第27話 ネロ それは仕事の後始末と次の街への足掛かり



 昼だ。

 ネロは目覚めて、ぼんやりしながらそれだけを思った。

「…………」

 眠い。

 次に浮かんだ言葉はそれだった。

 質素な部屋だった。カーテンは薄く、外の明かりを取り入れていて部屋自体はそれなりに明るかったが、ネロの体は日が昇っていることを一向に認識せずに、ただただ疲れと眠気ばかりを主張している。

「……」

 それでもネロは懸命に腕を動かし、枕元に置いておいた通信用の水晶を起動させた。

 しかし、そこにはネロの望む情報の更新はなかった。

 つまり、あの謎の魔力の正体。

「ちっ」

 遅い。魔法使いの精鋭どもはなにをしているんだ。

 不満が湧き上がるのだが、情報をめくってゆけば、そこには目と頭が痛くなりそうなほどの大量の情報が連なっていた。

 今回の衝撃波による被害とその回復方法が秒単位で更新され、下に流れてゆく。

 検索をかけて絞っても、それもすぐに新情報で埋もれてゆく。

「……」

 ネロはカーテンを開け、窓際でそれらに素早く目を通していった。

 さすがに数日開けると情報を追うのがつらい。

 しかし、そこには使えそうな新魔法公式がたくさん載っている。結界修復に、精神汚染精神白濁、そして三半規管異常の魔法的原因の除去法。ヒューイに使用する実験価値がありそうだった。

 きっとサヴァランが色々いじっているため心配はないだろうが、彼の安否よりも、自分で試したい新魔法公式が使えないことが口惜しかった。少しだけ後悔している。自分の作った異空間にしまい込んでおけばよかった。

 ネロは水晶板を片手に出立の準備をし、空腹を感じながらアパートメントを出た。

 マーガレットはどこにいるだろう。

 ひとまず隣の魔法師団ゾエ支部に向かってみた。

 自動ドアを開けると、カウンターの向こうにクロシーダの姿があった。

「おはよう」

「これはこれは、ずいぶんとごゆっくりでしたね」

 イラっとした。

「……ゆっくりさせてもらった、ありがとう」

「部屋の掃除はお気になさらず。こちらでしておきますので」

「……、もちろん掃除してからお暇するよ」

「いえ、こちらで致しますので、お気になさらず」

「いえ、ちゃんとそこは礼儀ですから」

「ですから結構だと言っているでしょう?」

 はっはっは。

 そこに笑い声が響いた。

 カウンターの向こうの扉が開いて、眼鏡の魔法師があらわれた。

「クロシーダの言う通り、お気になさらずでよろしいですよ。ネロ魔法師には、わがゾエ支部のお手伝いをしていただきましたのでね」

「お手伝いは……」

「ははは、森の修復も、おかしな動物の駆除も、私共だけでは手が足りませんでしたし、まさかあのような強大な力をもった神獣がこの辺りをうろついていたとは思いませんでしたしな。あれを捕獲するのは骨が折れる。しかも頑丈な檻を作るのも……いやはや」

