第62話 ロキ それは魔王を賭けた騙しあい


 原初の魔王の封印護符。それを聞いたときロキは思わずにやけそうになった。とっさに眉根を寄せることへと変えた。こみ上げる感情を表情筋で表せられるのなら、どんな感情の仮面だってかまわないのである。もちろん、笑い以外で。

「……原初の、魔王……?」

 その問いかけは、寄せられた眉と非常に相性がよろしい。

「おや、知りませんか」

 使者は意外そうに言った。

「ええ……なんのことやら」

「そうですか」

 使者は目を細めてやんわりと笑った。

「魔王と呼ばれた初めての者、それが原初の魔王です。この世を一度滅ぼし、そして復活をさせたといわれております」

「復活をさせた、と。それでは魔王ではなく、神なのではないですか」

 ロキは笑った。とてもおかしい、なんていう冗談だ、面白い、そんな笑い方をして見せた。

「ええ、ええ。そうでしょうね」

 使者はにこにこしながら頷いている。

「魔王とは本来、神であるのです」

「魔王が神! はあ、それは……なんと過激な。一市民に聞かれたらとんでもないことですよ」

「ええ、そうですとも。無知なる平民には到底理解できないことでしょうね」

「まさか、本気で思っておるのですか? 魔王が……神などと……?」

「ロキ市長。もうこんな不毛な腹の探り合いはよしましょう。あなたはすでにご存じのはずでしょう? このコーカルを統べる王なのですから」

「王! これは、恐ろしいことを言わないでください。私は市長にすぎません」

「ロキ市長」

 使者は呆れたように、しかし若干のいら立ちを隠しきれぬ声でロキを呼んだ。

「もしや、リンミー家に王家への反逆の罪でも擦り付けるおつもりではないでしょうね? 父や叔父、従弟、多くの親族が王家へと宮仕えに出ております。リンミー家の忠誠心はお分かりのはずです」

「話を進めましょう、ロキ市長。カンバリアの運命がかかっているのです」

「カンバリアの。……一体何が起こっているのですか。このコーカルにはなんの情報も届いていないのです。まるで、意図的に情報が止められているかのように」

 ロキは心底困り果てたという風で、使者を見た。

「……」

「何が起こっているのか分からないのでは、コーカルとしても協力のしようがありませんよ。しかも王だとか、魔王の封印護符だとか、そんなわけのわからないことを言われては、……私はあなたが正気だとは思えない。狂人の戯言には付き合えない。それが当たり前ではありませんか?」

「……」

「正常な考えの持ち主を、使者として再度寄越してください」

 ロキは応接室のドアを開けた。

「使者殿のお帰りだ。お見送りを」

 廊下に控えていた補佐官に告げる。

 補佐官はさっと顔を青ざめさせた。ロキは気にせず、どうぞ、と使者に出てゆくように優雅に手で促した。

 しかし使者は動かなかった。

 柔らかな笑みをたたえたままロキを睨んでいる。

「ロキ市長。ドアを閉めなさい」

「ではお話しを?」

「続けようじゃないか」

 ロキは一瞬だけ補佐官の目を見てから、ドアを閉めた。

 ドアがぴったりと閉まったのを確認してから振りかえると、使者の表情から笑みがきれいに消えうせていた。

 これがこの男の本来の顔か。

 ロキはとうとうにやけ笑いをこらえきれなかった。

「それが君の本来の顔なわけだね」

 ロキが思っていたことを、使者が言った。お互い様だった。

「ネロはもっと感情を抑えることができていたが、君はまだまだだな」

「兄は感情の起伏があまりないもので」

「ネロが影、君が表。リンミー家の采配は正しかったわけか。まあ、そのネロも、影であることを放棄してしまったが」

「リンミー家の采配ではありませんよ。自分たちの意思で、私は家を選び、兄は自由を得選んだ。それだけこのと」

「兄のほうは魔王の封印護符のことは知っているのかい? リンミー家がこのコーカルのかつての王だったことは?」

「なんのことやら。やはりあなたは狂人のようだ」

「魔公サヴァランが作りしタリスマンは、原初の魔王の魔力を封印し、このコーカルに収めた。いつか魔王が復活したときのための、いわば貯金のようなものだ。そしてこのコーカルこそが、魔王が復活する際の奇跡の場となる」

