第54話 ネロ それは殴りたいほどの感動的再会

 ネロはハッとして部屋を飛び出した。

「マーガレット!」

 階段をかけあがり、急いで仮眠室を開ける。

 マーガレットはちゃんと部屋にいて、ふえっ! と変な声を上げて飛び起きた。

「ネ、ネ、ネロさん?」

「無事か、よかった!」

 マーガレットの無事を確認すると、ネロは部屋の窓を開けた。

 そとは真っ暗闇、ではなかった。分厚い雲がはれ、月明かりが差し込んでいて、微かに木々が浮かんで見える。

 ごうごうと水の音もした。

 凄い水気だ。

 雨の日でさえこんなに水の気配は感じられない。

 どこに消えた。

 魔の精霊に見張りをさせていたにも関わらず、どうやって消えた。


《魔》


《はい マスター》


 魔の精霊が肩に飛んで来る。


《あいつらはどこにいった》


《この近くには、どこも》


《どこにも行っていないと?》


《どこにも おりません》


《お前たちの見張りをも掻い潜ったのか》


《追いますか》


《追えるのか》


《どうとも》


《行け》


魔が一体、窓から飛び出していった。

「ど、どうしたんですか……」

 おろおろしながらマーガレットが訊ねてきた。

「……」





────

──


「ピクスリア!」

 勇者ピクスリアの姿を見たマーガレットは悲鳴に似た声で名前を呼んだあと、それでも寝こけたままのピクスリアに抱きついた。

「うあーん、勇者あー!」

 あまりの嬉しさに抱きつきながら泣き出した。

 よほど会いたかったのだろう。感動的なシーンにも思えるのだが、相手があのアホだと思うとマーガレットが若干不憫に思えてくる。

 これではいけないな。

 ネロは自分を律し、考えを切り替えた。それに、消えてしまった二人のことが気がかりである。おかしな魔法、それも魔の精霊が見逃すほどの魔法にかかっている。

 ピクスリアが消えなかったのは直前にデトックスが行われたからだろうか。

 ギリギリだった。

「マーガレット、……その、ピクスリアだが……、今おかしな魔法にかけられているようなんだ」

「だから起きないんですか? それに皆は? デュジャックにファールーカは? どこにいるんですか?」

「あの二人は……、魔法によって消えた」

「き、消えた?」

「なんの魔法かわからない。時間魔法……かもしれないと」

 結局は分からなかった。

 しかし、時間魔法ではなさそうだ。

 まるで隠されたかのようにいきなり消えた。前触れなどない。

 空間魔法。

 ネロの脳裏にそんな言葉が浮かび上がる。それもサヴァラン級の使い手だとしたら。可能性は低いが、あり得ないことじゃない。

「あの、あの、……二人は……、生きてるんですよね……?」

「……、まあ……多分……、いや正直に言うとわからない。すまん。先にお前と会わせておけば良かった」

「…………、」

 マーガレットはピクスリアに目を落とした。それから沈黙が続く。

 ネロも口に出すべき言葉が見つからない。

 ネロの周りにずらりと魔が並んでいる。

 しかしこいつら、なにも行動してくれなかった。使えないな、と本心では思っていたが、なにぶん精霊の類いは考えていることがよく分からない。

「……、ファールーカとデュジャックは、突然自分のいる場所が変わったり、時間が経過していたりすると言っていた。それで、俺の目の前から消えたんだ」

「……、じゃあ……、ピクスリアは? ピクスリアも消える……?」

 そう、勇者ピクスリアはそこにいる。

「こいつに関しては分からない。俺が……、その魔法を調べようとして、……ちょっと手を施したんだ。一緒に消えなかったのは……それが効いたのかもしれない」

 大したことはしていないのだが。

 もう少しだけ早く行動していたら、あの二人にも強制的に魔力を注ぎ込んでいたら消えなかった可能性もある。今更ながら悔やまれる。

「けどな、……ピクスリアに関しても、完璧に魔法の効果を無くしたとは言い切れないんだ。それにどんな魔法かもわからないしな」

「そんな、……」

「一応、今、あの二人を探すよう精霊を放っているから、……見つかるさ」

「絶対ですか?」

 泣きそうな声だ。

「絶対さ」

 なにせこれ達は魔の精霊。

 原初の魔王マナの精霊なのだから。

 マーガレットは泣きそうな顔をしていたが、嫌な考えを振り払うように笑顔を作って顔を上げた。

「そうですよね! ネロさんの精霊ですもんね!」

 変な信頼と期待を寄せられてしまった。恐らく大丈夫だろうが少し心配になり、同時にマナの手柄を横取りしたような感じがして、ネロは目を泳がせて頬をかいた。

 そんなやりとりをしていた向こうで、ピクスリアが僅かに動く。

「……う……」

「ピクスリア?」

 マーガレットが駆け寄った。

 一応ネロも近くに移動しておいた。

 ピクスリアはその赤い眼をうっすらとあけ、ぼんやりとどこかを見つめていたあと、勢いよく上半身を起こした。

 マーガレットがビックリして身を引いた。

 ピクスリアの動きはまるで操られた人形のようだった。

 そしてゆっくりと側にいる人影に顔をむけた。

「………………マーガレット?」

「そ、……そうです、私です、マーガレットですよ勇者!」

「マーガレット! うわあ! マーガレット! 探してたんだ!」

「私もですピクスリア!」

 我に返ったピクスリアとマーガレットは手と手を取り合い、お互いに事後報告のような、しかしお互いに全く耳を貸さずにめいめい喚き、お互いの無事をよろこんだ。

「あのあと飛ばされちゃってホリエナまでいっちゃって、ほとんど身一つでどうしようもなくて、なんとかコーカルまできて、ネロさんにあって一緒に森にきて、会えると信じてたけど会えるなんて思ってなかったよおおおお! うあーん!」

「あの爆音を聞いた瞬間目の前が真っ赤になってしまって、気がついたらお前がいなくなってて、ほんとに心配したんだぞ! 森も焼け焦げてるし、村もぼろぼろだった。お前以外にもいなくなったやつがいるって聞いて、もう生きていないだろうってな、みんな悲しんでたんだ。けどお前は生きてるって信じてたんだ! だからこうやって皆で探して、無事で良かった、ほんとうに、無事で、良かった!」

 そして二人は感動的に抱き合った。

 ネロは無感動だった。このような場面で泣けない自分の性格が恨めしい。ロキは泣くだろうかと想像したが、あいつならば営業の涙くらい流せるだろう。

 マーガレットの涙がおさまると、はにかみながら

「それで、ピクスリア。こちらがここまで一緒に来てくれた、……ううん、色々助けてくれた、ネ、」

「マーガレット! 紹介するぜ! ネロ先輩だ!」

 ネロを紹介しようとしたのを叩き潰すように遮って、ピクスリアがネロの腕を引っ張り、挙げ句のはてには肩に腕を回してきた。

「超凄腕の国家魔法師にして俺の憧れの人だ! よろしくな!」

 殴り殺して逃げたいと思った。


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