第28話 ネロ それは精霊に憑かれた双子のはなし

 空が青い。なんと濃い青色だろう。風が薫ってくる。

 ネロが転送させられた場所は、小さな林檎の木がある庭だ。

 教会。そこの中庭のようだった。

 年老いた司祭が、笑顔で歩み寄ってきた。

「ようこそお越しくださいました。ネロ・リンミー殿。先ほど、ゾエの魔法師団から知らせが来ました。知らせを確認した直後にあなたが現れたのですから、流石魔法師だと思いましたよ。いやいや、仕事が早い」

「ここは?」

「宿場町の中心部の教会ですよ。リテリア宿の」

 ネロは魔法陣の真ん中に立っていた。後ろではマーガレットがぽかんとした表情で地べたにへたり込んでいる。地面には丸い石板が埋まっており、魔法陣が彫られていた。

 ネロは腕を組み、顔がひくつくのを感じながら、懸命に怒りを押し込めていた。

「ネ、ネロさん。これって、ワープ魔法ですか……ね?」

 どう考えてもそうだろう。

「だろうな」

「私、……今まで、魔法師をなめてました。だって、使えない魔法論ばかりを言う人たちかと思ってたんです。でも、こんな……凄い魔法を使えるんですね……、しかも凄く簡単そうに……。あの眼鏡の支部長さんも、……あの嫌味な男も……」

