第35話 ネロ それはただの木の棒です

 暴走した炎による被害はなさそうだった。

 通りには人っ子一人いない。どこかに避難しているのだろう。

 そこに警官らしき人物がやってきた。

「き、君たちかね? こんな町中で魔法を使ったのは」

 マーガレットがピンと背筋を伸ばした。

「は、はい! わたしで、」

「ああ、すみません。私です。途中で杖が壊れてしまいまして。申し訳ございません」

 マーガレットを遮って、ネロは頭を下げた。

「……君は魔導士かね? そうは、……見えないが……」

「勇者です」

「え? ネロさん?」

「……そうか。……その背中の剣は……勇者の証か?」

「はい。ご覧になりますか」

「いや、……、勇者か。……今後はこのようなことはないようにな」

 警官は深く追求せずに去っていった。

「……、……、あの、ネロさん……? なんで、警察官の方はすぐに放免してくれたんですか?」

「俺が勇者と名乗ったからだろ」

「……、それだけで?」

「ああ。さっさと逃げるぞ。勇者を名乗って顔を覚えられたらなにかとマズイ」

 ネロはマーガレットの荷物を抱えると、速足でその場を後にした。



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 リテリア宿を出ると、細い道が続く。

 途中に分かれ道がいくつもあつが、そのほとんどがリテリアの森に伸びている。

 もちろん、リテリアの森にはつながらない道もある。

 ただ、どれも別の森を通らなくてはならない。

 ロキはリテリアの森を閉鎖したらしいが、他の森や道はどうしたのだろう。

 考え事をしながら歩いていると、

「ま、待ってくださいぃ……」

 と、マーガレットの声がはるか後方から聞こえた。

「あ、しまった。すまん」

 ネロの歩く速度にマーガレットはついてこれないのだった。

 ネロが立ち止まると、マーガレットはすぐに追いついた。けれど、膝に手を付けて息をしている。

「すまなかったな。考え事をしていたんだ」

「いえ、私の精進不足です……、いずれは、ちゃんとした魔法使いになるので、こんなことで、へこたれていられません……」

「いや、歩く速度は関係ないんじゃないか?」

「これも修行です!」

 なぜか噛みつかんばかりにすごまれた。

「なので、自分の荷物は自分で持ちます!」

 荷物。

 ネロは戸惑った。

 昨夜に買った食材を少し使用したため、若干荷物は減っている。だがそれでもかなりの大荷物だ。

 これを持たせるのは男として器が許さない。

「いや、お前は大魔法を暴走させて疲れているだろ? 次の休憩場所まで俺が持つから」

「……、大魔法じゃ……ないです。あんなの」

「いやいや、あれだけのサラマンダーの炎、呼び出しただけでも魔力の消耗が激しいだろ」

「魔力なんて、ほんのちょっとしか使ってません」

「まじか」

 では、マーガレットの魔力量は相当のものだ。姉が賢者。占い師の家系。無きにしも非ずだ。勇者の仲間でもある。

「それに、あれは勝手にサラマンダーが出てきたんです。私の魔力なんて、関係なく。まるでなにかを求めているみたいに、ぐいぐいぐいぐい出てきて。多分、自分から出てきたんです……」

「そんなことがあるのか?」

「初めてです。今までも、杖が壊れることはありました。それは私が魔法を上手くコントロールできないせいだったんです。必要な魔力より多くの魔力を込めてしまって……、ちまちました魔法が苦手だったんですよ。大魔法だと、思いっきり魔力を放出できるので、ちまちましたコントロールは必要ないでしょう? なので、得意なんです」

 得意というよりも、それは下手に分類される。

 ネロはマーガレットの魔法事情になんとなく予想が付いた。

 マーガレットの魔力量の実際は分からないが、平均的な魔法使いよりは多いだろう。

 そして、魔力を操る基礎体力が乏しい。

 筋肉量はあっても筋肉の使いかたを知らないために、役に立たない。それと同じことだ。

 ただ、魔法の公式や呪文を知っていて、それに必要な魔力を注ぐことができれば、魔法の発動は可能だ。

 蛇口から勢いよく飛び出す水も、小さな水筒ではすぐにいっぱいになって吹っ飛んでしまうが、大きなバケツだったら受け止める余裕がある。そして、注ぐほうも、蛇口を閉めるまで観察する余裕があるのだ。

