第19話 ネロ それはロリコン勇者見習い


「待ってくださいってば!」

 後ろからマントをぐっとつかまれて、ネロは足を止めた。

「もう、いきなり喧嘩し始めてどうしちゃったんですか。いえ、気持ちはすごくわかりますけど」

 大きな荷物を背負って、少し息を切らしている。

「悪かった……、勝手に決めてしまった」

「それは別にいいんです……」

「ちょっと売り言葉に買い言葉で……」

 少し気まずくて、頬を指でかいた。それから依頼書を差し出した。

 マーガレットは眉を下げながらそれを受け取り、中身を読むと困ったように笑った。

「これ、受けるんですか?」

「まあ、売り言葉に買い言葉ってやつだから仕方がない。マーガレットは、なんならどこかの店でお茶でも飲んでてくれていいぞ。それとも先にリテリアに向かってくれたっていい。爆炎の勇者に早く会いたいだろ」

「そんな水臭いこと言わないでくださいよ。私もやりますよ」

 意外なことを言われて、ネロはしばし言葉を失ってしまった。

 なぜならこれは、魔法師団ゾエ支部からの、魔法師ネロに対する仕事の依頼だからだ。

 しかも冒険者としての体裁を整えてさえいる。

 ネロが極秘任務中だと知っての気遣いの可能性もあるが、十中八九、公務員としては動きにくい内容なのだろう。

「だってこれ、大変そうじゃないですか。小型獣、中型獣、大型獣、小動物、鳥、虫、爬虫類、魚類……、それで最低報酬金って、こんな酷い依頼に人が集まるわけがないですよ」

