第33話 ネロ それは爆炎の勇者への往復書簡

「ネロさん、眠れなかったんですか?」

 朝食の最中、マーガレットに聞かれた。

「え?」

「なんだかボーッとしてますけど、大丈夫ですか?」

 すると今度は司祭が訊ねた。

「タリスマンが見つからないのですか?」

「ネロさん、タリスマン無くしたんですか? どんなやつですか。一緒に探しますよ」

「あ、いや、見つかった」

「それは良かった」

「ですねー。ネロさんの持ち物ですから、さぞかしお高いのでしょうし。あ! これは嫌味で言ってるわけじゃなくてですね! その、」

「大丈夫、実際にさぞかし高いものだ。そして実際には俺のものじゃなく、今回の仕事のために特別に貸し出されたもので、無くしたらただではすまないブツだ」

「そ、そうなんですか……。見つかって良かったですね……。……でも、見つかったなら、どうしてその……、ボーッとというか、心ここにあらずなんですか?」

 どうだっていいだろ、と内心思ったが、相手は女の子。しかも心配してくれている。

 優しさはむげにはできない。

「ついに、リテリアに入るのか、と思ってな。これでもナイーブなんだぞ?」

 嘘臭いー、とマーガレットはけたけた笑う。

「嘘とはなんだ。貴族だぞ? 深窓の美青年に向かってなんという言いぐさ」

 ネロはわざとらしく言った。それでマーガレットはさらに腹を抱えて笑った。

 とはいえ、自分の言葉で多少の緊張が生まれてきた。

 そう、とうとうリテリアの森、いや、ハルリア村へ足を踏み入れるのだ。

 なにが待ち受けているのか分からない。

「そうだ。マーガレット、爆炎の勇者というのは、他国で冒険をしたことがあるのか?」

「もちろんですよ。隣のテリーダでは、国王から勲章を賜っています。魔王軍の策にはまってしまった国王軍の元に駆けつけて、敵の大将を倒したんですよ」

 魔王軍か。魔王。

「へえ。そりゃすげえ」

「凄いんですよ!」

「お前もその場にいたのか?」

「もちろんいました!」

 マーガレットは胸を張った。

 では一応強いのか。二日酔いの薬は知らないが、実戦力はあるというわけだ。

 知識不足を経験値でカバー。それが冒険者というものなのだろう。

「じゃあ、どうするかな」

「というと?」

「いや、リテリアの森に入ったらの話し。俺は俺でやることあるし、お前は勇者と合流するんだろ?」

「……」

「もちろん勇者を探す手伝いはするさ。約束だ。けど、……、昨日の夜も話したけれど、やらなければいけない仕事があるんだ」

「えっと……、一緒には、……いかないんですか?」

「お互いの優先順位の話だって」

「え、でも……」

 そもそも、リテリアの森自体が無事かもわからない。

 マーガレットの言っていた爆発と、カンバリア全土に走った衝撃波の関連も分からない。

 衝撃波によって、コーカル市では動物たちが暴れた。リテリアの森ならばもっと危険かもしれないのだ。そしてあの神獣アンルーやヒューイの異常。あの検査結果は結局わからないままだ。

 ゾエ支部で閲覧した情報には、リテリアの森にて暴れた魔獣によって怪我をした者がいたとあった。勇者とは関わりあいになりたくはないが、今後のことを考えると面識を持っておいた方がなにかと楽だ。マーガレットを拾ったということで、悪い印象は与えずにすむだろう。

 もしも、ハルリアが『いざ』という場合は、勇者と名のつく者に先頭をきっていただきたいのだ。一般市民にとっては、お役所の下っぱの指示より勇者の言葉の方が重い。

 すると司祭がマーガレットに訊ねた。

「マーガレット嬢。なにか勇者殿たちと連絡を取れるすべはないのですか? たとえば通信系の魔法で」

 マーガレットは怪訝な表情を浮かべた。

「魔法を使えない人たちによく言われるんです。空を飛べないのか? とか、ワープできないのか? とか、水晶で遠くの映像を視れたりしないのか? とか。……できるわけないじゃないですか。そんなマニアックで高度な魔法、どこで習うんですか! 簡単に手に入る呪文書には載ってないし、図書館では閲覧するのに免許を見せなきゃならないんです! 国家資格! 偉い師匠の元で修行すれば会得できるかもしれませんが、それは修行者であって冒険者じゃないんですよ! 冒険者にそんなマニアックさを求めないでくださいいい!」

 なにかトラウマでもあったのだろうか。マーガレットは後半ヒステリック気味だ。

「まあ、そもそも通信系の魔法には制限があるしな。お互いに知っている者同士でないと使えないとか、あまり遠くにいすぎると使えないとか。あと、カンバリアではそこらじゅうに結界が張ってあって、その影響で遠くまで魔力が飛ばないんだ。他国の魔術師が来ると文句を必ず言う、魔術師アルアルだな。そもそも、お前なんの目的でこっそり通信しようとしてんだよ、って感じだが」

