第20話 ネロ それは勇者見習いの紛い物


「まて、そっちだ! まわれ!」

「よし! もらった!」

 ギャン!

「おっとぉ、こっちに飛んできたじゃないか、気を付けてくれ」

「悪い」

 美しい花畑の中に、獣の断末魔と血しぶきが舞った。

 ネロとマーガレットはあぜ道からその様子を見ていた。

 三人の男に仕留められたのは狐の一種で、しっぽの先が青い毛であるのが、袋に押し込まれる直前に見えた。

 青狐だろうか、珍しくはない魔獣の一種である。夜目が利き、魔力で幻覚を見せて惑わす。群れを作って幻覚を見せて大きな獣を襲うこともあるが、たいていはネズミやウサギや鳥を餌にしているので、人間にはあまり害はない。

 最近はたんなる野獣の狐との混血が進んでいて、魔力も弱くなっているようだ。

 純血の青狐は希少価値があるが、この辺りには生息していないだろう。

「頭を切りおとすなんて」

 酷い。

 マーガレットはそう呟いていた。

 ネロは何とも思わなかったのだが、この魔法使いの少女にとっては許しがたい行為だったようだ。

 そういえば、爆炎の勇者は動物の保護などを主にしているとの話だった。

「あー、すみませーん! 魔法師団からの依頼を受けた皆さんですか?」

 ネロが手を振りながら声を張り上げると、花畑の中の三人が振り返った。

「僕たちもその依頼を受けて、ギルドからみさなんと合流するように言われたものなんですが」

 やや間があって、三人の男達がネロ達のほうへと歩いてきた。

 皆、比較的若いようだが、身に着けている装備品は悪くない。きちんと手入れもされている。そして歩き方が素人ではなかった。

「君たちも依頼を? ……、へえ、よろしく」

 青狐が入った袋を提げている青年が、にこやかに微笑みながら言った。

「俺はクイン。一応職業は勇者……、ま、戦士かな」

「私はマーガレット、魔法使いです」

「僕はネロ。……ただの旅人かな」

「旅人?」

「ギルドに登録していないんで。でも、一応旅慣れてますよ? たまにギルドの依頼も受けますしね。足手まといにはなりませんから安心してください」

「なら安心だ。結構骨の折れる依頼だから」

 クインはほかの二人にも同意を求めるように左右を見た。

「俺はヒューイだ。戦士をしている」

「俺も戦士、ウェラス。ちょっと息抜きにこんな依頼を受けているけれど、勇者見習いをしている」

 勇者を名乗るのをためらう戦士と、勇者見習いの戦士。

「ヒューイさんも勇者を目指されているんですか?」

 ネロは聞いてみた。少し嫌味だったかもしれない。

「いや、俺は勇者をあきらめた」

「え、そうなんですか。なんでまた」

「……どうだっていいだろ。俺は戦士だよ。で? こんなところでくっちゃべってないで、さっさと集めようぜ。次は大型獣を狙うんだろ」

「そうだったな」

 クインが答える。そしてネロとマーガレットを見た。

「俺たちは小動物と小型、中型を一通り集め終わったんだ。これから大型の野獣や魔獣を狙うんだけれど、……ついてこれそうかな?」

「任せてください」

 マーガレットは即答だった。

 クインはネロを見る。

「任せてくれ。これでも実家では大きな動物を飼っているんで、扱いには慣れてますから」

 へらっと笑って見せる。

 ネロの外見は、チャラ男、ナンパな感じ、いいとこのお坊ちゃん、弱そう、などというものだ。つまり弱いのだ。頼りないのだ。頼りないならば、それに乗っかったほうが楽な時もある。

 例えば、ギルドに潜入するときは。

 今、目の前の三人及びマーガレットには、こいつは使えねぇ、と思われたに違いない。

 ヒューイが言った。

「魔法使いのガキと一般人か……。せいぜい後方支援と、ネズミでも集めててくれ」

 そして一人あぜ道に上がり、ゾエの外に向かって歩き始めてしまった。

「あー、ヒューイ待てよ」

 クインがそれを追いかけ、ウェラスだけが残った。

「すまねえな。失礼なこと言っちまって」

「いえ、……まあ、魔法使いはめったに前線にはでませんし。ネロさんも、腕っぷし強くはないですから」

「あいつらは勇者になるのをあきらめるしかなかった派。俺は、勇者になることを決めた派なんだ」

 なんかいきなり語り始めた。どうした。どうでもいいぞ。

 しかしマーガレットはその話題に乗った。なぜだ。

「なにかあったんですか?」

「俺たちはよくギルドで顔を合わせる……いうなれば腐れ縁ってやつなんだけどな、ちょっと大がかりな依頼を受けて他国に行ったとき、本物の勇者っていうのを目の当たりにしちまって……。くさって帰ってきちまったんだよ。やる気を失ってる最中ってやつかな。ふてくされた態度取っちまって、ほんと悪い」

