第24話 ネロ それはお前の望む姿なのか

 

 ネロは魔法陣を素早く書き上げた。迷っている暇などない。

 そして魔法剣を抜くと、魔力を込めて陣を突く。

 円陣から眩い光が発せられ、大地がゴゴゴと低くうなれば、石牢とそれを囲む樹木がゆっくりと浮き上がった。

 背後に殺気を感じた。

 その殺気をクインが受けた。刃と刃がぶつかる音が耳元でする。

「ヒューイ、目を覚ませよ!」

 そしてクインの叫び声もだ。

 ネロは気を取られるわけにはいかなかった。

 目標物を大地ごと無理やり転移させる。範囲は狭くとも、それは恐ろしく魔力と体力を精神力を要する。

《我が名はネロ 大地の精霊よ 森の精霊よ あまたのはかなき妖精たちよ この者をかの地へと手放せ》

 頼む。

 ネロは渾身の力を込めて、もう一度大地を剣で突いた。

 目の前で、樹木に覆われた石牢がフッと消えた。体が軽くなる。

「貴様!」

 そしてヒューイの怒号が響き渡った。

「あれを奪ったな、あれは俺のものだ、あれを返せ!」

 振り下ろされる剣の気配に、ネロは己の魔法剣を振り上げた。

「あの魔力はお前のモノではない! あれはお前を奪うモノだ! お前があれのモノになる!」

 なんちゃって勇者に抱くのはいつも怒りだ。

 そもそも嫌いであれば、怒りであれ憎しみであれ、いかなる感情も生まれなくてもよいではないか。

 しかしいつも勇者と名乗る輩どもは、ネロの神経を逆なでする。

 えぐれた大地、大きな穴。それを背にしてネロは剣を握り直し、目の前の魔人もどきに向かって一歩出た。

「おい!」

 クインが慌てたように声を上げていたが、その合間にもネロは間合いを詰め、ヒューイの懐に潜り込んでいた。繰り出す鋭い一閃を、ヒューイは脅威の反応で避けてゆく。そしてすかさず憎たらしい技巧を見せつけて、ネロの間合いから逃れるのだ。

 苛立つ。

「そんなに力が欲しいのか、あれが欲しかったか。勇者になる夢を捨てて、どこぞの魔王の下僕にでもなるのか、そうかそうか、それは素晴らしい人生だ。俺は応援するよ」

 勇者を志す者が、どうして得体の知れない魔力に屈し、しかもそれを求めるのだ。

 苛立つ。

「だから俺は嫌いなんだよ、覚悟も実力もない、ただの勇者ってのがな!」

 ネロの怒りなど、魔人もどきには届くわけがないのだ。

 それどころか、より魔の力を強め、歯をむきながらネロに襲い掛かってくる。

「それともお前は、今度は魔王にでもなるつもりか? 魔王を何だと思っている? 他人の力でなれるものだと思っているのか? 勇者も、ただのお飾りだと思っているのか? この、……」

 最後の言葉は出てこなかった。

 ネロは何が言いたいのかよくわからなかった。

 けれども、ただただ怒りが湧いて仕方がないのだ。己の力ではなく、他者の力を得ようと望み、それによって強くなろうとする根性が気に入らなかったのだ。

 ネロはいつしかヒューイを追い詰めていた。

 ヒューイの背後には巨木がそびえている。その木肌に背をつけて、ネロに向かって剣先を向けていた。闘志はあるが、もうネロの勝ちがそこにある。

 けれど、ヒューイはおもむろに剣を捨てた。

 そして膝から崩れるように身をかがめたかと思うと、ネロの想像もしない行動にでた。

 地面を転がるように滑り、ネロの視界から消えたのだ。

「な、」

 とっさに背後を見れば、ヒューイはその手に剣の柄を握っていた。

 折れた剣だ。ヒューイの愛刀、光魔法のかかった魔法剣。折れ、だからこそ鋭くもある剣の先、それをネロに向ける。

 先ほどよりも、その構えは隙がなかった。

「……、……」

 ヒューイの腕からゆっくりと魔力が滲み出していた。それは闇色をたたえていた。

 光魔法の剣に、闇魔法がまとわりついてゆく。

 剣から耳をつんざく音波が響いた。まるで悲鳴を上げているようだった。

 そして悲鳴を上げなから、闇色の刀身が生まれてゆく。魔法剣が作り替えられてゆく。

 もしかしたら、あれは魔法剣ではなく、聖剣だったのではないだろうか。

 では、今、一つの魂が、別の魂に食われた。目の前で。

 ネロはぞっとして息をのんだ。

 ヒューイの魔力がどんどん剣に移ってゆき、刀身になまめかしい艶があらわれ始めた。逆に、ヒューイの顔色がどんどん悪くなってゆく。

 まさかと思った。

「まさか、……魔力はその剣を選んだのか?」

 ネロのつぶやきに反応したのはクインだった。自分の剣を拾い上げると、ヒューイに向かって突進してゆく。

「ヒューイ、剣を置け! もうそれを捨てろ!」

 腕ごと切り落とすかのような、迷いのない一振り。

 クインの第一撃は避けられたが、間髪入れずに次々と攻撃が繰り出される。剣豪と剣豪によるその打ち合いは、決闘場であれば見ほれるほどのものだったろう。

 だがネロは冷静だった。

《風よ》

 ネロはささやく。

《たけだけしき渦よ 穏やかなるときは過ぎた 今ひとたび目覚めよ 荒れよ》

 無詠唱ではない。

《ゼラフム》

 詠唱。

 凄まじく、しかし細い竜巻がネロの目の前から放たれた。

 それは魔剣の刀身を貫き、魔力をはみながら回転して、柄を突いた。

 音もたてずに魔剣ははじけた。

 そして魔力も飛び散って消えた。

「……」

「……」

 目の前でなにが起こったのかわからなかったのか、クインとヒューイは硬直したように動きを止めていた。

 そして同時にネロを見た。

 その時、ネロは自分がどんな顔をしていたのかわからない。

 けれども、二人は青ざめ、ネロから距離をとるように退いたのだった。

「き、君は……」

 クインが口を開けば、ヒューイが突然駆けだした。

「ヒューイ!」

「追え!」

 ネロは叫び、逃げた魔人もどきを追った。

「っ!」

 クインも続いて追いかけてくるのが分かった。

 ヒューイが向かうのはどこだろうか。

 おそらく、あまり考えたくないが、あそこだ。

 場合によっては殺さなくてはならないか。ネロの胸に苦いものが広がった。

  

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