第53話 ネロ それは不穏そして汚染

 マーガレットのところまでファールーカを連れて行くのは簡単だったが、ネロはすぐにはそうしなかった。

 少し違和感があったのだ。

 爆炎の勇者一行は、一度森を出てから急に森に引き返したのだ。

 しかも柵を破壊してまで。

「君たちは……マーガレットを見つけたらどうするつもりだったんだ?」

「そりゃあ一緒に旅を、……、あの、……なにかを疑っておりますか?」

 ファールーカは眉をひそめた。

 ネロは表情を変えず、ファールーカを無言で見つめ返す。

 そこにデュジャックがやってくると、ファールーカはすぐにネロの反応を告げた。

「デュジャック、この方は私たちを良く思っておられないようよ」

「……やはりそうだろうな。魔法師だ。勇者一行など信用はせんだろう」

「……マーガレットを拾ったそうなの」

「なに?」

 デュジャックはネロを見た。驚いたような顔だった。

「ネロ魔法師、それは本当か」

「ああ。……マーガレットもお前たちと合流するために、ハルリアに向かっていた。私も任務でハルリアに向かっていたので、偶然出会い、共にここまで来たんだ」

「マーガレットはどこに! 怪我はないのか! どこにいるんだ!」

「今は疲れて寝ている」

 デュジャックとファールーカはとっさに上を向いた。

 そして走り出そうとしたので、ネロは前に立ちはだかった。

「二階に仮眠室があることを知っているようだな。……この建物には何度も来ているのか?」

「……」

「……」

 ファールーカとデュジャックはなぜかハッとしたような表情を浮かべると、緩やかに不安げにそれを変え、お互いに顔を見合わせた。

「……来た、かもしれん」

 デュジャックが言った。

「おかしな魔法にかかっている。突然、自分の居場所が変わっているんだ」

「デュジャック、どういうこと? 私の感覚とはちがうわ。私は……時間の進み方が違うように感じているの。瞬間移動とは違うわ」

「時間、ああ、時間もそうだが、気がつくと違う場所にいるじゃないか。そりゃあ、時の進み方もおかしいが、……、まるで知らない場所に移動していることの方が気味が悪い」

 二人は同じ魔法にかかっているようだったが、その正体は分かっていないようだった。

「この森にはどうやって引き返したんだ」

 デュジャックは腕を組み、目をつぶった。

 ファールーカがしどろもどろと答えた。

「……、それは。……、あの、ネロ魔法師はどのようなお話しを聞いておりますか?」

「私は君たちに聞いているんだ」

「……覚えていないのです。正門から出た記憶はありますが、気がついたら森にいて、マーガレットを探さなければならないと必死に歩き回っていました」

 デュジャックもうなずいている。

 ネロは二人の話を聞き、精神操作系の魔法が頭をよぎった。

 操られている。

 時間が飛ぶ、場所が飛ぶというのは、その間に誰かに精神を乗っ取られているからだ。そう直感した。

 マーガレットを会わせるわけにはいかない。

 乗っ取られている間にマーガレットを探していた、というならば、乗っ取っている相手がマーガレットを探しているのだ。

 マーガレットの大量の魔力が目当てか、それとも他の理由だろうか。マーガレットを見つけたとたんに、この二人が豹変する可能性も出てきた。

「……、マーガレットは本当に疲れているんだ。寝せてやってほしい。君たちも疲れてるだろ。…………、その変な魔法も、きっと体力を奪っているはずだ。どんな魔法が少し見させてくれ」

