第37話 ネロ それは木と炎の大蛇



《リテリアの精霊よ、あれは……なんだ》


《あれは まがい物の魔の力の炎 それで焼かれ炭となった 木 それが集まり まがい物の魔の眷属となり果てた 生き物》


《新たな魔物ということか》


《魔物などではありませぬ 哀れな生き物でございます》


 蛇がぐぐっと体を後ろに傾けたかと思ったら、その巨体からほ想像できない軽やかさで跳躍した。

「なんだって!」

 とっさにロッドを上に掲げる。

 アンキラの壁がロッドの先に浮かんだ。その壁を蛇に向かって思い切り放った。

 だが、なんと蛇は空中で体の位置を動かし、それを避けたのだ。

「ふざけやがる!」

 ネロは意地になってロッドを繰る。

 アンキラを高速回転させ、ロッドを斜め下にふった。その動きにそってアンキラが蛇に襲いかかる。

 蛇の胴体に見事に命中したが、真っ二つにする前にアンキラの効力が切れた。

 同時に蛇は大地に落下し、木々をへし折る。

 そしてへし折った木を吸収し、回復した。

 嘘だろ。信じられない。

 木のそばにいたら、あの蛇は延々と回復し続ける。

 木に効果的なのは火。

 しかし、リテリアの精霊は、炭からできたと言っていた。火はむしろ力を与えることになりかねない。

 そう思った矢先、蛇がガバッと口を開けた。一瞬毒を吐かれるかと思った。

 だが吐かれたのは炎。

 ネロはそれにあわせて水魔法を放った。

 無詠唱。いや、魔法ですらない。

 しかし期待以上の水が出た。このロッド、精霊もいないし変な魔力が刻み込まれているが、もともとの造りが傑作品だ。

 水蒸気爆発寸前、辺りには水蒸気が立ち込める。

 こうなっては蛇には好都合だ。水蒸気に潜み、獲物に音もなく忍び寄るだろう。

 やすやすとできると思うなよ、とネロは再びロッドに力を込めた。

 使い物にならないかと思いきや、かなり使える杖だ。

 呪文のなんたるかを把握しきっていなかったマーガレットさえをも、炎竜とかいう二つ名をつけられるほどの魔法使いに仕立てあげたのだ。無詠唱でも、むしろ呪文など存在しなくとも、操縦者のイメージを形にしてくれる。


《水よ 水よ 大気に遊ぶ水たちよ 我が元に集い 我が声に踊れ》


 水蒸気が吸い寄せられるようにロッドの先に集まってくる。

 瞬く間に視界が開けた。

 そして蛇がすでに背後に回っていたことに、冷や汗が出た。

「っ……」

 ネロは後ろを振り向かず、ゆっくりと背にかけていた剣を掴んだ。

 そして一閃。

 引き抜くと、間髪いれず剣をふる。その流れに乗って足を組み換え蛇に対峙すると、ロッドを持つ手を背中に回し、魔法剣に集中した。

 ガパッと口が開いた瞬間、目の前には炎が迫っていた。

「くっ!」

 水蒸気を集めた水で放ち、なんとか直撃を避けられたが、その爆発力でネロは大きく吹き飛ばされた。風をまとって緩やかに着地はできたが、辺りは再び水蒸気の霧によって視界が悪くなっていた。そもそも夜である。結界柵やその周りの電灯の明かりが、分厚い水蒸気によって遮られてしまった。

