第51話 ネロ それは奇襲か邂逅か


 ソワゾの目がうつろになってきた。

 まだ聞きたいことは山のようにあるのだが、ここらがひとまず限界だろう。

「疲れただろう、異空間の中に戻ってくれ。……コルセッカとやらとは縁が切れたとは言っても、お前はまだ捕虜の身だからな」

 ネロは再び異空間の中へとソワゾを戻した。

 そして二体の魔も傍につかせた。

 空間を閉じると、ネロは体を投げ出すように椅子に座った。

「あー……」

 とんでもないことを聞いてしまったし、してしまった。

 残った八体の魔は、まだ大きな姿のままで残っている。それをちらりと見て、ネロは玉息を吐く。


《ネロ様》


《マスター》


《マイマスター》


 魔たちは少し遠慮がちにネロにまとわりついてきた。


「あー……、面倒なことになったな……」


《ネロ様 疲れた?》


《ネロ様 もう寝る?》


《ネロ様 疲れた?》


 振り払うのも面倒だった。

 どうやってこれをサヴァランに伝えればいいのだろうか。

 いや、サヴァランはほとんどを知っているかもしれない。国王とつながりがあり、しかも王族専属の魔術師の家系で、魔法師団の所長である。知らないほうがおかしい。

 カンバリアは宣戦布告を無視した。

 国王は動かない。なにかを秘密にしたいらしい。

 主導権は魔法師団で握りたい。

 軍が動かない。

 人工衛星もおかしくなった。

「……」

 サヴァランは何を知っていて、何を知らなくて、何が知りたいのか。

 考えなければ。

「……」

 そして、それを知ったサヴァランは何をしようとしているのか。


 ビー!

 ビー!

 ビー!


「なんだ!」

 突然の警報音がネロの思考を遮った。

 音の出どころに目を向け、すぐにモニターを確認する。

 侵入者警報だ。

 暗闇を映し出しているはずのモニターには、眩い光の筋がいくつも走っており、その先には人影のようなものが複数見えた。

「くっそ、コルセッカってやつの手下か?」

 ソワゾ級の魔人が複数、しかも無傷の状態で襲ってきたら、ネロとて勝てる気がしない。

「魔よ、力を貸せ!」


《はい ネロ様》

《はい ネロ様》

《はい ネロ様》

《はい ネロ様》

《はい ネロ様》

《はい ネロ様》

《はい ネロ様》

《はい ネロ様》


 ネロは杖を抜き、魔法剣を腰にさした。

 侵入者の姿はモニターから消えている。

 魔たちは風そのもののように軽やかにネロの周りを浮遊している。

 その魔を引き連れて、そっと廊下へ出た。

 電気が消えているため、辺りはよく分からない。玄関の外にある街燈が、窓を通してうっすら入り込んできている。

 マーガレットは、この警報音で起きてくれただろうか。呼び行く暇はなさそうだ。

 廊下の向こう、ドアがゆっくりと開いた。

 入ってくる。

 誰だ。

「誰だ!」

 ネロが叫ぶ前に、ドアの向こうから大声が飛んできた。

 若い男の声だった。

 同時にネロにめがけて炎の矢が放たれた。

 屋内で火。

 とっさに避けると、炎の矢は背後の壁にぶつかり、刺さることなく床へ落ちる。

「ふざけるなよ!」

 運よく火はすぐに消えたが、攻撃をされたことと、それが火の魔法を伴ったものであることに怒りを抑えきれない。

 ネロは杖のかわりに剣を握り、水魔法の印に魔力を通しながら駆け出した。

 これ以上屋内で火魔法を使わせてなるものか。

 魔法発動前に切り殺す。

 ひときわ大きな姿の影がネロの前に立ちはだかった。剣士のようなシルエットだった。その腕には大振りの剣が見えた。

 振り下ろされる刃を、ネロの魔法剣が受け止める。

 その瞬間に水が剣をまとい、更に切れ味を増して相手の剣をスパッと切った。そのまま剣士らしきものを切ってもよかったが、すぐに隣の影が剣をふるってきたので、それを受け止めた。