 ネロは淡々と告げた。

 今度はファールーカとデュジャックが不審に思ったようだ。

「ネロ魔法師、本当にマーガレットはいるんですか?」

「いたとして、本当に無事なのか? 嘘ついてるんじゃないだろうな」

「まさか、あの子に何かしたんじゃないでしょうね!」

 なんとも不快極まりない誤解である。だがネロは慣れている。

 そして、マーガレットに絶対に会わせるわけにはいかなかった。

 杖を引き抜き、構える。

 ファールーカとデュジャックもロッドと剣を構えた。

 勇者のパーティーであるだけに、かなり隙のない構えだった。だからとてネロは怯むことはなかったし、負ける気もしなかった。邪魔をするならば殲滅する。

 魔法師としての心構えと、貴族としての自尊心が放出されていた。

 敵に対しての戦意とは違う、権力者としての威圧だった。

 ファールーカとデュジャックに怒りが滲んでいるのが手に取るようにわかる。圧政者と虐げらる者の構図を肌で感じているのだろう。

 それは違う。

 これは圧倒的な力の差だ。

「疑わしき者を通すわけにはいかない」

 ネロは魔法師として、そして貴族として告げた。

「通りたければ、疑いを晴らせ」

 にらみ合いが続いた。

 先に折れたのはデュジャックだった。

「仕方がない。……では、どうすればいいのだ?」

「デュジャック!?」

 剣をおさめたデュジャックに、ファールーカが批難の声を上げた。しかしデュジャックは困り笑いを浮かべて首を横に降る。

「ネロ・リンミーと言ったら、あの悪名高いリンミー家の一員だ。逆らうのは得策じゃない。時間だけを浪費して、しまいにはこちらに全く不利な状態で決着がつく。まずは話を聞いてみるのがいいだろう。リンミー家の、影に潜っている方は、……まだ話が通じると……聞いているが?」