 だから大魔法なら使えるわけだ。

 魔力を開くか、閉じるか、マーガレットはそれしかできていないのだ。

 その壊れた蛇口を補助していたのは、あの精霊が宿ったロッドだったわけだ。

 ネロは壊れたロッドを見て、小さくため息を吐いた。

 今までこのロッドの精霊にたくさんのことを助けてもらっていたのだろう。

 もしも、きちんと魔力のコントロールができていていたなら、それこそ若き天才魔導師として名を馳せていたことだろうに、なんともったいない。

「あー。マーガレット……」

「はい……」

「俺は魔法学校の先生ではないからなんとも言えないんだが、……、君は……魔力コントロールの技術が著しく低い」

「……、はい……」

「このまま爆炎の勇者と合流しても、以前のように活躍はできないぞ。もはや、お前を助けていたロッドはないのだから」

「……、はい……、」

 やばい。

 泣きそうになっている。

「分かってます……、分かってるんです、……だから、少しでも、修行しようと、思って……」

「あ。お、おお、そうだったのか。それで、大荷物持ったり、速足で歩いたり……」

「関係ないことはわかってるんですけど、……、けど、うう、……」

 待って待って、待ってくれ。泣かないでくれ。ネロは慌てた。

「と、ということで、マーガレットに簡単な訓練方法を伝授しよう!」

「え? 訓練方法?」

「そう! 俺と兄も子供の頃にやっていた方法だ! 独学で遊んで、いや、学んでいたガキが、それでいっちょまえに魔法とか使えるようになった方法だ。マーガレットになら簡単にできるし、コントロールの訓練にだってなるぞ!」

「本当ですか?」

「ああ! 騙されたと思ってやってみろ。どうせただ歩き続けるだけなんだし」

「はい。ぜひ、教えてください!」

 藁にもすがる思いの顔だった。ただ、そうと決まれば話しは早い。

 ネロは歩きながら、手ごろなものを探した。

 しかしなかなか見つからないので、

「ちょっと待ってろ」

 とマーガレットを残し、茂みに分け入った。

 そして、木の枝を折った。

「ネロさん! 駄目ですよ!」

「だってめぼしいものがないんだ。ほら、これくらいの長さがちょうどいい」

 折った枝は、ネロが腰に下げている杖よりも若干細く、しかし腕くらいの長さをしている。

 余計な葉は小枝をナイフでそぎ落として、

「ほい、これで超簡易版の杖が完成だ。使え」

 とマーガレットに放り投げた。

「うわ、あ、と。……」

 受け取ったマーガレットは、きょとんとした目で超簡易版杖を見ている。

「あの、ネロさん。これなんですか?」

「杖」

「ただの棒っきれです」

「杖なんだよ。……、剣と魔法の世界に憧れていた深窓の美少年たちにはな」

 呆れた目で見られた。なぜだ。

「ちょっと、貸してみろ」

 ネロは超簡易版杖を奪い取った。

 確かにマーガレットの言う通り、これはただの木の棒である。

 しかしネロとロキにはこれは聖なる剣であった。そして魔法使いの杖だった。

 庭で拾った木の棒で勇者ごっこをし、魔法使いごっこをした。


『やあ! うけてみろ! ファメルフォニ!』

『そんな小さな火の玉なんて届くものか! マキュリプス!』


 ネロは小さいころのことを思い出し、目を細めた。

 ひゅんひゅんと木の枝を振り回した後、見えないロキに向かってその剣さきを向けた。


《ファーメ》


 木の先に、小さく火がぽっと灯った。


《マキュー》


 じゅ、と音がして火が消える。


《ゾッカ》


 小さな丸い石がぽんと生まれた。


《セピュ》


 石がパリンと割れた。


「ほらな? 杖だろ?」

「…………す、すごい! 凄いです! 四大元素魔法の最弱魔法ですが、それでもただの木の棒でできるなんて、信じられません!」

 マーガレットの瞳が尊敬で輝いている。

 ネロは気分が良かった。こんなことならもっと大きな魔法を使って見せればよかったが、マーガレットは大きな魔法であればあるほど、得意だと勘違いするかもしれない。

「ほら、やってみろよ。魔力を最小に絞らないと壊れるからな。ただの木の棒だし」

「やっぱり木の棒なんですね」

「……、小さな魔法を使うんだ」

「はい。じゃないと壊れますもんね。頑張ります!」

 上手に使えば、泉くらいなら水を真っ二つに分けることができるが。

 そうやって池の観賞魚を取りまくっていたら、お爺さまにばれて怒られたのだ。懐かしい思い出がよみがえった。

 ネロとマーガレットは少し速度を緩めて歩いた。

 荷物もネロが持っている。

 マーガレットはというと、真剣な顔で木をヒュンと前に振り、ピタッと止め、またヒュンと前に振ってピタッと止めるを繰り返している。

 無言である。

 そして少し暑い。

 木陰を見つけたので、ネロは休憩をしようとマーガレットを誘った。

 休憩中も、マーガレットは真剣に木の棒と振っては止めるを繰り返し、休憩後も歩きながらそれを続けていた。

 その道は、勇者の元へ集う冒険者たちも使う道だ。

 ゴロツキのような奴らが、ネロとマーガレットをどんどん追い越してゆく。

 追い越しざまに、不審そうなまなざしを向けてくるが、リテリア宿で火の魔法を暴走させた娘だとわかると、目を合わせずに足早に立ち去ってゆく。

 小さな集落が見えたので、昼の休憩をしようとネロは思った。

 小腹も空いた。

 その時だった。

「ネロさん。……、魔力を絞るどころか、……魔法さえでないんですけれど」

「……やっと話しかけてくれたか。ありがとう」

「なんで何時間も黙ってみてたんですか! アドバイス位くださいよう! いじわる! ぜんぜん魔法がでませんよう! むしろどうやってたんですか? なんでただの木の棒で魔法が使えるんですか?」