「魔王軍との戦いですか?」

「そう。勇者率いる義勇軍に入ったんだ。勇者ってのは、めっぽう強いくせに大勢をいたわる心を持っている。そしてゆるぎない使命と……、凡人には持てない冷たさもな。最初に、その冷たさってのに、俺たちは反感を持った。カンバリアの勇者は良くも悪くも優しすぎるから、机上の正義感に浸ってたんだよ。んで、軍を抜けて、勝手に行動して……、ぼろぼろに負けて、勇者に助けられたってとこさ」

「……あなたは、勇者を目指すんですか」

「ああ、まぁな。……なれなくても、目指すくらいはいいだろ」

「もちろん!」

 マーガレットの元気な励ましに、ウェラスに満面の笑みで返した。

「目指せば、いつかはなれます!」

 若いっていいね、ネロはそう心の中でつぶやいた。

 勇者っていうのは、なろうとしてなるものではない。目指してやすやすとなれたら苦労はない。

 それでも、ウェラスはマーガレットの励ましに救われただろう。

「あの二人は行っちまったけど、こっちはこっちで隊を組もうか?」

「そうしましょう」

「そうしよう」

 ウェラスの提案にネロとマーガレットは素直に乗ることにした。



 ゾエ付近にいる大型の獣は二種類。一種類は熊。もう一種類は鹿だ。

 熊はめったに人里には出てこないが、時々農場や牧場を荒らす。

 しかしネロ達のいる場所は花畑であるので、熊が出没して荒らすような食べ物はない。

 なので、探すのは鹿になる。

「この花畑を抜けた先の森に、神獣でもあるアンルー熊と鹿の一種のカヤトが生息している。カヤトを狙いたいんだが、跳躍力がすごくて人間の足じゃ難しい。今日一日の任務だから罠もしかけていない。弓や銃が使えるんであれば楽なんだが。むしろアンルー熊のほうば仕留めやすいかもしれない」

「待った。アンルー熊は神獣ですよね? 魔法を使うんじゃ」

「それに狂暴ですよ?」

「そうか? 乗り気じゃないなら、カヤトにするか」

 戦士であればその剣には自信があるのだろう。であれば、より強い獲物を狙いたいに違いない。けれど、目の前の少女と頼りない一般人のことを心配し、自制してくれたようだ。

「そうしましょう。なんせ、今回の依頼は危険な野獣退治じゃない。動物サンプルだ。別に殺さなくたっていい。捕獲して、おとなしくさせ、魔法師団に引き渡せばいいだけだ。魔法師団だって、死んでしまった動物よりも生きている動物のほうがいいでしょうし」

 おそらく先に行った二人はアンルー熊を狙うだろう。ならば、こちはら鹿のサンプルを集めたい。

「ところで、魚類と鳥、虫などは集めたんですか?」

「それらはさっさと捕獲して、ギルドが指定した集積場所に置いてきた」

 仕事が早い。

「じゃあ、あとは本当に大物狙いなんですね」

「そうさ。こんな依頼はガキの頃から小遣い稼ぎでやってきたからな、お手のもんさ」

「……大人の小遣い稼ぎは、少々危険が伴います、が……ね」

 ネロは思わずつぶやいた。

 この戦士三人は、もしかしたら結構な手練れかもしれない。

「なあネロ、だっけ?」

「はい」

「あんた、銃は使えるのか?」

「持ってないんですよ」

「そうか」

「剣はありますよ」

「じゃ、俺とネロで前線を。そしてマーガレットは援護射撃で、石のつぶてでも鹿に当ててくれ」

「わかりました。細かい魔法は苦手なんですけど、頑張りますね」



 森に入ると、すぐに小動物を見つけた。

 リスだ。

 木漏れ日の中、木の枝を走っている。リンリスだろう。鈴の音のような鳴き声をする。ほかに蝶や蜂が飛んでいる。生命力にあふれた森だということが肌で感じられた。キノコ採りや木の実採りなどに使う細い人道と、獣道が入り組んでいる。