 はははとネロは笑った。

「……ネロさん」

「ん?」

「……なんですか、なんだか……非常にお詳しいですね……」

「え?」

「もしやネロ殿、通信系の魔術をご存じでいらっしゃるのでは?」

 司祭が言った。

「う、」

 使える。ただ、あまり使う機会がない。魔術、魔法での伝達は魔道具を介したほうが断然早く、楽なのだ。

「使えるんですね? そうですよね? そうでしたよ、ネロさんは金と時間を持て余した魔術道楽の有閑貴族でしたもね!」

 いやそこまでは言ってない。

「私たちが手に入れられない高価な魔術所も沢山お持ちですものね! なんで最初に言ってくれなかったんですか! その魔法が使えれば、簡単に勇者と会えていたじゃないですか!」

 なんでそこまで俺が面倒見なければいけないんだ。とネロは思ったが、口にしないのが大人というやつだ。

 そもそも通信系魔術は制限があるうえ、難しい操作が必要なのだ。

「そうは言っても、俺は爆炎の勇者とか知らないしな。お互いに知っていなければ使えないって言っただろ?」

 もしくは、魔力を飛ばす場所に確実にその人物がいるというのなら使える。しかし飛ばした先にその人物がいなければ、ただの魔力の無駄遣いで終わる。

「だいたいお前が使えればいいだけの話だろうが。俺に八つ当たりするなよ」

「うぐ……」

「まあまあネロ殿。先ほどもマーガレット嬢が言っていた様に、一般人にとっては、高度な教育というのは夢のような話なのです。少し、お力を貸して差し上げてはどうでしょう?」

「とは言ってもなぁ」

「いえ、ネロ殿とマーガレット嬢のお悩みは、その爆炎の勇者どのと連絡が取れれば万事解決すると思いましたので」

「それはそうだが、……先ほども言ったが、カンバリア共和国は至るところに結界が張ってあって、不要な魔力が入り込まないようになっている。もしくは、結果内から外に出れないように、だな。だから……、……、」