「いや、なんでできないのか俺が聞きたいわ」

「普通はできませんよ! 木の棒で魔法が使えたら魔法の杖なんて不必要ですよ!」

「いやいや、本来魔法というのは道具がなくとも使えるものだぞ? むかーしむかしは、指を使って魔法をかけていたんだ。指の延長として杖が生まれた。その杖がどんどん改良され、進化して、呪文だとか精霊の加護だとかを細工できるようになり、人口魔宝石を作れるようになったりして、今の魔道具としてのロッドが生まれたんだ」

「こむずかしい講釈はいらないんですよ。今私が欲しいのは、どうやって木の棒で魔法が使えるか、そのコツですよ!」

 思うようにならず気が立っているご様子。

 下手に何かを教えようとすると噛みつかれるかもしれない。

 ネロは木の棒を取り、ささっとその柄の部分に呪文を彫った。

「これでどうだ? 魔道具の修理で使う、魔法伝導の補助の呪文を刻んだ」

 再び超簡易版杖(改)を受け取ったマーガレットは、胡散臭そうな目をネロに向けてから、ヒュンと振った。

「……出ないじゃないですか」

「……、呪文位唱えてみろよ」


《ファーメ》


「……出ないじゃないですか」

「……、全部唱えてみろよ」


《火よ この世に生まれし灼熱よ 我が命に従い 発せよ 灯れ ファーメ》


「………………出ないじゃないですか」

「……出ないな。ちょっと貸せ」

 ネロは再度杖を受け取り、


《ファーメ》


 と唱える。すると、ぽ、っと小さな火の玉が出た。

「……出たぞ」

「なんで!」

「……、試しに古代語の呪文から全部唱えてみたらどうだ?」

「あんな長ったらしいもの覚えてるわけないでしょう? 魔法師じゃあるまいし!」

 古代語を覚えていないとは驚いた。

 そうか。古代語を覚えていなくても、魔法は使えるのか。 

 ネロは目からうろこが落ちた気分だった。

 思い出してみれば、子供の頃は呪文名だけ唱えて『なんちゃって魔法』を使っていた。

 古代語を覚えると魔法の精度が驚くほど上がったので、全ての古代語を頭の中に叩き込んだが、そうだった、古代語なしでも使えていた時期があった。 

 まあ、それはいい。それよりも、気分転換に昼ご飯でも、と言おうとした時だった。

 背後から人の声がする。

 マーガレットが勢いよく振り返った。

 そしてネロから木の棒もとい超簡易版杖(改)を奪うと、

「すいみません、お兄さん! そのいでたちは魔法使い? 僧侶?」

「え? 俺か? 賢者様だぜ」

 嘘つくなとネロは思ったが、マーガレットは意に介さない。

「ファーメは使えます?」

「当然だ。見てろ、《ファーメ》」

 賢者様が掲げたロッドの上に、巨大な魔法の球ができた。

「どうよ!」

 褒めろ! 讃えろ! とばかりに胸をはる賢者様に、マーガレットは冷たいまなざしで木の棒を差し出した。

「ん。これでやってみて」

「え?」

「これで、ファーメ、やってみてください」

「いや、これ、折った木の枝じゃん」

「ここに魔力伝導の補助を書き込んでます。はい」

「……」

 賢者様は木の棒を受け取った。

「……《ファーメ》?」

 なにも起きなかった。

「ほら! できない!」

「喧嘩売ってんのかてめえ!」

「そっちのお姉さんは?」

「私は戦士なので」

「……そっちのおじさんは」

「私は剣士だが」

「ネロさん。はい」

 ネロは超簡易版杖(改)を再び受けとる。


《ファーメ》


 ぽ、と小さなかわいい火の玉が生まれた。

「なんで!」

「まじか!」

 マーガレットと賢者様は同時に叫び、同時に頭を押さえた。

 いや、なんでできないんだ、お前ら。

 心底そう思ったが、ネロは口にはしなかった。空気を読める大人だからだ。



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「もう魔法のコントロールとかそーゆー以前に、この棒っきれで《ファーメ》が出来るようになれば、私は魔法使いどころか賢者をも越えれる気がしてきました」

「それは気のせいだ」

「でしょうね! けどそれくらいの意気込みです! やってやる、《ファーメ》会得して見せる!」

 《ファーメ》を会得とか、なにも知らない周りが聞いたら不憫すぎて涙が出そうになる台詞を、マーガレットは大声で叫んだ。

 それからマーガレットは、鬼気迫る顔つきで木の棒を振っては《ファーメ》をぶつぶつ唱えていた。

 昼ご飯は干し肉をかじりながら歩くという、とてもわびしいものだった。

 そして夕刻、リテリアの森が見えてきた。

 正門にたどり着くころには夜になっているだろう。

 この辺で野営を取ったほうがよさそうだが、なんだか嫌な予感がしたので、ネロはそのまま森へを歩き続けた。

 《ファーメ》に夢中になっているマーガレットが異を唱えることはない。

 周りでは野営を始める冒険者たちの姿が見られたが、ネロは気を引き締めて、マーガレットにそっと《アンキラ》をかけた。

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