 再び水魔法が発動されたものの、今度の影はすぐに打ちあいをやめて後ろに下がった。

 敵はもう一人いた。

 長いロッドを持っているので魔法使いか僧侶だろう。しかしそのロッドの持ち主も素早い動きで退き、なにか呪文を唱え始める。

《マキュー》

 ネロはとっさに小さな水球を大量に作り、円を描くように辺りに放った。

 室内は水びたしだ。

 だけれど、小さな火魔法ならば無効化できるし、水球弾の威力は大男を吹き飛ばして骨を砕くくらいの威力にはなる。

 三つの影は見事に吹っ飛んでくれた。

 けれども一つの影は、またもや見事に体制を整えて、剣をふるってくる。

 結構いい腕だった。

 水で足元がおぼつかなく、暗闇であるので視界もわるいというのに、的確に攻撃をしてくる。

 かといってネロも負けているわけでもない。

 剣の腕は一応師範の資格を取得しているし、なによりサヴァランからの無茶な命令をこなすうちにその辺の剣士よりはずっと強くなったという自負がある。

 ただ、目の前の影が、意外とやるのだ。

 ヒューイやクインくらいは、やる。

 その辺の剣士と比較するのは失礼な腕前だ。強い。

「ファールーカ! 灯りを!」

「はい!」

 ネロと剣を合わせている男が言い、女の声が返事をする。

 そしてネロは背後から強い力で肩を掴まれた。

 剣を折った剣士だろうと思った。

「魔よ!」

 ネロが叫ぶと、控えていた魔の一体が銀粉をまき散らせながら飛んできて、目の前の男と背後の剣士を吹き飛ばした。

 そして少し離れたところで、女性が小さく悲鳴を上げた。

 僧侶らしき女だろうと察するが、できれば彼女には電気なり明かりをつけてほしかった。

「くそ、やはり魔族だったか!」

 ネロが魔を呼んだため、そう思ったのだろう。

「魔人よ、すぐにここから去れ。でないとお前を倒さなければならない」

「……」

 魔はネロの傍にやってきて、キラキラと光の粉を撒きながらくっついた。

 はたして相手にはこの魔が見えているのだろうか。

「この非常事態だ、お前も逃げてきたのだろうとは察する。しかし、ここは限られた人間しか入れぬ施設。……カンバリアの魔人であれば分かるはずだ」

「……」

「返事がないというのならば、……そうか、……逆にここから出すわけにはいかない!」

 目の前の男が再び剣を握り直した。

「我が名はピクスリア! 勇者ピクスリア! 貴様を討つ者の名である!」

 勇者ピクスリア。

 覇気のこもった声と共に、剣が振り下ろされた。

 それをネロは受け止める。

 キィン、耳障りな音がしたと同時に、パッ明かりがついた。

 目の前に、銀髪の青年がいた。

 その双眸はは血のように赤い。

「……な……!」

 銀髪赤眼の勇者は、ネロを見て目を見開いた。

「……え? ……、そんな」

 剣をひき、信じられないような表情で一歩下がる。

「初めまして、勇者ピクスリア」

 ネロはゆっくりと剣を鞘にしまった。

 勇者ピクスリアは特徴的な容姿の、ちょっと優男風の青年だった。

 そして顔に大きな傷のある剣士。もしかしたら戦士かもしれない。

 ロッドを持って、電気のスイッチを触っているのは女性だった。この女性は人間ではなく魔人かもしれない。人間と変わらない姿に見えたが、どこか人外の雰囲気がある。

「爆炎の勇者、だったかな。私の名は、」

「先輩!」

 ネロが名乗ろうとしたとき、勇者ピクスリアが震えた声でそう叫んだ。

「は?」

「ネロ先輩! お久しぶりです!」

「は? 誰だよ」

 勇者ピクスリアである。

「俺です、ピクスリアですよ、ピクスリア・アーチ!」

「知ってるよ。いや、誰だよ」

 勇者ピクスリアとは初対面であるし、名前だってマーガレットにあってから初めて聞いたのだ。

「忘れちゃったんですか! 俺ですって! ナンチャーです! ナンチャー! なんちゃって勇者の『ナンチャー』! 先輩! 会いたかった!」

「いや、誰だよ」


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