 リテリアの森は今、結界が壊れている可能性がある。

 というか、目的の爆炎の勇者がおそらくぶっ壊した。

「もしかしたら、可能性はあるかもしれない。あと、勇者につながるなにかがあればだ。……仲間の証とか持っていないのか?」

「あります。タリスマン代わりの紋章があります。仲間でみんな同じ図案のペンダントをつけているんですよ」

 なにそれ勇者のくせに生意気。

「じゃあ、それを使ってなにか思念を飛ばせる呪文を試しにやってみよう。上手く行けば、相手に声くらいは届くかもな」

「本当ですか!」

「あくまでも可能性ってだけな。俺は勇者のことなんて知らないし、その紋章にどれだけ強い繋がりがあるのかは謎だし」

 なにより、リテリアの森の結界の具合による。

 通信ができなければ結界が生きているということだ。それはそれでありがたい。いや、得体のしれない魔力に汚染されている可能性も捨てきれないが。


 朝食のあと、ネロはマーガレットを連れて中庭に出た。

「司祭殿、この教会は結界によって守られているんですよね?」

「ええ。衝撃波でもびくともしないような強固なものが」

 魔王マナの加護。結界と言っていいのが定かではないが、どこよりも強固であるには違いない。

「となると、普通は通信魔法に制限がかかって、思うようには使えない……、そうですよね?」

「どうなんでしょうなぁ。いかんせん、そういった術を使えないもので、分かりませんが」

「そうですか。けれど、……、この魔法陣の上なら……」

 教会にはたいてい強固な結界が張ってある。

 先日の衝撃波で多くの結界が書き換えられていた。しかしこの教会の中は非常に安定しているし、司祭も被害はないと言っていた。

 真偽のほどは定かではないか、魔王様の結界様様である。

 それ以外にも、通常備えられている教会の結界には、正体の分からない魔法力を除外する効果が必ず入っている。なので生半な通信魔法は無効化される。

 けれど、ここにはワープ魔法の魔法陣があるのだ。

 その陣の上でなら、通信魔法が使える可能性が高い。

「マーガレット、勇者とお揃いのペンダントとやらを貸してくれ」

「はい。これです」

 マーガレットは襟元からペンダントを引っ張り出した。

 それを見て、ネロは眉をひそめた。

 どこかで見たことのある紋章である。

「なんか……知ってるな、それ」

「ほんとですか? なんだ、やぱりネロさんも知ってるんですね、爆炎の勇者のこと!」

「いや、知らない。けど、なんかデザインが、見覚えあってな」

 ペンダントを受け取ると、ネロはまじまじと見つめた。

「あ。なんとなく、魔法師団の紋章に似てるな」

「不名誉なこと言わないでください」

 物凄く嫌そうな顔をされた。

 ネロもより深く眉をゆがめた。

「まぁまぁ、ネロ殿、マーガレット嬢、いいではないですか」

 司祭が間に入ってくれたので、ネロは気を取り直し勇者の仲間の証なるものを見つめた。

 どの呪文が良いだろうか。

 頭の中に幾つかの候補が上がる。

 アイテムを通して音声を飛ばす呪文、持ち主の居場所を指し示す呪文、持ち主の生死を確かめる呪文、他。

「うーん……」

「どうですか? ネロさん」

「そうだなぁ、……、ちょっと高度だけれど、意思疎通の呪文をかけてみるか」

「意思疎通……、この紋章とですか?」

「違うわ。なんでそうなる。……勇者とだよ。もしくは、同じ紋章を持っている誰か。……、んー、往復書簡みないな感じにしてみるよ」

「してみるって……、」

「本当は魔法使い同士が使う術なんだけれどな」

 お互いに魔法力があって、同じ呪文を知っている前提の魔法である。

 制約がある分、術の成功率は高い。

 ネロはタリスマンを魔法陣の上に置いた。

 そして魔法陣を指でなぞる。

 どのような魔法公式なのか調べるためだ。

 指を通して伝わってくる情報が、頭の中で呪文公式に変わってゆく。

「ふーん……、すっごい古い……。司祭殿、これ、回収してもいいですか? 資料にしたいです」

「回収ですか」

「あ、持っていくわけではないんです、その、差し支えなければ、メモを取ってもいいでしょうか? 貴重なので」

「ええ、かまいませんが」

「ありがとうございます」

 許可を得たので、ネロはそのまま公式を読み取り続けた。

 文字や公式が古代の物である。

 現代魔法中心に学んできた魔法使いでは手に負えない代物だろう。

 なるほど、ゾエの魔法師が研究しているというだけのことはある。これは楽しい。

「ネロさん、いけそうですか?」

「大丈夫だ」

 ネロは姿勢を正した。

 そして魔法陣を指でなぞりながら、呪文を唱えてゆく。

 古代語の呪文だ。

 現代の呪文を古代語訳したもので、そこに返信用に自分の魔力を預けるアレンジを施した。

 魔法陣に魔力が充填されてゆく。

 最後まで呪文を唱え終えると、魔法陣の文字盤に光が走り、中央に置かれたペンダントに集まった。

 ペンダントが眩く輝く。

 そして、ヒュッ、と音を立てて、光が天に向かって飛んだ。

 ネロはその軌道を見上げた。マーガレットと司祭も同じように見上げている。

「………………、行ったな。リテリアの森の結界に阻まれたら、戻ってくるだろう。少し様子を見るか」

「……はい」

 マーガレットはなにか言いたそうにしていたが、結局なにも言わなかった。

「司祭殿、一時間ほどここにペンダントを置いたままでもよろしいですか?」

「かまいませんよ。中庭です、誰も来やしません。来るとしたら、目には見えない妖精くらいなものでしょう」

 一時間の時間を使って、ネロとマーガレットは教会の掃除をし、墓に水を上げるなどの手伝いをした。

 司祭はもう魔王の慰霊碑に案内はしてくれなかったが、ネロはその手前の椿の小道で、美しい精霊を見た。


《よろしく おねがい しますね》


 美しい声が耳に届いた。

 ネロのまわりに、クロアゲハのような蝶が舞う。

 マーガレットにも司祭にも見えないようだった。



「ふむ」

 ネロは魔法陣の上のペンダントを見て、小さくうなった。

「どうです?」

「返事が来ると、微弱な熱を持って輝くんだが、変化がないな」

「魔法は失敗ですか?」

「失敗もしていない。返信用に送った魔力も呪文も戻ってきていないし、……」

 ペンダントを持ち上げ、魔力の軌道を追ってみる。

「……あー……迷子になっているわけでもないし、……多分……、相手に届いている……とは思う」

 だが、はっきりしない。

 司祭が言った。

「他の者の元へ間違って届いてしまっているのでは?」

 それは少々ネロのプライドに障る言葉だった。

 ネロはわずかに鼻筋をひくつかせた。

「それはない」

 断言をする。

「だとしたら、勇者とその仲間以外がペンダントを持っていることになるか、そもそもこれに大した絆などなかったことになる」

「そんな言い方しないでください! 酷い!」

「だから、失敗なんてしていない! 失敗なんてするわけがない!」

 ネロもむきになって怒鳴った。

「ともかく、俺の送った呪文は成功した。あっちからの返事がないんだ。返事と言っても、難しいことじゃない。あっちが気が付いて、ペンダントの光に触れればいいだけだ。そうしたら、こっちに魔力が戻ってきて、通信できる線が結ばれる。そこでやっと会話ができるんだ。上手い術者どうしだと映像も伝えられる。ほら、返事が来たらすぐ分かるように服の上に掛けとけよ」

 マーガレットにペンダントを押し付けた。

 すると、その青い眼に涙が浮かんでいた。

 しまった。

「……ああ、悪かった。お前たちの絆を疑ってなんていないさ。……ごめんな」

「……」

「悪かったって、言い過ぎた。謝る。すまない」

「……、ふんだ……」

 マーガレットはそっぽを向いてしまった。

 元は司祭が変なことを言うからである。睨むと司祭はひょいっと肩を上げて見せた。

 全く、女子をなだめるのは得意ではないのだ。

 ネロはそれから一回りも年下の女の子のご機嫌取りに勤しんだ。

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