 その森にやや深く分け入って、少し開けた場所についた。倒木を活用した腰掛けがある。

「生き物はいるのに動物がいねぇな」

 ウェラスが周囲を見回してつぶやいた。マーガレットも木々を見上げる。

「小動物はいますけどね。そんな簡単には出てこないですよ、警戒心強いですもん」

「ふたりとも、まあ、その椅子に座って少し休みません? 水でも飲みましょう」

 ネロは浄水ポットをグラスを手にして笑いかけた。

「……お前、それどこから出しやがった……」

「気にしない気にしない。さ、座って座って」

「ネロさんはいろんな魔道具持ってますから、気にしないほうがいいですよ」

 マーガレットの奇妙な援護もあって、二人は腰掛に座った。

 水をふるまい、ネロも近くの切り株に座る。

 そして二人には見えないような角度で指笛を吹いた。

 人間には聞こえない音に、法力を含ませて長く鳴らす。それは鹿が鳴く声と同じ波長なのだった。

 神獣魔獣課で習得した技である。

 この技は主に鳥や海獣に使うのだが、荒れ狂う魔獣を眠らせるときなどにも効いた。

 フィー……

 法力の指笛に、周りにいた妖精たちも反応し始めた。

 あまり視ないようにしていたのだが、その輪郭がはっきりとしてきた。音と法力によって妖精たちが歓喜し、蝶とともに空を舞いはじめている。

「ああ、なんだか気持ちのいい風が吹いてきたな」

「ほんとだ。清々しいですね」

 湧き上がる妖精たちの姿は、二人には見えないようだった。

 そして数分後、色とりどりの要請の群れの間から、一体の鹿が姿を現した。

 見事な角を持つ大きな牡鹿だった。

 思わず息をのむ美しさ。そして迫力に、ネロは指笛をやめた。

 マーガレットとウェラスも動けないでいる。

 その鹿はゆっくりとネロの前に来て、首を下げた。その角を警戒したが、鹿は優しくネロに頬ずりをする。

「……」

 ネロは優しくその首をなでた。

 法力の笛の音に酔っているのだろうか、とても大人しい。

「ネ、ネロさん……」

「大丈夫だ。……。このまま連れて行こう」

 ネロが立ち上がり、鹿の横に立って立派な首をなでる。

 なめらかな毛皮の下に、温かく強靭な筋肉が感じられた。魔法師団でサンプルとして扱われるのが惜しいくらいの立派な鹿だった。しかしこれは任務である。情けはかけていられない。

 このままどうか大人しくついてきてくれればいいが、そう思った時だった。

 いきなり鹿が跳躍し、前にいたウェラスの真上を飛び越えて森の奥に逃げ込んでいった。

「きゃあ!」

「うわっ!」

 マーガレットとウェラスも突然のことに悲鳴を上げている。

 ネロも驚いたが、それよりも、背後に感じた殺気に剣を抜いていた。





 鹿がいる。

 先ほどの鹿と同じ、カヤトの牡鹿である。

 だが、角の片方が途中で欠けていた。

 そして、異様な殺気。角を前にかざすように首を下げるのは臨戦態勢の証拠だった。

 妖精たちが霧散するように逃げ、視界に邪魔なものが消えた。

 鹿の角の先は、ネロの魔法剣の間合いよりも少し遠い場所にある。間合いに入られたほうが今は危険だ。しかしあの脚力でいっきに突進されたら、間合いの遠さなどなんの利にもならない。

 ウェラスが横に移動してきて、大型の剣を抜いた。

「どうしたんだ、さっきのやつとはえらい違いだな」

「ああ」

「こっちを殺す気満々の目をしているぞ……、ネロ、なんかしたのか?」

「さあ……」

「指笛みたいなそぶりしてたが?」

「気付いてたんですか」

「まあな。音はしなかったが、……あんた動物使いか?」

「実家で動物を飼っているだけですよ」

「ふん。こいつが魔法師団のお望みのサンプル、ってやつかもな」

「魔法師団の真意をわかってたのか」

「これでも勇者見習いだぜ?」

「さすが」

 ネロは笑い、先陣を切ってカヤト鹿に突進した。

「おい! 馬鹿!」

 ウェラスは叫んでいる。

 ネロの剣はカヤトの角にはじかれた。はじかれたが、その角の先が欠けた。それによって怒りが増したカヤト鹿がネロに向かって突進してくる。

 それをくるっと避ければ、ネロの影からウェラスが躍り出て、鹿に一撃を食らわせた。

 大きな剣だが、それを軽く扱って、目にもとまらぬ速さで次々と攻撃を加えてゆく。

 そして鹿の背後や頭上から石のつぶてがいくつも襲い掛かった。

 マーガレットの石魔法だろう。

 細かい魔法は苦手と言ってたが、大小さまざまな石はカヤト鹿に命中していた。

 鹿は苦し気に鳴き、さらに暴れる。角を振って突進し、後ろ足でウェラスを蹴ろうとする。

 ネロは欠けた角を拾った。手のひらの中で、不可思議な魔力を感知して、ポケットにしまい込む。

 確かに、これは当たりだ。

《時よ》

 口の中で時間魔法の最初の文言を口にする。

 あとは必要ない。カヤト鹿に照準を合わせ、ぐっと空を握りしめる。

《トリット》

 鹿がビクンと大きく震え、そして硬直した。

 そこをウェラスが一線。

 カヤト鹿は、倒れた。

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