 どこにいる。

 蛇の注意すべき点はその俊敏性、そして音もなく近寄ってくる静かさ。人間がかなう速さではないし、気配を追えるものでもない。

 ネロは再び水蒸気を集めた。それを魔法剣にまとわせる。

 水の魔剣。

 視界が開けるのと同時に、蛇は素早くネロに襲いかかってきた。けれども、ネロが避けたり反撃しそうになると瞬時に身を引く。

 巨体でありながら、その反射は人間をはるかに凌ぐ。そして吐き出される炎がネロを追い詰めた。。

 それでもネロは懸命に攻撃を回避し、剣先を蛇の皮膚に這わせる。硬い。切っている感覚がまるでない。堅い木の肌を削っている感覚だ。

 そして熱い。

「はあ、はぁ、くっそ……、動物との戦いは苦手なんだよ……」

 蛇というより、熱を持ちこうこうと赤く燃える炭だ。

 近くにいたくない。

 しかし後ろに下がろうとすれば、あっという間に喰われそうな気がする。

 接近戦は悪くはないが、有効ではない。

 大魔法を使おうか。

 動物との戦いの醍醐味はそれしかない。

 けれど、すぐそばには国立公園、リテリアの森。そして大勢の人間。

 なにより、結界がある。

 大魔法を使えば地形が大きく変わる。

 この距離では、国家が作り上げた超巨大結界を破壊してしまうだろう。

「くそ……、はぁ、はぁ、」

 いや、違う。

 違う。

 そんな理由ではない。

 結界が壊れるとか、それはどうでもいい。

 どうでもいいのだ。

「くっそぉ!」

 ネロは魔法剣から一筋の水の刃を発した。それに驚いた蛇の方から退いてくれた。すかさずロッドをかざす。


《水よ 今こそ踊れ!》


 ネロは高らかに叫んだ。

 ネロがイメージする踊りとは、熱だった。

 音にあわせて踊り続けると、全身の細胞がくまなく熱をもち、体の中に火が埋まっているような感覚になるのだ。

 そうだ。熱だ。

 ネロは閃いた。

 植物を育てるには、やってはいけない事柄が幾つもある。

 そのうちの一つ。


《水よ 沸け! 踊れ!》


 ネロは興奮して叫んだ。

 再びロッドの先に液体が出現する。水ではなかった。湯である。水が今、湯に変化していっている。 

 熱のもとが一切ない状態での変化。魔術式も法術式もありはしない。

 やみくもにイメージだけで作り出した、魔法とすら言えない雑な魔法だ。

 雑すぎて魔力の消費が激しい。

 湯が沸いた。

 通常の沸騰よりも高く、自然界ではあり得ない高温の湯だ。


《熱き水よ! かの者を貫け!》


 ネロの命令と共に、高温の湯が鋭い切っ先を得て放たれた。

 湯の矢は蛇を貫いた。

 しかし蛇はケロリとしている。

 ダメだったか、と肩を落としそうになったとき、矢の刺さった部分がぐちゃりと地面におちた。

 水分によって火が消え、湯によって木が死んだ。

 どうやら蛇の主体は火ではなく木だったようで、一部の木の死が連鎖を起こしてゆく。

 蛇は悲しそうな目をした。

 生まれて間もなかったのかもしれない。

 立ちこめ始めた水蒸気に、蛇の姿が隠されてゆく。

 こうこうとしていた赤い体が、水蒸気の向こうで薄くなっていった。

 これでこの魔物らしきものは死ぬ。

 ネロはそれを見下ろしながら、肩の荷が下りた気がした。

 駆除できた。殺せた。

 つまり、守れた。

「……、ちっ」

 

《魔の力を持つ者よ》


 リテリアの精霊の声が、耳の奥に届いた。


《なんだ》


《その哀れな生き物を 救ってやってくださいませんか》


《もう死ぬところだ》


《まがい物の魔の力を 拭ってやってくださいませ さすれば この地に戻れましょう この地に生きた木であったのですから》


《……そうか》


 やはりこの精霊は優しい。

 しかし、拭うといってもどうすればよいだろうか。方法はいくつかあった。実験や研究をするために魔力や法力を抽出することもある。聖剣や魔剣にまとわせるように抜き出すこともままある。

 ネロは少し考え、おもむろに胸元からサヴァランのタリスマンを引っ張り出した。


《かの者に宿る 火を 吸え》


 タリスマンが少し光る。

 そして蛇は真っ黒い炭の塊となり、灰色に濁ってゆく。

 やがて再び水分によって黒くなり、命がついえた。

 ネロの前には、水に濡れ、使い物にならない炭の山があるだけだ。

「……」


《力よ、魔よ》


 ネロは再びタリスマンに囁いた。

 タリスマンが光り、反応を示す。

 ネロの魔力に慣れたのか、それともネロがタリスマンに慣れたのか、やみくもに魔力を吸われることはもう無さそうだ。


《あのモノに、かつての魔の加護を》


《……マナの力を持つ者よ 感謝いたします》


 そうリテリアの精霊な涙を流した。

 しかし、タリスマンからマナの魔力が放たれることはなかった。

「……」

 ネロは考えていたことがある。

 封印されている魔王の力を取りだし、吸収できるのではないか、という考えだ。ヒューイのことを思い出すと胸がじくじくと痛んだ。なんと、恐ろしい考え。他者の力に依存するなど、おぞましい考え。