「だよな、やっぱり」

「でも二人なら何とかなりますよ。私、爆炎の勇者のパーティーでこんな依頼はけっこうこなしてきましたし。それに、ネロさんってこの手の泥臭い依頼って苦手そうな感じ」

「え、そんな感じにも見えるのか?」

「……カエルとか触れます?」

「馬鹿にするな、触れるぞ!」

「あはは、うそくさーい」

「なんだとぉ。見てろ、お前よりたくさんの動物を集めてやるからな」

 これでも魔獣神獣課で雑用や世話を担当させられていたのだ、動物の扱いには自信があった。

「私だって負けませんからねー」

 ネロとマーガレットは言いあいながら、最低報酬の依頼を受けるために近くの冒険者ギルドのドアを叩いた。


 コンマシューギルド。

 人の名前がついているギルドにも思えるが、違うようにも思える。その歴史は判断付かないものの、昨日ネロが立ち寄ったトマスのギルドよりも内装が古く感じた。

 受付の向こうには引き締まった体つきの青年が立っていて、マーガレットを見ると少し笑顔になった。

「これは昨日のお嬢さん、こんにちは」

「こんにちは。また来ました」

「そちらの男性は?」

「一緒に旅をしている人です」

 青年のネロを見る目が冷たくなった。

「そうなんだ、あまり冒険者っぽく見えないけれど……」

「ネロさんは……、えっと、……」

「冒険者ではないので、はは」

 ネロは笑いながら頭をかいた。

「冒険者ではないのに、……旅を? 商人にも……見えないですが……」

「あー……はは……。冒険者にあこがれてるんですよ」

「魔法薬学とか、魔法ロッドの修理とか得意なんですよね!」

 マーガレットが気を利かせてくれている。しかし受付の青年の視線はどんどん冷たくなっていった。

 他称チャラ男と言われる不名誉な称号は、マーガレットという少女を横に据えることによって、もっと酷い称号に変化したらしい。

 一人でギルドに顔を出す時以上の居心地の悪さだった。

 気にしてはいけない。しかし目の前の青年と、周りからの視線がネロの心の痛覚を刺激している。

「それでなんですが、この依頼を正式に受けたいんですけれど、こちらでも受け付けてますか?」

 マーガレットが魔法師団から手に入れた依頼書を差し出した。

「ああ、これですか。本当に受けちゃう気? 魔法師団の依頼だけど」

「はい、魔法師団の依頼でもいいんです」

「それに報酬もあり得ないくらい少ないよ? 国の金を民に変換するのを嫌がってるような報酬だよ? 自分たちのミスなのに」

「はい、それでもいいんです」

「……魔法師団からなら、もっと報酬の良いやつもあるよ。薬草の花集めとか、どう?」

 そんなかわいい依頼もあるとは知らなかった。

「女の子たちのお小遣い稼ぎ用の依頼だけど、この最低報酬よりも割がいいよ。ま、魔法師団によるイメージ戦略だろうけどね」

 青年はこの依頼をどうやってもマーガレットにやって欲しくないようだった。

「……マーガレットはそっちの花集めとやら受けたら? こっちの動物集めは俺がやるから」

「いえ、ネロさんと一緒でいいです。私薬草に詳しくないし。むしろネロさんのほうが詳しそう」

 まあな。

 うっかり言いそうになった。

 すると横から急に声がかかった。

「あの、薬草の花集め、……やるんですか?」

 振り返れば、マーガレットを同年代くらいの女の子が二人立っていた。

 同年代にみえるということは、マーガレットよりも幼い十五歳くらいだろうか。

 二人ともおよそギルドには似つかわしくない、かわいらしいワンピース姿だった。手に花籠を提げている。

「私たちもこの薬草の花集めの依頼をしようと思ってたんです」

 受付カウンターの横には、いかにも女子受けしそうなデザインのポスターが貼ってあり、そこには魔法師団主催の花集め巡りという依頼がかかれていた。

「花籠一杯に集めて、お金とハーブティーがもらえるって聞いたので……」

「けどあまり薬草って詳しくなくて……?」

「ねえ……?」

 少女たちは顔を見合わせあって、笑った。

「もしも薬草にお詳しいのなら、一緒に……」

「三人ならたくさん集めれると思いますし……」

「どうですか?」

「一緒に集めませんか?」

 植物か。

 ネロは考えた。昨夜、野獣に異変が起こっていたように、植物にも異変が起こっている可能性は十分にある。

「そうだな、どうしよっかな」

「一緒に行きましょ!」

「一緒に巡ってくれたら嬉しいです!」

「うーん……、けど、今日は一緒に行けないかな。動物集めは俺の友達の頼みだからさ、今回はそっちを優先させないといけなんだ」

「えー、お友達って?」

「そっちの子?」

 少女たちはマーガレットを見た。

 マーガレットはびっくりして首をぶんぶん横に振っている。

「あ、この子は違うよ。友達っていうのは、魔法師団の背の高い男のことだよ」

「あー、もしかしたら知ってるかも。顔はいいけどすっごい嫌味な人でしょ」

「うちのお母さんすっごい嫌ってるー」

「あはは……、ま、そいつが困ってるからさ、手伝ってやろうと思うんだ」

「……あの人友達少なそうだしね、お兄さん、優しいんですね」

「なら私も手伝いますよ。動物集め」

 まじか。できるかな、この子たちに。

「えっ、無理だよ」

 そう言ったのはマーガレットだった。

 女の子たちが目を吊り上げて振り向いた。

