第52話 ネロ それは勇者ピクスリア

 その男の特徴といえば、まず第一にあげられるのは、銀髪赤眼という容姿だろう。

 端正な顔立ちとも言えるが、少し目付きが悪く、けれど屈託の無い少年ぽさもあった。

 いや、子供っぽさだ。

 ネロは僅かに見上げるようにして、勇者ピクスリアの奇妙な喚きを聞いていた。

「忘れたなんて言わないでくださいよ、先輩! こんな特徴的ななんちゃって勇者は少ないですよね? 銀髪ですよ、赤い目に、この均整のとれた抜群のスタイル! ほら、どこからどう見たって勇者として生きる為にこの世にやって来たとしか思えない!」

「黙れよ」

「そう! それですよ、先輩。あなたは昔、そんな俺に今みたいに言ったんですよ、思い出してくれましたか? ナンチャーです」

 喚いた最後に、勇者ピクスリアは胸に手をあて、良い顔を作った。

 なんだこいつ。ネロは本音を口にするのをこらえた。

 確かにかつて拾い集めことごとく捨て直してきたなんちゃって勇者の中には、銀髪で赤い目をした自意識の高い盗賊崩れがいた気がした。

 記憶の沼に深く沈んでいるが、いたような気がする。

「思い出す労力が無駄だな」

「冷たい。相変わらずの冷たさ。しかし知ってます。先輩はとっても優しいってことを! 無駄と言いながら一所懸命に俺を思い出そうとしてくれているんですよね」

「はあ? 変なこと喋ってる暇あったら掃除でもしろよ」

 吐き捨てるように言い、ネロは踵をかえすと納戸らしい扉を開けた。そこには予想通り掃除用具が仕舞われていて、何本かあるモップのうち、二本を手に取る。

 そして一本を勇者ピクスリアに渡すと、無言で水浸しの床を掃除し始めた。

 ピクスリア・アーチ。

 盗賊アーチ。

 とうぞく。

「……」

 思い出した。

 その衝撃に、ネロはビクッと震えた。

 いや、思い出したが、別人だろう。そうとしか思えないほどに見た目が違う。

 ゆっくりと振り替えると、銀髪赤眼の長身のイケメンは仲間たちとなにやら会話をしながらせっせと掃除をしていた。

 いや、違う。

 盗賊アーチ、別の呼び方で言うところのナンチャーはこんなやつじゃなかった。

 もっと薄汚くて、明らかに盗品のアクセサリをジャラジャラつけて、魔法具のボーガンと短刀で「金目のものを出しな、ニーちゃん」と脅してくるようなクズだった。「国家公務員様のくせにチャラチャラしてるじゃん? この魔法具も俺たちの税金かな? ん? 贅沢なアイテム買うためにたっかい税金を俺達から徴収してたってわけ? 許せないよなー。つまりこれって俺のものじゃん?」などと言いながら首飾りを引っ張ってきたので有無を言わせず鳩尾に一発拳をぶちこんでやった。

「偉そうなことは税金を払ってからほざきやがれゴミが」

 と優しい言葉を添えて。

 そいつなら確かにいた。

 自称勇者の卵。未来の英雄。

 盗賊アーチ。

 そんな馬鹿な。

 ギギギギ、そんな音が首の骨からしそうな具合で、ネロはもう一度ピクスリアを振り替える。

 シュッとした好青年がそこにいる。

 自称勇者の卵、盗賊アーチはあの時単騎で地下の洞窟にいた。

 かつて迫害を受けていた宗教団体が作った人工洞窟だった。現在では国が管理している。正確には封鎖して、隠している。

 その宗教は悪魔崇拝で有名で、少し宗教史をかじった者ならその実体を知っているはずだ。

 魔人を悪魔としたてあげ、崇めて洗脳し、カンバリアという国に対してテロ行為をさせる反政治団体だ。洗脳がうまくいったのか、もしくは単に魔人達が独立に目覚めただけなのかは意見が別れるところだが、かなり力を持った魔人達が人間を襲いはじめた。

 それこそ『悪』魔であった。

 カンバリアと宗教団体の対立は深まり、しかしカンバリア側が優勢。宗教団体は地下に逃げ込んだ。

 そして悪魔たちは秘術に手をだし、人よりはるかに上回る魔法力を糧に、カンバリアに数多の呪いをかけたとされる。

 やがて長い時間をかけて、その宗教団体は実体を無くした。

 そして地下のアジトは封鎖され、国が厳重に管理している。

 そこに単騎で乗り込んで、さんざん封印をいじくり回したあげく、秘術によって生まれ眠っていた魔人達を解放してしまったふざけた自称勇者が、どこをどうみたって盗賊のアーチだった。

 銀髪赤眼は勇者の証。こんな姿に生まれたならそれはもうそれだけで勇者!