 後半はネロに向けられていた。

「影に潜っている方ね。確かに私はリンミー家の表とされる職種には着いていないが、話が通じるかどうかは責任は持たない」

 あまりなめた口をきくなよ、愚民。心の中でつい毒づいてしまった。普段は隠している性格が露になりそうだ。

「君たちにかかっている魔法を詳しく調べたい。もしかしたら操作系の魔法かもしれないからな。今すぐにでも解析したいが、……」

 ネロは顎に手を当てた。

 解析中、それに気がついた術者がこいつらをけしかけてくるかもしれない。

「……そうだな、……、見たところずいぶん複雑な魔法のようだ。……簡易的な中和薬を試してみようか」

「薬……?」

「私たちに何を飲ませる気です?」

「そう警戒するなよ。毒は飲ませない。むしろそれが毒になるようなら、お前たちは敵だ」

 ネロは勇者ピクスリアが眠る部屋にファールーカとデュジャックをつれて入ると、そのドアを閉めた。

 魔の精を呼び出し、一体をマーガレットの元へとやり、残りを部屋の適当な場所に配置した。

 見張らせるのだ。

 魔の精たちはめいめい好きな場所に座り、時には飛び回り、楽しそうにネロ達を見ていた。

 ネロは解析呪文を口のなかで呟き、指先に魔力を込めた。

 指先の魔力が呪文に呼応して変化して行く。

 もしも解析した魔力が、アンルー熊やヒューイをおかしくさせた魔力に近い者であったら、サヴァランから得た魔法公式で解除できるかもしれない。

 あの魔力の感覚を思い出す。どうか同じものでありますように、せめて、似たものでありますように。

 解析魔法をまとった指で、まずはファールーカの額に触れた。

 ファールーカは一瞬だけ抵抗を見せたが、暴れることなくじっとしていてくれた。

 ファールーカの魔力は特殊だった。魔力よりも法力が強く、魔人には珍しい。精霊の力もある。

 その力を産み出している器官や細胞を確認できた。

 魔人の肉体は専門ではないが、生み出す場所がきちんと存在しているのならば問題はない。

 あとは、異質な魔力、もしくは法力を見つけ出せばいいのだ。

 そして異物を解析し、中和剤を飲ませるか、サヴァランの魔法公式を使うか吟味する。

「……んんん?」

「どうしました?」

 異質な魔力がない。

 異質な法力もない。

「……デュジャック。君のもみせてくれ」

 答えは出さずにデュジャックの額に触れてみた。

 デュジャックは一般的な人間と同じで、微弱な法力を脳から発していた。

 一般に魔法が使えないとされる人間も、僅かながら魔力や法力を持っている。それは生体エネルギーというもので、生き物が生きて行くために生産される力だ。

 デュジャックは一般的な魔力と法力しかない、魔法が使えない人間である。

 他の魔力も法力も探し出せない。

「んー?」

「どうされましたか」

「……んー?」

 ネロはデュジャックからはなれ、眠りこけている勇者ピクスリアを見下ろした。

「んー。こいつは魔力と法力がたっぷりありすぎるから、探るのしんどそうだなあ」

 腐っても勇者である。

 意識してみれば、たっぷりと魔力と法力を備えているのだ。僧侶や魔法使いのそれと違い、訓練で整えられていないので、濾していない原酒のようにくどくてあくが強い。

 しかしネロはピクスリアの額をわしづかんだ。

 どっぷ。

 そんな音がしそうな感覚とともに、ピクスリアのくどい力が流れ込んできた。

 しばらく放出されて無かったのか、出したくてたまらなかったらしい。

「うあー、濃い、濃い、気持ち悪い」

 酔いそうで、すぐに離した。

 手の中で混ざってそうで気持ち悪い。

「手首から切り落としたい」

 冗談であるが、気持ち悪いのは本当だ。

 魔公のタリスマンに吸い取ってもらおうかと本気で考えた。

 とはいえ、良いサンプルが取れた。

 ピクスリアの魔力を、自分の魔力と一緒に放出し、紙に書いた魔法陣に浸透させる。

「なんと器用な……」

 ファールーカが呟いている。

「この魔法陣は簡易的な魔法解析式だ。一般にも出回っているぞ。知らないのか」

「知りませんでした」

「ならメモしとけ。今後役に立つかもしれない。もう少しくわしい専門式が知りたければ、俺の知っているやつで良ければあとでいくつか教えよう」

「……よろしいのですか?」

「調べれば本に載っているし、特許があるわけでもないからな」

 話している間に、魔法陣がほどけた。

 反応した部分の文字を読み解いてみたが、ピクスリアの魔力から解析できたのは主に睡眠の魔法で、これはファールーカがかけたものだろう。

 睡眠の魔法では反応しないはずの文字めあり、それを集めてみたが、情報は少なかった。

 もう一度ピクスリアに触れる。

 入り込んでこようとする魔力や法力を押し返し、ネロの解析魔法を潜り込ませた。

「くっ、う……っ」

 ピクスリアは苦しそうに呻いた。

 その時、ピクスリアのなかで活発に動き出した魔力があった。

 とっさにそれに照準を会わせると、微かだが、ピクスリアのものとは違う種類のものだった。

 種類まではわからない。

 ピクスリアの魔力とほとんで同化されてしまっている。

 時間がたちすぎていたか。

 長いこと異質な魔力を体内にとどめておくと、細胞や器官がそれを取り込み、同化してしまうことがある。

 汚染ともいう。

 回復魔法をかけすぎて、効きにくくなること。

 呪いを受けすぎて、体がそれを覚えてしまい、たとえ呪いを解いても症状がで続けてしまうこと。

 同化や汚染が進めば、大変なことになる。

 このままでは、なぞの精神操作が体に刻まれてしまう。

 ネロは試しに、サヴァランの魔法公式を使ってみた。とっておきの魔法である。僧侶ファールーカに知られたくはなく、ネロは口の中で含むように呪文を唱えた。

 長い詠唱だった。

 魔力を紡ぐのも繊細さが必要で、しかもピクスリアの持つ魔力うがドロドロしているので、なかなか浸透してくれなかった。

 結構な時間が経った。

 呪文が終わる。

 ピクスリアの体がほのかに光った。魔法が成功した証拠だ。

 けれど、ピクスリアの同化もしくは汚染状況はさっきと変わっていなかった。

 つまり、あの魔力とは全く別物。

 舌打ちが出そうになった。厄介なことになっている。

「どうでしたか、ネロ魔法師」

 ファールーカが訊ねてきたが、ネロは小さく首を横に振った。

「……、……、……、解毒しようか」

 思い付いたのは、いわゆるデトックスだ。

 大量の魔力を注入し、大量に放出させる。

 そして空にして、新しい魔力を生成させるのだ。

 しかし、ファールーカとデュジャックにそれをいきなりやるのは気はが引けた。

 なので、

「おい、起きろ」

 と、ピクスリアをひっぱたいた。

「ってー! な、なんだなにが起こった!

 ピクスリアはびっくりして、そして混乱しながら目を覚ました。

「よお、起きたかナンチャー」

「え、あ、あれ? 先輩? 先輩だ! 先輩がいるううううう!」

「お前をこれから俺の魔力でいっぺん潰す。そしたらこれを飲め」

「え?

 ネロは特性万能薬の瓶を差し出した。

「落として割るなよ、もったいないからな」

「え? え? これなに? どんな状況?」

 ネロはガシッとピクスリアの頭をつかみ、全力で魔力を流し込んだ。


 ドン!


 そんな衝撃と共にピクスリアが

「ぐえっ」

 と呻いて白目を向いた。

 その手から万能薬が落ちそうになったのですかさずつかみとり、ピクスリアの口に突っ込む。

「ぐふっ、んぐふっ」

 ピクスリアは白目を向いたまま薬を飲み干した。

 万能薬は速効性がある。

 目を覚ました頃には、純粋なる己の魔力のみになっているだろう。

 手遅れでなければ、だが。

「これでだめなら、魔法師団で集中治療だな」

 サヴァランが喜ぶサンプルとなるかもしれない。

「こいつの様子を見てから君たちにもやってみようか。今はひとまず、抗精神魔法薬を作るから、それを飲んで休んでく……れ……?」

 振り替えると、そこにファールーカとデュジャックは居なかった。

 忽然と消えていた。

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