


「……は?」


「魔導師たちに、いえあれは、国家魔法師です!」


「まて、どういうことだ? 魔法師? サヴァランになんと伝令を送ったんだ! 確認を取れ! 庁舎にいる市民の避難を先導しろ!」


 ロキの命により、そしてすでに動いていた職員たちの的確な判断によって、利用者は素早く市庁舎の外に避難することができた。

 しかし大多数の職員は建物内に残ったままである。

 みな、エントランスホールに集まり、不安に肩を寄せあっている。ロキもそのなかにいたが、不安よりは憤りに肩が震えていた。

 窓から外を確認する限り、確かに奇妙な魔法陣が建物の周りを囲んでおり、警備隊に似た魔法装束の者達が多数いる。

 魔法師の中でも実戦部隊だ。

 彼らは誘導避難される市民や、誘導している職員には手出しをすることはなかった。むしろ最優先で避難させている。まるで『救出』という雰囲気である。

 これは、ロキ・リンミーの謀反、とでも流布しているのかもしれない。

 ロキ・リンミーが市民を盾に立て籠った、と。


「彼らの声明はなんと?」


 ロキは補佐官に訊ねた。


「まだ分かりません」


「サヴァランからは?」


「魔法師団に連絡がつきません。というよりもむしろ、連絡手段がありません。電話もマシンも、水晶さえも」


「……科学も魔法も遮断されたと?」


「はい」


「はは、仕方がない、狼煙でもあげるか?」


「笑い事ではありませんよ市長! あの使者の企てに決まっております!」


「ならばお前も幹部たちも早く逃げろ。今ならあの魔法師たちが『救出』してくれるぞ。このままおめおめと巻き添えを食って失脚などバカらしいだろうが。失脚ですめばいいか。あの国王の企てならば、頭の悪い行動と結果になるのは目に見えている。例えば、コーカル市庁舎を破壊、歴史的文献や建築物、構造物を徹底的に無かったものにする、とかな。ついでに気にくわないリンミー家の血も……」


 おかしい。

 リンミー家の血を絶やすという考えはあまりにも短絡的な考えで、ロキは冗談めかして口にしようとしたのだが、ふとおかしさに身が震えた。

 ロキ・リンミーを無謀の疑いで殺害したとしても、リンミー家には正当後継者が残る。

 ネロ・リンミーだ。

 リンミーの直系一家の長男。その存在を国王が知らぬわけがない。ロキを無謀の首謀者として捕らえても、ネロが生きていればあの父や母や祖父らならば簡単にロキを切り捨て、ネロをリンミーの正式な跡取りの座に据えるだろう。

 リンミー家にかすり傷さえつかない。

 ロキを捕らえても殺しつても汚名を着せても、その労力にみあった成果は得られない。

 ならばやはり目的はこの建物のと所蔵品だ。

 原初の魔王のタリスマンを手に入れたならば、この国がかつての魔王と繋がりがあった証拠など百害あって一理なしと考えることは容易。

 容易なのだが。

 ゾワリとした。


 もしも、ネロが死んでいたら。


「……魔法師団へ伝令を飛ばせ……」


「魔法師団ですか。ですから連絡手段が……」


「コーカル支部ではない。あの目の前の、ヘリロトの魔法師たちだ」


 そちらが声明をださぬなら、こちらから先に声明を出してやろう。

 ロキは久々に血が沸き上がるのを感じた。



『はじめまして、魔法師団ヘリロト本部の皆様。私はロキ。コーカル市の市長です。この度はどのようなご用件でしょうか。王宮からお越しの使者様は先ほど魔導師様とお帰りになっております。警護のおつもりでここにおられるのでしたら、もうご不要ですよ』


 市庁舎のスピーカーからロキの声が流れているが、音の返りかたがおかしかった。


「魔法でここは隔離されているようです。物理的にも、時空的にも」


 側近の一人が耳元で言った。ロキは頷いてから続けた。


『もしも、警護ではなく、この市庁舎を乗っとりに来たというのならば、私どもは皆様を反乱軍として鎮圧をしなければなりません。そうはしたくない。どのような目的で、このようなことをなさっているのですか?』


 少しして返事が来た。



『こちらは魔法師団ヘリロト本部より、魔王への内通者を捕縛を命ぜられてきた。ロキ・リンミー。おとなしく出頭せよ』


 側近たちが驚いたようにロキを見た。

 なるほど、無謀ではなく魔王の内通者として裏切り者のレッテルを貼り、失脚させるつもりか。いや、本音は失脚ではなく抹殺だろう。


『おとなしく出頭するのであれば、罪も軽くなるぞ』


 罪。

 さて、どのような罪が用意されているのだろうか。たとえ今抹殺されなくとも、あの国王のことだ、生かしておくとは思えない。

 失脚ではなく、抹殺が目的。

 つまり、原初の魔王の秘密を知るものをこの世から消し去るのが目的に違いない。

 ロキは返事をせずにスピーカーを切った。


「私たちは殺されるようだ」


「ロキ様! あなたはなにをされたのですか?」


 女幹部がヒステリックに声を荒らげた。


「お前たちの中で、このコーカルと原初の魔王の関係について知っている者はいるか?」


 すると、少しの間をあけて、一人が言った。


「それは……地下に収められている遺物の由来も含まれるのですか」


「勿論。いや、それこそが問題だ」


「であれば……我々はみな、任命式にてそれを目にし、聞いております」


「そのことは、家族に話したか? 近しいものに、酒に酔って話したりしていないか?」


「極秘機密です、しゃべるわけがない」


「ならよい。疑われないように気を付けろ」


「市長? どういうことです?」


「しかし先ほど使者どのと地下に降りた者は、最悪……暗殺されるかもしれない。やつらの目的は十中八九、原初の魔王だ。魔王のタリスマンを国王が手にしたことを、そしてコーカルこそが、原初の魔王の降臨の地と知っている者たちを……消そうとしている可能性が高い」


「な、……そんな」


「投降するなら今のうちだ……、お前たち、どうする?」


 沈黙が流れた。


「投降すれば、どうなりますか?」


「さてな」


「一生、牢屋に繋がれるのでしょうか。もしくは処刑されるのでしょうか。家族は汚名を着せられますか?」


「どうだろうな。リンミー家がまとめて汚名を着せられて没落するかもしれんし、未知数だ。あの国王の気まぐれできまる」


「ならば私は投降するつもりはありません。ヘリロトに屈するなどコーカル人の恥。あちらが難癖つけてきたのですから、戦ってやりましょう」


「ええ、その通りです。運良くここは物理的にも時空的にも隔離されているようですから、この中でなにをしたって周りにはわかりわしませんわ」


 女性幹部は好戦的だ。上昇意欲のある女性は、一度火をつければ命燃え尽きるまで戦い抜く。ウザいが頼もしい限りだ。


「しかし、この中にはいざというときの武器や魔法具はありますが、戦えるものはいないですぞ。魔法に長けた職員は、国家魔法師。違う建物にいる……。呼ぶことはできません」


「大丈夫だ。策はある」


 ロキは笑った。


「さて声明を出すぞ」


 スピーカーのスイッチを入れた。


『魔法師団ヘリロト本部の方々。いや、反乱軍の皆様、お待たせした。我々コーカル市は、市民の安全を守るため、あなたたちを鎮圧することが決定した。今なら投降を認めるが、いかがかな?』


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