「ということです。あなたは客分として気兼ねなく過ごしていただければよろしいのです」

「客分にしては、仮眠部屋でしたがな、はっはっは」

「……感謝したします」

「よく眠れましたかな。ずいぶんと遅くまでお仕事をされていたようですが」

 どうぞ、と眼鏡の魔法師はカウンターの椅子に座るように促してくる。

「ええ、まあ」

「ご一緒にいたあの魔法使いの少女から、伝言を承っていますよ」

 マーガレットから。

 先にハルリアに向かったのだろうか。爆炎の勇者が気になってたようだし、それも致し方がない。むしろこちらの都合に巻き込んでしまい申し訳なく思う。

「ウェラスとかいう勇者のもとへ顔を出してくる、とのことで、昼過ぎに戻るとのことですよ」

「え、ウェラス?」

「ええ。一緒にカヤト鹿を捕獲したあの勇者です。はは、勇者」

 眼鏡の魔法師が鼻で笑った。

「……」

 ウェラスもクインも、そしてヒューイも、この街にはいない。

「すみません、一つ魔法師としてお願いがあるのですが、聞いていただけますか」

 ネロは姿勢を正して、目の前の魔法師を見た。

「なんですかな」

「私がこの街を出たら、冒険者として依頼を受けた私の報酬を受け取りに行ってほしいのです。その際に、とある手紙を組合長に渡していただけませんか」

「どのような手紙ですかな」

「……勇者ヒューイ及びウェラス、クインの三名は、魔法師団コーカル支部所長、サヴァラン・ラブレーに召還された。そのような内容です」

「なるほど」

「これからコーカルのギルド長に連絡を取りつけますので、極秘の通達を魔法師団からお渡しいただきたい」

「かしこまりました」

「そしてこれは、クロシーダに行ってもらいたいのですが」

「僕が?」

 言えば嫌そうに眉をゆがめられた。

「ええ、成り行き上、私の友人ということになっているので。もらい忘れた報酬を、代わりに受け取りに来た、そんな体で行けば怪しまれないと思いまして」

「友人? 僕が? はっ、友人ですか」

「話の流れでそうなったんでね。不満だとは思うが、仕事だと思って割り切っていただきたい」

「別に不満ではありませんが? 友人ですか、そうですか。……では今後ともよろしくお願いいたします」

 ものすごい上からな口調だった。

「微々たるものですが、謝礼として報酬は差し上げますよ……」

「魔法師団の出した報酬にケチをつける気ですか」

「いや、あの内容であの報酬は安すぎるだろ」

「魔法師であれば、基本給に含まれる仕事の一つです。それに金を出したんだからむしろ褒められたい」

 だろうな。

 あの依頼は、ネロ一人に的を絞ったような内容である。そもそも冒険者が魔法師団の依頼を受けることを想定していない。

「しかしながら、微々たるものでも仕事に対するきちんとした対価です。ネロ魔法師が受け取るべきのもの。受け取りましたら、きちんとお届けに上がりますよ。ええ、僕はあなたの友人ですので」

「そんなご足労をおかけするわけには行きませんよ」

「ほう、天下のリンミー様にとっては、下々の者が生活するための最低賃金はゴミのようなものだといいたいのでしょうか?」

 そんなことは一言も言っていない。

 酷い。

「……いえ、決してそのような意味では」

「微々たる金額でも、仕事の対価をきちんと受け取らねば、民の生活の基準が狂います。きちんと受け取っていただきたい。寄付するなりどぶに捨てるなりは、受け取ったあとにあなたが好きすればよろしい。持ち主の自由だ」

「……、わかりました。きちんと受け取らせていただきます」

 まじめな奴である。

 話しはまとまったので、ネロはカウンターを借りて魔法師としての仕事に取り掛かった。

 まず出張の途中経過の報告書を作成、送信。ギルド長へ連絡を取り、サヴァランの名前を出して今回の出来事を報告する。そしてギルド長からもゾエの街のギルドの組合長たちへ通達を出してもらえるように頼んだ。

 そして一枚の魔式精製紙をもらい、白銀のペンで手紙をしたためる。

 そのペンにはインクはなく、魔力を浸透させて書くのだ。文字は、読み終わると消える。魔力は紙が吸収し、時間と共に揮発してゆく。

「では、こちらをお渡しいただきたい」

 書類を封筒に入れ、魔法師団の刻印で封をした手紙をクロシーダに渡した。

「ええ、確かに受けました」


 マーガレットが戻ってきたのは、それからそう間を置かず、すぐだった。

 暗い顔をしていた。

 ネロは雑用の手伝いの手を止めて、傍に走った。

「お帰り。ウェラスには会えたか?」

 我ながらわざとらしい質問だと思った。

「それが、……いなくなってしまったそうなんです。しかもおかしいんです! 荷物だとか、武器だとか、いろんなものを置きっぱなしで! ヒューイさんは病気みたいだったし、……窓が開け放たれていたし、……。この辺り、変な神獣が出るでしょう? だから、みんな心配してました……」

「それは……心配だな……」

「でしょう? ギルド総出で捜索しようという話になってました」

 なんと無駄な。

 早急に組合長に手紙を渡す必要がありそうだ。もしくはギルド長から連絡を急いでもらい、穏便に収束させてほしい。

「なんでも、あの三名は他国ではちょっと名の知れた戦士なんですって。爆炎の勇者ほどではありませんけど、戦士や剣士にとっては憧れの人たちらしいです。それこそ、勇者を名乗ってしかるべき、って感じ?」

「確かに、三人ともいい腕をしていた」

「ですよね! 剣だけだったら、もしかしたらウェラスさんは爆炎の勇者と互角かもしれません!」

「……それで、……マーガレットも一緒にウェラスたちを探すのか?」

 だとしたら無駄なことをやめさせなければいけない。

「いえ、……心配ですけれど、……私は……爆炎の勇者を探さなくちゃいけないんで……」

 マーガレットは心苦しそうに言い、うつむいた。

 仲間を選んだ。それは今、目の前で困っている人々を見捨てるような行為でもある。

 自分の中で価値を天秤にかけたのだ。ウェラスたちが見ず知らずの人間であればまだいいが、短時間でも一緒に行動を共にしたが故に、見捨てることに罪悪感を禁じ得ない。

「そうだな。しかし、ギルドがなんとかしてくれるさ。信頼して託そう。……、昨日は俺のわがままに付き合わせてしまたっし、寝坊したし……、よし、俺も次は爆炎の勇者を探すことを優先しようと思う」

