第18話 ネロ それは冒険者として振る舞えということか




 正午より三十分ほど早く、ネロは待ち合わせの場所にいた。

 天気は今日も快晴、そして暑い。リテリアの森は涼しいかもしれないが、ハルリアはここよりもっと暑いだろう。

 マントが煩わしくなった。けれど、ハルリアの潮風と瑞々しい果物を思い出すと、涼やかな気分になる。

 ロキがあそこのフルーツサンドが好きだった。帰りにワープ魔法が使えそうならば、買って帰ってやろうか。


 正午を少し過ぎた頃、マーガレットが大きな荷物を抱えてやってきた。

「すみませんネロさん、遅くなりました」

「いや、今来たところだからちょうどよかった。というか、お前、どうしたその荷物」

 背中に、ほぼ己の身長と同じくらいの大荷物を背負っている。

「野営度具です!」

「……、テントとハンモックくらいじゃなかったのか」

「ほかにも色々です。枕とか毛布とか。リテリアの森は夜は冷えますから」

「そっか」

 にしても多すぎるだろうとネロは思った。同時に、これは馬車を借りたほうがいいな、とも。

「あと、杖なんですけど、……ネロさんにお借りしたお金だと、かなり高級な杖を買えたんですが、色々考えて、一番使い慣れているのにしました」

 そう言って、マーガレットは樫の木でできた杖を見せてくれた。

 マーガレットの肩の高さ位の長さで、若い木を使用しているようだ。

「学校で使っていたのが、これと同じようなやつだったんで。しっくりしますし」

「ふうん。ま、量産品だけれど、悪い品ではないな」

「はい。でも……」

 マーガレットがわずかにうつむく。

「……私、これでも学校での成績は良かったんですよ? でも……、それはあの杖に替えてからなんです。この杖の時は、へたっぴなほうでした。なので、不安です」

 杖で学校の成績が変わるものだろうか。

 もちろん杖の性能によっては、多少の変化はある。あまりにも低品質な杖だと、高度な魔法に耐えきれず砕け散ってしまう場合もあるし、精霊が宿っている杖であれば、同じ属性の術の効果が増すこともある。

「杖が壊れたりする不安なら、俺が多少は直せるから」

「え。直せるんですか? ……そういえば、珍しい魔道具も持ってましたよね。もしかしてネロさんって、魔道具製作師さんなんですか?」

「ちょっとかじっただけだ」

 過去にそういう部署に配属されて、来る日も来る日も来る日も、魔法師団内で壊れた魔道具を修理したり、新しい杖を作ったり、鍋を磨かされていたのだ。おかげで簡単な修理ならお手の物であるし、妖精を呼び出してその加護をふんだくる荒業も覚えた。

「お前の持ってたあの杖はちょっと難しいけれど、その樫の木の杖くらいなら直せるだろう」

「ほんとですか! 凄いです! ネロさん、勇者を目指すのもいいですけど、魔法薬師とか道具師とかを極めて、その手のお店を開いたほうがいいと思いますよ!」

「はは……そうだな。考えておくよ。老後の楽しみ的な……」

「早いうちが良いですよ! コーカル市とか、どうせなら首都に出店したらどうでしょう? そうなったら私の実家のお得意さんとかに宣伝しますから!」

「ありがと」

 そうだな。魔法師団でこき使われるのに疲れたら、小さな店でも開いてのんびり暮らすのもいい。

 日がな一日植物の世話をして、魔法薬を作って、恋のおまじないを書いたかわいいコースターとか作っておまけに配って、最新のフラスコとか仕入れて、遠心分離機とか仕入れて、猫とか飼って。

 それいいな。

「大繁盛間違いなしです! チェーン展開しましょう。カンバリアは平和ですから、平和じゃない国に大規模出店して、ぼろ儲けです!」

 それじゃのほほんのんびり猫とか撫でれないだろう。暇な店先に座って、店番しながら猫と戯れないじゃないか。

 応接室で革張りの椅子に座ってツンとすました猫に高級キャットフードを手から食わせながら葉巻くゆらせてるほうの老後はいらん。

 そんなもの、実家のお爺様と変わんないじゃないか。

 葉巻くゆらせてないし、飼っているのは神獣の白い鳥だが。

 少し前までは光から生まれていると言われていた、通称ライトニングバード。

 正式名称、ホワイラ。

 コーカル市の自然保安庁が、リテリアの森で乱獲していた密猟者から救出、保護したのち、森に還そうとしても上手くいかなかったため、リンミー家で責任をもって世話をしているのだ。

 というのは建前だ。

 森に還すのに失敗したのは本当だが、『うちには魔法師団員の孫がいる。野生の魔物動物や神獣の治療なんかもやっているから、うちで保護するのが最適だ。世話をする資金も土地もある』とか言って、嬉しそうに持って帰って来たのだ。