 そんな頭が痛くなる主張でギルドに入ったアホだった。

 それが爆炎の勇者だと。

 信じられるか信じたくない。

 とんでもない大出世じゃないか。

 あのアホが大出世している間、こちらといえば部署をたらい回しにされたあげくの平団員である。

 なんなんだ。

 どうなってるんだ、世の中は。

 出世には興味はないが納得いかない。

 畜生、周りはこんなのばっかりか。

「先輩! 先輩! こちらの掃除は終わりましたよ」

「ああそうかよ。じゃあとっととどっかいけよ」

「冷たい! 相変わらずですね、そこが良い」

「なんなんだお前……」

 ネロもあらかた掃除を終えたので、勇者ピクスリアからするっと離れた。

「先輩先輩、先輩がここにいるってことは、この森に起こってる重大な状況に国はちゃんと気付いてるってことですよね」

 ネロは無視を続けた。

 無言で掃除用具をしまう。

「いやー、良かった! 避難は素早く進んでもまったく支援が来ないんで、カンバリアの内部を疑ってましたよ。もしかして内通者がいたんじゃないかとか、ハルリアは切り捨てられたんじゃないかー、とか! ふふ、しかし先輩が来ているなら一安心だ。この爆炎の勇者ピクスリア・アーチ、先輩の手となり足となり、ハルリアの救済に尽力する所存!」

 後半、とても良い声でなにかを喚いている気がしたがネロは一切反応してやらなかった。

 そのまま談話室にいったり水を取ってきたり資料室に行こうとしてやめたりしたが、勇者ピクスリアはずっとくっついてきた。

「先輩先輩、先輩ってば、ちょっと見てくださいよ、勇者の紋章ですよ、これ本物なんすよー。見てくださいってばー。これ先輩がいつもつけてたペンダントと似せてみたんすよ。ほら、仲間にしてください弟子にしてくださいって頭地面に擦り付けてお願いしたのに聞いてくれなかったじゃないですか。だから!」

 だからってなんだ、だからって。

「先輩は言ってくれましたよね。この紋章はなんちゃって勇者ごときがつけられるしろもんじゃねーんだよくそが。てめぇは勇者じゃねえナンチャーだよナンチャー! しかも勇者目指してるやつがこの紋章つけたいとか間違っても口にするな。勇者の誇りを持ちやがれ! って!」

 言ってそうな気がしてきた。

「ほんと俺バカでした。先輩に助け出されて、それから知ったんです。先輩がさげてたペンダント、魔法師団の物だって。……あんなに嫌っていた魔法師団の紋章を、俺は知らなかった。……バカでした。そして魔法師を知りもせずに嫌悪していたことを恥じました。……俺、勇者を一旦諦めたんです。そして、先輩と同じく、魔法師団に入ろうと思いました」