「え、いいんですか?」

「もちろん。手伝わせてくれ」

 なにせ目的地が一緒なのである。良いも悪いもない。

 そして、マーガレットと一緒に行動すれば、不審がられずにギルドから情報を入手できそうである。魔法にかかわる困りごとがあっても、魔法師団を頼らずギルドを頼る市民は少なくない。

 そして、道すがら衝撃波による異変も調査できるだろう。

 ハルリアには急がなくてはいけないが、そこに着くまでにできるだけ多くの情報を集めておきたかった。辿り着いたハルリアが、最悪の事態であったとしても、得られた情報や生み出された技術で、何かしたの対策がとれるかもしれない。

 一つの行動は無駄ではない。

 ネロはそう信じている。

「ではさっそく次の街に移動しようか。歩きだとつらいから、なにか乗り物を手配しよう」

「乗り物だなんて、お金がかかるじゃないですか」

「まあ金にはあんまり困ってないしな」

「……、ああ、ネロさんってそんなとこありますよね」

「え。そんなとこって、どんなとこだよ……」

「なんとなく……」

 言葉を濁された。

「はは。まあ、早く追い付きたいだろ?」

「そうですけど!」

「なら決定だ。けどリテリア近辺での鉄道は貨物しか通ってないし、ゾエには駅がないからな。リテリアの最寄りにも駅はなかったはず。うーん、乗り合いバス……、馬車? どうするか。そもそも爆炎の勇者一行はまだ森にいるのか? すみません、爆炎の勇者の情報って、なにか更新されていませんか?」

 ネロはカウンターの向こうにいる魔法師クロシーダに訊ねた。

 クロシーダは冷たい目つきで、ネロを見遣りった。

「なぜ勇者の情報を調べなければならないのです」

 空気が一瞬にして殺伐なものと変わった。

 マーガレットから殺意めいたオーラを感じる。

 そんな空気の中に、眼鏡の魔法師が気分を和らげようと明るく声をはった。

「まあまあクロシーダ、勇者一行に勝手をされて腹立たしいのはわかりますが、ここでそんな風に嫌がってもしかたがない」

「しかし支部長? あの爆炎の勇者とかいう輩の行動は迷惑千万ですよ? アンルー熊の異変も、あの勇者が結界柵を壊したせいで、本来はせき止められているはずの魔法力が流出したからではないかって話ですよ?」

 ネロは聞き耳を立てた。その説は知らない。いつの間にか情報が更新されていたのかもしれない。

 すぐに水晶板を繰りたかったが、マーガレットの手前いじることができなかった。

「まあまあ、気持ちとても分かるが落ちつきなさい。ええと、お嬢さん。あなたはピクスリア一行のお仲間ですか?」

「はいそうです!」

「そうですか。ではとっとと勇者に会ってくださいね」

 眼鏡の魔法師も、口調は柔らかいが結構な言いぐさをする。やはり魔法師は魔法師か。

 勇者が疎ましいらしい。

「あの勇者が柵を壊したのは、あなたを探すためですよね?」

「は、はい、そうです、きっと……」

「では、あなたが見つからなければ、爆炎の勇者という輩はリテリアの公園の結界や遺跡、祠などを次々と破壊する可能性もありますね」

「は? そんなわけないじゃないですか!」

「ないとは言い切れません、なにせ前科がありますからね。あなたが勇者の元に行けば全て解決なのです。私が今から、あなたとそちらの男性を、リテリアの森の手前までお送りしましょう」

「え?」

 マーガレットはきょとんとし、

「ちょっと待て」

 ネロは嫌な予感のために一歩退いた。

 眼鏡の魔法師の手にシュッと長いロッドが現れる。

 ロッドの先にある大きな飾りは、まるで星読みの羅針盤のようだ。光る球体のまわりを、大きさの異なる輪が不規則に回転している。

 その飾り。

 時と空間の魔導士が使うものによく似ている。

 よく似ているというか、あきらかのそれそのもの。

 この眼鏡の魔法師が好んで研究しているのは、時空魔法だ。

「ご心配なさらずとも大丈夫です。転送先の状態は、安全。そう計算で出ましたので。ついさっき」

 眼鏡をクイッと上げて魔法師は笑い、ロッドの先をネロの鼻先に向けた。

 魔法師の口元に、呪文がふくまれる。

 音は聞こえないが、唇のわずかな動きで理解した。

 これは強制転移魔法。相殺するには、ネロの初動は遅すぎた。

 しかも、マーガレットという荷物がある。

 ネロは抵抗を諦めた。

 下手に抵抗すれば、時空のねじれに挟まって、ズタズタに切り裂かれるだろう。

 目的地に到着したのは細切りにされた肉塊だった、という事態だけは、誰だって避けたい。

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