 一般的な魔法使いが、どれだけのレベルなのかは知らない。けれど、この魔法は魔法師にとってもかなり高度なレベルである。

 だがネロは気に食わない。

 強制転移。

 大嫌いな部類の魔法だ。

 自分がかけるのは良い。

 自分にかけられるのは大嫌いだ。

「マーガレット、ちょっと魔法陣から出てくれないか?」

「ネロさん?」

 マーガレットがどこか不安げに魔法陣から出た。司祭はニコニコと笑ったままだったが、数歩だけ後ろにさがる。

 ネロはベルトに差していた杖を抜き取った。

 そして呟く。あの眼鏡の魔法師が唱えていたであろう呪文。ネロの耳には届かなかった。けれど唇は読めた。

 全部は読めなかった。

 けれど、それだけで十分だ。

 少しの情報から呪文を構築し、自分の魔力が反応してゆく、そのときの血の沸く感覚がたまらない。高揚、興奮、なんと表せばいいのか。

 ワクワクするのだ。

 できた。


《開け》


 ネロの魔力は瞬く間に空間へ青白い渦を作り出した。

 その渦の中心に、杖の先を突き刺す。

 すると渦が逆まきになり、杖の先を中心にして真円がぽっかりと開いた。

 その先には見える空間には青、そして白い雷のようなものが絶えず走っている。

 異次元だ。

 それはネロへ寄り添ってくる。

「ネロさん!」

 マーガットにはまるで魔法の暴走のように見えたに違いない。

 真円は崩れ、円の縁が帯のようにネロの体に巻きついてきた。 

 マーガレットの悲鳴がネロの耳に届いた。

 しかしネロは、暴走する異次元に飲み込まれたわけではない。体の約半分を魔法陣の上に残し、残りの半分を魔法師団ゾエ支部へと運んでいただけだ。

 青い光と白い稲妻の渦をまとい、ネロはゾエ支部の面々を見下ろしていた。

 眼鏡の魔法師とクロシーダ、そして先ほどは居なかった女性魔法師が、腰を浮かして見上げている様を、睨む。


 ズ、ズ、ズ、ズ……


 地鳴りのような音が空気を震わせていた。

「ネロ、……魔法師……」

 眼鏡の魔法師が青ざめている。

「今回は大目に見よう。が、……次やったら……分かっているだろうな」

 ピシャンと青白い雷が一つ、落ちた。

 ネロはマントをつかみ、目の前をバサリと覆った。

 ネロは元の魔法陣の上に戻った。

「ふん。なめやがって」

 魔導士風情が。魔法使いごときが。

 ネロの頭のどこかで貴族たる己が苛立っている。

 それを押し込めた自分を褒めてやりたい。地鳴りのような振動が消え、異次元も通常の空間にそっと溶けた。

 小さな拍手が聞こえた。

「流石ですな。良いものを見させていただきました」

 司祭だ。穏やかな笑顔だ。

「……なにが良いものかわかりませんが。お気に召していただけたら結構です」

 ネロはまだイライラしている。久々に感情が高ぶったようだ。

 その時、ネロの鼻先を光の粒がかすめた。

「え……」

 光の粒は一つではなかった。瞬きをすれば、色とりどりの幾百幾千という光たちが、ネロの周りを飛び交いだした。

「キャア!」

 マーガレットの悲鳴が聞こえた。

 けれどネロにはマーガレットの姿が見えなかった。視界のすべてが鮮やかな色たちに奪われている。

「ネロ・リンミー殿。そろそろ、儚い者たちがかわいそうです。お怒りをお鎮めください」

 色彩の中、司祭の声が届いた。

 儚い者。妖精のことだ。

 今、ネロを取り囲んでいる光の正体は、すべてがその妖精だった。

 はは、ネロは小さく笑って、力を抜いた。

「……そう簡単におさまりそうにもないな。こう見えて、プライドは高いほうでね。そして狭量なんだ」

 妖精たちの怯えと混乱が伝わってくる。

 ネロは大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐き出す。

 その時、怒りもスーッと抑え込んでいった。

 けれど妖精たちは怯えたままだった。

「すまない、司祭殿。……その少女を中に連れて行ってくれませんか? 私は少し、妖精たちをなだめますから」

「はい、存分に戯れてくだされ。さあ、お嬢さん、中でお茶でもいかがですか」

「え? え? ネロさんは、あの……」

「ネロ・リンミー殿にはやることがあるのですよ」

「けど……」

「精霊憑きの宿命ですよ。さあ、行きましょう」

「精霊……憑き……?」

 それきり声は聞こえなかった。

 きっと教会の中に入ったのだろう。

 ネロはふぅと、小さく息を吐いた。



 妖精たちは飛び交うことをやめなかった。

 通常、妖精たちは気ままにそのあたりに存在している。姿は見えなくとも、気配はなくとも、自然の法則に従って一定の数がいる。

 極端に少なくなることや極端に多くなることは、なにか異常が起こっている場合が多い。

 ネロの場合、ロキもだが、周囲には極端に妖精が多くいた。

 ネロやロキから自然と漏れ出している魔力を、妖精たちは水を飲むように補給している。

 ネロは深呼吸を繰り返し、心を落ち着けようと努めた。ゆっくりと時間をかけ、そして落ち着くにつれ、妖精たちの飛び交う速さも緩やかに変わってゆく。光の粒の、蝶の翅のような輪郭は見え始めた。

 やがて、まさしく蝶さながらにネロの周りをふわるふわりと浮遊するようになった。数も減り、景色を見れるようになった。

 鮮やかな青い空が開ける。

 ネロは林檎の木の陰にしゃがんで、足元で指を鳴らした。

「おいで……ごめんな」

 鳴らすと言っても、音は出さない。指をこすり合わせる程度の、かすかな音がするだけだ。

 目的は音ではなく、指をはじく際に少量の魔力を撒くのだ。

「怖くないよ」

 しかし声をかけると逆に妖精たちは草や木や建物の陰に隠れ、今度がネロの周りから極端に妖精がいなくなった。

「……はぁ……」

 