「…………」

「………………、先輩…………、魔法師って………………くっそ難しいんですね。なるの」

「……………………」

「やっぱ俺には勇者しかない!」

「………………」

「なので、勇者になりましたよ! 先輩に追い付けましたか? 見てくださいよ、この紋章を」

 こいつは本当に、盗賊アーチ、なんちゃって勇者のナンチャーなのだな。

 ネロはようやく、勇者ピクスリアを真正面から見た。

 ピクスリアは嬉しそうに勇者の紋章を指でつまみあげて見せた。

「これ、魔法師団の意匠登録に似すぎてるって言われて何度も作り直しさせられたんです。だからなんか微妙に似てない感じになっちゃって!」

「………………」

「これもダメだって言われたんですよ! けど粘って粘って粘って、これ以上譲らないってマジな顔で迫ったら俺勝利フー!!」

「……」

 こいつ駄目だな。

 口を開いちゃいけない種族の勇者だ。

 しかし、なにはともあれ、魔法師団の紋章に似ているその勇者の証は、マーガレットが大事にしていたペンダントと同じだった。

 勇者ピクスリアに間違いはない。

「分かった、勇者ピクスリア。お前が勇者だってことは認めるよ」

「ナンチャーであることは認めてくれないんすか?」

「ちょっとそれは少し置いとけ」

「冷たい!」

「いいから」

「良くないです、良くない良くない、良くないよ! あーーー!」

 今度こそ本当に勇者ピクスリアは奇声を上げた。

 流石にネロは怖くなった。

 しかしより恐怖を感じていたのは、仲間たちのようだった。

「ピ、ピクスリア、落ち着いて」

「そうだ、どうしたんだアーチ……、おい」

 僧侶と戦士が狼狽えながら、勇者ピクスリアの周りをうろうろしている。

「あ! 先輩、俺の仲間です!」

 パッとピクスリアは真面目な顔を作ったが、その変わり身の早さが怖かった。

「まずこちらの、」

 とピクスリアが説明をしようとすると、それを押し退けるように僧侶が前にでた。

 淡い緑色の髪は長く、透けている。美しい女性である。しかし眼球が人間のものとは違うように見えた。なにが違うか答えろといられると言葉に窮するが、ともかくどこかが違う。

「はじめまして。私は僧侶のファールーカと申します。ご覧の通りの魔人でございます。樹人と虫人と精霊の血が交じっております。僧侶と申しましても、カンバリアの教会ではなく土着信仰の僧侶でございます」

 ネロの視線から察したのだろう。ファールーカは自分の血筋を自ら告げた。

 続いて戦士だ。

「私は剣士にして戦士デュジャック・ド・サー。剣術には一家言あるつもりだが、ほかの武器や兵法にも通じている。他国では傭兵としてならし、カンバリアでは国境兵と空挺の船員をしていた。今は爆炎の勇者の仲間となり、旅をしている」

 ド・サーということは、平民出から騎士の名誉を得て、一代限りの騎士階級を授与されている。ド・サーの価値は代々の騎士階級よりも上だ。

 なかなか波乱万丈な人生を歩んでいるようだ。歳はまだ若いだろう。ネロよりも少し上くらいだろう。

「はじめまして。私はネロ・リンミーだ。カンバリアの、」

「魔法師団の裏ボスなんですよね! 先輩!」

 ピクスリアが割って入ってきた。

 仲間たちが、ああ……、と呻き遠くを見つめた。

「先輩は貴族で双子で頭がよくって、天才でめっちゃ強くって、カンバリアで起こる数々の難事件の尻拭いに暗躍してるんですよね! 魔導師サヴァランの片腕にして、勇者狩りのネロって異名があるんですよね」

 初めて聞いた。

「勇者を名乗る人間の鼻っ柱をことごとく折りまくって、説教して捨てて行く氷の悪魔!」

 初めて聞いた。

「めっちゃくちゃ調べたんです、先輩のこと、聞きまくりましたよ、もう、先輩って今どこの部署なんですか? 俺と出会ったときは鉱石魔法課でしたよね。その次は魔法武器設計ですよね、んで呪術課に古代文字解読からの古代魔法解読、魔法開発、それから、それから! 神獣と、魔獣と、あと、あと、あと、」

 なんでこいつそんなこと知ってるんだ。

 ゾッとした。

 ピクスリアは興奮のあまり過呼吸ぎみだ。

 はあ、僧侶ファールーカがため息をつき、スッとロッドを掲げる。

 ほわっと光が生まれたかとおもった次の瞬間、勇者ピクスリアがガクンと崩れ落ちた。倒れる直前を戦士デュジャックが支えた。

「眠らせました。……ネロ魔法師。……ピクスリアがこんなに興奮するのを見たのは仲間になって初めてです。よほど貴方に会えたことが嬉しいのですね」

 ファールーカは儚い笑みを浮かべた。

「ソファにでも寝かせてこよう」

 デュジャックがピクスリアを肩に担ぐ。

 慣れた足取りで談話室に入っていった。

「……、予定外なことに……どうしましょう」

「予定外?」

「あ、……はい、実は私たちは、行動が制限されているようなのです」

「というと?」

「なにかの魔法にかかってしまったようで、……時間魔法かなにかだと思うのですが、……」

「同じ時間を繰り返す……とかか?」

「時間を飛ばされている、と言うのが、近いかもしれません。気がつくと、いつの間にか数時間経過していているのです。いえ、時間を飛ばされているのではなく、時間を止められているのかもしれません。……ともかく、時間がきちんと動いている間に、やらなければならないことがあるのです……。しかし」

 ピクスリアが運ばれた部屋を見て、ファールーカはため息をついた。

「……やらなければならないことというのは、仲間を探すことかな?」

「どうしてそれを?」

「マーガレット」

「マーガレットをご存知なのですか!」

「ああ。拾ったんだ」

 ファールーカが目を見開く。

「そしてここまで一緒に来てる。仮眠室で寝ているよ」

 ファールーカは口許を手でおさえ、涙をポロポロと流した。

「よかった、本当に生きていたのね、よかった……!」

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