「はは。あなたの言うその魔王というのは、一体何回復活するつもりなんですか。妄想とはいえ、もっとストーリーには一貫性を持たせないといけないですよ」

「君はあくまでしらをきり通すわけだね」

 しつこい。

「時は満ちた。そう告げられた」

「神の信託ですか?」

「魔導士さ」

「はは」

「王室魔導士の言葉だ。時は満ちた。私たちの代で、魔王は復活する。これはこの星の至るところで言われていることだ。ああ、当然のことながら下々の者は知らないよ」

「私も下々の者だったわけですね。まるで知らない」

「ああ、君たちは下の者だ。王族の足元にも及ばぬ存在さ」

 そうなのだろう。

 軽んじられている。ロキは腸が煮えくり返る思いだったが、それを顔に出すことはなかった。

 かわりに、おかしな狂人を憐れむ微笑みを浮かべてやった。

「そうやって人を上から見下すような態度と取っていると、後々痛い目を見るよ、ロキ・リンミー」

 使者の神経を逆なでするには効果絶大だったようだ。

「世界のいたるところで魔王を名乗るものが大勢出ている。みな、自分が原初の魔王の力を得て、新しい真の魔王になろうと目論んでいるからだ。そして、魔王としての聖地へ向かっている」

「その聖地が、まさかこのコーカルですか」

「リテリアだ」

 使者は鬼の首を取ったかのように嗤った。

「リテリアは原初の魔王が生まれた場所だ。新参の魔王どもはそのリテリアを目指して全力で向かっている。その地に辿りつき、その地にあるであろう魔王の証を手に入れ、魔王の力を取りいれて、この星の真の魔王になる! それを目指している!」

「つまり、先日の衝撃波はその真の魔王だかになろうとした、どこぞの新参の魔王の攻撃というわけですか?」

「ああ。その通りだ」

「なぜそれを教えてくださらなかったのですか」

 ロキは平静を装って言った。

「下々のものに下手な知恵を与えると、混乱をして余計なことしかしないからね。情報は最小限。与えてもうまく操れる程度にしておくのが、統治者というものさ」

「そんな、……」

 悲し気な表情を浮かべかけ、それをぐっと堪えるふりをする。

「ロキ市長。ここまで話したのだから、君は下々の者から一歩上の段へと上がった」

「……」

「やつらがリテリアに照準を定めている間に、やつらの探してるものをコーカルから王室へ移しておくのだ。さあ、渡すんだ、ロキ・リンミー。魔公サヴァランのタリスマン、原初の魔王の封印護符。魔王の証を」

「なんのことやら」



 使者が歪んだ笑みを浮かべた。

 見えはしないが、青筋の一つや二つ立てていることだろう。しいかしロキは全く気にならなかった。目の前の男が怒ろうが笑おうが喚こうか、ロキはこの人間を狂人として扱うことに変わりはなかった。

 むしろ、怒りのあまりに笑いそうになっている男が滑稽で面白く、もっと見てみたいと思ってしまっている。

「貴様っ……」

「申しわけありません、使者殿。……私にはやはりよくわからないのです」

 ロキは殊勝な態度をとって見せた。

「しかし、このカンバリアが未曾有の窮地に立たされている、それは分かりました。理解できないなりに、協力をさせていただきます」

 すると使者は怒りを少しひっこめた。訝し気にロキを見ている。

「その魔王の証かどうかは分かりませんが、確かに、このコーカルの地に古来より大事にしまわれている宝物があります」

「……、ほう……」

「それをお渡しする。……いかがでしょうか、その代わりに、我々にも今カンバリアがどのような窮地に立たされているのかを教えてくださいませんか。リテリアが、そしてコーカルが、どのような危険に立たされるのか、それを知っておきたいのです。私はコーカルの市長であり、コーカルで生まれ育ちました。この地の平和を守るのは私の宿命ですので」

 緑の目が、じっとロキを見つめている。

 観察されるのは好きではない。けれどロキは懸命にその不快感に耐えた。可能な限り、真剣にコーカルを心配しているように見せた。実際に心の底から心配をしている。であるので、たとえ嘘を見破る魔法にかけられていたとしても言い逃れはできる。

 ただ目の前の男を一切信用していないので、それだけは隠さなければいけない。

 別に隠さなくてもいのだが、なんとなく、今後の身の振りのためには隠しておいたほうがよさそうな気がする。いや、絶対に隠しておいたほうがいい。せめて隠すふりだけはしておこう。ネロは大丈夫かな。

 ロキの集中力が切れかけていた。

「その交換条件、飲もう」

 意識散漫になる直前に使者が答えをくれた。天の助けである。ロキは素直に笑顔になった。

「本当ですか。では、今すぐにお持ちします」

 ロキは急ぎ応接室を出ようとした。

「待て」

「え?」

「……私もその場所へ連れていけ」

「……」

「なんだ、困るのか?」

「いえ……」

「信用していないわけではないが、偽物を渡される可能性もあるからな」

「……」

「なんだ、図星か?」

「……、それをしまっている場所へお連れするのが……」

「……謀る気か?」

「いえ……。そこには市長しか入れぬように決められているため……」

「市長以外が入ってはいけない理由は?」

「それは……わかりません」

「入れろ」

「……」

「私の手でそれを得る。連れてゆけ」

「……かしこまりました」

 使者の威圧に負け、正確には駆け引きの一手として、ロキは市長しか入れぬとされる地下の隠し部屋へと案内することにした。



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