「動物ならともかく、この依頼には魔獣と神獣も含まれるんだもん、あなたたちには無理。その服装だと本当に無理。さ、ネロさん、さっさと受付しちゃいましょ」

 ネロが女の子をたちをフォローしようとするのを遮って、マーガレットはネロの胸元をひっつかんでカウンターを向いた。

 受付の青年の視線がさらに冷たくなっていた。

 これは本当にわからない。


 受付用紙に記入するのは、名前とギルド登録スペルだ。

 ギルド登録スペルがなくても依頼は受けることができる。しかし保険などが適用されない。そして受けられる依頼の種類も絞られてしまう。

 ネロは潜入用にいくつかの偽名と登録スペルを持っているが、今回はどれも使用せず、報酬の受け取りも手取りにした。

 マーガレットはギルド登録スペルを記入したようで、それを確認した受付の青年に驚かれていた。

「君、爆炎の勇者のパーティーなのかい?」

「ええ、まあ」

 マーガレットは少し照れ臭そうに笑っていたが、誇らしげである。

「まさかとは思うけれど、……その人……」

「あ、まさかまさか、ネロさんは違いますよ! 爆炎の勇者じゃありません」

「だよね、あー、びっくりした」

「もちろんですよ。ネロさんは勇者の見習いです」

 おいやめろ。

「へー、見習い」

 青年が鼻で笑ったのがわかった。

 平常心。平常心である。

 ネロは微笑みを絶えず浮かべることにより、荒れ始めた心の中を落ち着けようと努めた。

「まあ、勇者見習いはたくさんいるからね。夢を見ることは罪じゃない。実は意外とこの依頼に人が集まっていて、勇者もいるよ」

「勇者ですか」

「爆炎の勇者ほど有名じゃないけどさ。勇者の職業についている冒険者」

 勇者という職業があることが、このカンバリアの平和ボケを表していた。

 勇者とは称号である。職業ではない。

 勇者の称号を得ることによって、必然的に職業が勇者になるわけであり、その逆はないのだ。

「魔法師団の失敗を助けてあげようってことで、何人か依頼に集まってきたんだよね。本音は恩を売ったり借りを作りたいだけなんだろうけどさ」

 その言葉にマーガレットは答えず、ただ笑っていただけだった。

「君は爆炎の勇者の仲間だから心配はないだろうけど、そっちの勇者見習いが心配だから、先に依頼を始めている冒険者と合流したほうがいいね。できれば五人一組で行動してほしいんだ。この近くの結界石あたりを捜索している勇者がいるはずだから、合流してみなよ」

「そうですね、行ってみます」

「気を付けて」



 マーガレットはギルドに荷物を預け、樫の木の杖のみを手にしていた。

 ネロもほぼ手ぶらである。腰に普段使いの杖と魔法剣を下げている。

 ギルドを出てしばらくは無言だったが、人の気配が少なくなると

「……勇者かぁ」

 と不意にマーガレットがこぼした。

「ん? どうしたんだ」

「いえ、……勇者と一緒に組むのかって思ったら、なんか憂鬱で」

「……、?」

「私、爆炎の勇者の仲間になってから……、他の勇者が……、……駄目だなって思うようになっちゃったんですよ」

「だめ」

「あ、えっと、悪くはないんですよ? 悪くはないんですけど……、爆炎の勇者に比べると……、なってないな……と」

「マーガレットは爆炎の勇者が大好きなんだな」

「そうじゃなくて! それもありますけど、ちがいますけど、だからー、もー、ちゃかさないでくれます?」

 なにやら必死に否定して焦っている。

「ちゃかしてはいないつもりなんだけどな」

「ともかく、……勇者の多くが、器が小さいんですよねー。本当にすごいなっていう勇者って、もっと、どーんど器が大きいんですよ。……ネロさんは、器の小さな勇者にはならないでくださいね? どーんとした勇者になってくださいね! 応援しますから。チャラくても」

「チャラくないから、ぜんぜんチャラくないから」

「さっき私が止めかかったら女の子たちと一緒に行くつもりだったでしょ」

「いや、行かないけど。断ろうとしてたよな、俺」

「犯罪ですよ。年齢半分ですよ」

「だから、断ろうとしてたろ?」

「ロリコンの勇者はちょっと応援できないんで」

「だから、違うって言ってるだろ? なんなの、酷くないか? 俺ってどんなイメージ?」

「逆ナンに嬉々としてのりそうな、こう、軽い……」

「どこが? いったい俺のどこにそんな要素が?」

 謎である。わけがわからない。ロキはそんなこと言われていないはずである。同じ顔なのにこの差はなんなのだ。

 そうこうしている間に、目的地付近についた。

 花畑である。

 風が黄色い花を波立たせている。

 畑のあぜ道を歩いていると、ネロは結界を踏んだのが分かった。結界はきちんと作動している。

 魔力もいつも通りで、多くもなく少なくもなく、結界の中をゆっくりを循環していた。これをちょっと出力を上げれば、昨夜と同じ状況になるかもしれない。

 やりたいが、それはもうできない。

「あ、ネロさん、あれじゃないですか。先に依頼を受けてた勇者って」

 花畑の中を走っている人影があった。三人だ。

「小動物でも追いかけているのかな?」

「ですね。行ってみましょう」

 マーガレットが走りだしたので、ネロもそれについていった。マントが少し邪魔だった。

 

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