 ネロとロキが『精霊憑き』と言われたのは、十歳の時だった。

 幼いころの二人は、あまり多くの言葉を使わずともある程度の意思疎通が可能だった。

 周囲の大人たちも、ネロとロキが不思議なコミュニケーションをとっていても、それが双子特有の会話なのだろうと気に留めてはいなかった。

 けれど、ネロとロキには、自分たち以外の誰かを介して会話を行っていた記憶がある。

 そればかりか、その謎の存在に誘われて遊び、庭の色んな場所に探検に行っていた。

 子供はまれに、妖精や精霊が見える。

 ネロとロキも、そういう時期があった。そしていつしか見えなくなった。

 二人の周りに異常な数の妖精が集まっていると言われたのは、王宮でのパーティーへ出席した時だ。

 参加したのは親だけだったが、貴族の子供たちも大きなホールに集められ、プレ舞踏会のようなことをしていた。

 そこで、不思議なことが起こった。

 ネロとロキが数人の子供たちと一緒に輪になってダンスを踊っていた時、シャンデリアや銀の食器が奇妙な音を発しだしたのだ。

 嫌な音ではなかったが、オーケストラの音楽を遮るほどの音量になるにつれ、ホール内は恐怖に包まれていった。

 すぐさま魔導師たちが呼ばれ、悪霊などの仕業かどうかを調べ始めた。

 王族にかけられた呪いの発露ではないかという声も上がり、恐怖がどんどん膨れ上がっていった。

 だがそれは単に、妖精たちがダンスや音楽に誘われて集まってきて、子供たちと同じように歌ったり踊ったりしているだけであった。大人たちのパーティーでは決してこういうことはなく、純粋無垢な子供たちの舞踏会だったからこそ起こった現象。魔導師たちはそうしめくくった。

 ホール内に充満していた恐怖は、あっという間に喜びに変わった。

 再開されたプレ舞踏会はより賑やかとなり、近年まれにみる大成功に終わったのだった。

 しかし翌日、ネロとロキは両親とともに王宮の魔導室に呼び出された。

 そこには精霊使いがいた。

「その子たちは精霊憑きです。二人とも魔力と法力を持っており、それが妖精たちにとって餌になっているようです。人間が水を求めるように、妖精たちはこの子たちの力を求めるでしょう。人間が蜜を好むように、妖精たちはこの子たちの力を好んでいます。いいかな、二人とも。妖精に愛されなさい。妖精に嫌われてはいけない。妖精に嫌われたら、あなたたちは一瞬で食べつくされてしまいますよ」

 ネロとロキは、その時すでに妖精が見える年齢を過ぎていた。

 なので怖いと思ってしまった。

 もう少し幼いころに知らされていれば、妖精を怖がることはなかったかもしれないし、もしかしたらずっと妖精の姿を見れていて、精霊使いになっていたかもしれない。

 けれどネロもロキも、小さいころにナニカと遊んだという記憶さえも、怖い思い出に変わってしまったのだった。

 それからいろいろな本を読み、呪文を知り魔法を使えるようになって、精霊との付き合い方も知識として学んだ。そして徐々に妖精たちを怖がらなくなった。

 そのおかげだろうか、稀に、本当に稀に、妖精たちは可愛らしい姿を見せてくれるようになった。少年であった二人は、その小さく儚い存在たちに好意を持った。とても美しいからだ。そしてかわいらしい。自分たちの周りを春の蝶のように飛んでくれればまさに夢心地。

 けれど思春期に入ると一変した。ネロとロキの精神状態は不安定となり、いつもイライラし、いつも怒っていた。感情の起伏が激しくなるにつれ、妖精たちはそれに怯えたり、感情が移って怒りだす。シャンデリアが揺れて落下する。ガラス製のものがことごとく砕ける。燭台の蝋燭の火が火柱となって部屋を焼いたこともあった。

 妖精たちはネロとロキの意思と関係なく姿を現しては、無意味に視界を遮る。移動中や運動中、または勉強の合間にそれが行われるとたまったものではなかった。事故にあいそうになったのは一度や二度ではない。一歩も歩けなくなり、友人たちに気味悪がられたこともしょっちゅうだった。

 使役しているわけではない、ただの野良妖精だ。ネロやロキの身を守ってくれることはない。

 ただ、ネロやロキの力を食べにやってきているだけ。

 味方になることはなく、ともすれば敵になる。

 それを実感したのは大学時代である。思春期も終わりを迎え、二人の精神は落ち着きを取り戻していた。

 ネロとロキはそろってボートの選手に選ばれて、大学対抗の試合で川の上にいた。

 感情が昂っていた。

 水の精が反応した。そして、川の精霊が怒った。

 川は逆流した。

 ネロとロキは水のロープのようなものに巻き取られ、水中に引きずり込まれたのだ。

 川の主をネロは初めて見た。

 その顔を見た次の瞬間にはブラックアウト。

 魔力や法力は根こそぎ持っていかれて、命も危ぶまれた。

 使役していた精霊や妖精の加護によって、辛うじて一命をとりとめたのだ。


「もう怒ったりしないから、……、みんな、こっちに来て……」


 林檎の木の下で、ネロは悲しい気持ちになりながら、妖精たちを呼び続けた。




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