 しかし、今は少し違う思いもある。

 封印されている魔王の力が、マナという魔王のものだと知ったからだ。

 マナの魔力ならこの身に宿してもいい気がする。


《マナの魔力よ 我が身に》


 ポソリと呟いた。

 タリスマンが鮮やかな紫色に光った。

「!」

 そして魔力がネロに注ぎ込まれて行く。

「くっ!」

 しかしその量、尋常ではない。

 破裂しそうだ!

 ネロはたまらずタリスマンを外し、投げ捨てた。

 しかし、タリスマンからは力が注ぎ込まれ続けた。


《やめろ!》


 命じて、やっと止まった。

「はあっ。……たく、吸うときも入れるときも容赦ないな。製作者の性格を疑う」

 本当に破裂するかと思った。

 恐る恐るタリスマンを指でつついてみた。もう注ぐことも吸うことも無さそうだ。

 ほっとしてタリスマンを拾い上げ、首に下げる。


《そのタリスマン マナの香りが いたします しかし そのタリスマンは あまり好きでは ありません》


《私も同感だ》


 ネロは自分の体に意識を向けた。

 不思議だ。先ほどは魔力によって破裂するかと思ったのに、今はまったく違和感がない。マナの魔力は綺麗に体に馴染んでいる。

 なるほど、魔力の源だと言われている力なだけはある。

 ネロは炭の屍に歩み寄った。

 そして手をかざし、マナの魔力を柔らかく放出する。

 マナの魔力は金粉のように変わり、さらさらと炭にかかった。

 そして、魔力がかかった一本の枝がクリンと丸まった。

 ひょっこりと鎌首をもたげる。

 黒い、つやつやした一匹の蛇になった。

 可愛らしい丸い目をした、子供の蛇だ。


《お。マナの魔力が宿ったのかな。魔物に生まれかわったようだ》


《まあ おめでとうございます》


 祝われるいわれはないのだが、リテリアの精霊は心から祝福しているような顔をネロに向けた。

 子蛇はネロにすり寄ってきて、足首に絡み付いた。


《この蛇は リテリアの森で引き取ってもらえるのだろうか》


《もちろんでございます》


《……どうすれば足から離れるだろうか》


《魔物の子よ 主が困っておいでです 離れなさい》 


 主ではない。

 そして離れる気配がない。

 しかたがないのでそのままにしておくことにした。

 森に入ったら適当なところで放してやろう。また森の気に馴染めば、自ら離れてい行くかもしれない。


《リテリアの精霊よ。森の中にはこのようなまがい物の生き物が沢山いるのか》


《はい また 魔獣や神獣が まがい物の魔力にあてられ 凶暴化してしまったものもおります》


 カヤト鹿や神獣アンルーのようなものが、そこらにいるということか。このような時こそ、契約している精霊たちに力を借りたい。


《どうやっても私の契約している精霊は、リテリアに召喚できないのだろうか?》


《我が地の生き残った精霊たちでは 足りませぬか …… そうですね あなた様の中に隠れている 魔 それらは この地の魔 中に入ることを許しましょう》


 あいつら俺の中にいるのか。

 ネロにとっては驚愕の事実である。

 今頃、ネロの体の中に入り込んだマナの力に狂喜乱舞しているに違いない。

 もしかして、マナの魔力がすんなり馴染んだのはあいつらのお蔭だろうか。


《感謝する。私も力を尽くそう》


《ありがたきお言葉》


《ところでさっそくだが》


《なんなりと》


《安全なところで夜営をしたいんだ。良い場所を教えてくれ》


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