 完全にペットとして手なずけて、人と会う時は必ず肩にのっけている。

 世話をしたのは俺なのに。世話をさせられたのは俺なのに。

 たまにロキも世話をさせられていたが。

 ネロはマーガレットに荷物を持つと提案したのだが、頭がもげそうになるくらい激しく首を横に振られた。

 なぜ断固拒否されたのか分からなかった。

 少しだけ心に傷を負ったネロに、マーガレットは言った。

「ネロさんに頼ってばっかりで申し訳ないなとは思うんですが、もう一つ、お願いをしてもいいですか?」

「ああ。いいけど」

「魔法師団について来てください。お願いします」

 そして勢いよく、ガバリと頭を下げた。

「もう一度ギルドを回ってみたんですけど、やっぱり爆炎の勇者については正確な情報がありませんでした。どこから流れたのか、リテリアの森の中にいるって話しになっていて、それを知った冒険者たちがリテリアの森に突入するって息巻いていて……」

 どうやら、ネロが口にした中途半端な話しが、だいぶ大きく広まってしまったらしい。

 実際は、爆炎の勇者の安否は不明だ。そして、もしかしたらリテリアの森をすでに出ている可能性もある。

 冒険者たちは、不確かな情報だけで暴動を起こそうとしているようだ。

 困ったものだ。

 コーカル市庁舎の執務室で、ロキが額に手を当て、低く呻き声をあげているような気がした。

「でも、魔法師団での情報は、勇者を名乗る一団が森を脱出したってネロさん言ってたでしょう? もう一度、……確かめたいんです。でも、魔法師団って、私には敷居が高すぎて」

「そんな高い敷居でもないだろう。その地域のくだらない相談まで請け負っているんだぞ? 例えば、ペットが最近なんだか弱ってきているけれど、悪霊のせいじゃないか? とか」

「そりゃあ、……、でも、入りにくくって」

 気持ちは分からないでもなかった。ネロも、ギルドに立ち入ると疎外感を覚える。

「そうか、よし。じゃあ行くか」

「ありがとうございます」

 情報が更新されていないか、ネロとしても気になるところだ。

 かたくなに荷物を持たせてくれないマーガレットから、せめてもと壊れた杖を預かった。

 樫の木の杖も壊れた杖も、杖としては大き目の部類になる。

 大荷物な上に、そんな杖を二つ持ちというのはかわいそうだ。

 そして、女の子に大荷物を持たせて平然としている大人の男に注がれる、周囲の白い眼。

 それにさらされている自分も結構かわいそうだとネロ思った。





 魔法師団ゾエ支部の自動扉が開くと、マーガレットは

「うわっ」

 と小さくびっくりしていた。

「こんにちは、どうぞ」

 さっそく声をかけてくれたのは、昨日対応してくれたの眼鏡の魔法師だった。

 その優し気な声に、マーガレットは緊張を解いたようだ。

 しかし、カウンターの向こうにいたのは、クロシーダだった。

 自尊心の塊であるということが一目でわかる。

「どうしました?」

 と尋ねてくる態度も、高飛車だ。

「あ、っと、その……お尋ねしたいことがあるんです。人探しなんですが」

「そういったことは魔法師団ではなく交番へ行けばいいのでは? また、魔法師団に情報が来ていたとしても、多くは関係者以外には漏らせない内容ばかりですよ? それでもお尋ねになりたいわけですか?」

「あ、……すみませんでした」

 マーガレットは完全に委縮した。そりゃそうである。

 クロシーダの言っていることは極めて正論なのだが、言い方というものがあるだろう。

 こいつほど受付に向いていない人間はいないのではないだろうか。

 仕方がないので、ネロが代わりに訊ねた。

「リテリアの森を脱出したという勇者について、なにか詳しい情報がないかと思いまして。ありましたら、教えていただけませんか? こちらの少女の知り合いでして、心配しているんですよ」

「……」

 クロシーダは片方の眉をゆがめただけで、答えない。

 俺は関係者なんだからさっさとしゃべれよな、とか思ったのだがちゃんと顔に出てくれただろうか。

 クロシーダがわざとらしいため息を吐いた。

「勇者ね。はいはい、勇者勇者。リテリアの森から出た勇者というのは、ピクスリアという二十代前半の男でしょうか?」

 クロシーダが言った途端、マーガレットはカウンターに乗り上がらんばかりに詰め寄った。

「そうです! ピクスリア・アーチ! 爆炎の勇者です!」

「勇者一人、僧侶一人、戦士一人、魔法使い一人。計四名のパーティーですか?」

「はい! そうです!」

「そして、牡鹿が一頭と、牡鹿に牽かせている荷車が一台」

「はい! 牡鹿はティルトナ山岳地帯にいる大型のフルト鹿で、馬よりも大きくて、角には炎魔法の刻印が刻まれています!」

「密猟ですね」

「ち、違いますよ! 悪徳サーカスで炎の曲芸をさせられていたのを助けたんですよ!」

「嘘はつかないように。そのフルト鹿はサーカスで暴走し、団長を角で突き刺したうえに炎で殺害。ほか、サーカス団員を次々と魔法で襲って住宅地に逃げ、爆炎の勇者はその駆除依頼を受けたものの約束を反故にして殺さずに家畜にした。そうでしょうが」

「いや、その、見方によってはそうかもしれませんけど!」

「ピクスリア一行は、再びリテリアの森に入りましたよ」

 え、とマーガレットの勢いが止まった。

「勇者が? なぜ?」

「希少な野生動物を密猟する気かもしれませんね」

「そんなわけないじゃないですか! なんなんですかさっきから!」

「あくまで可能性の話です。リテリアの森は常に密猟者との戦いです。そのために電流柵と結界が必要なのです。また野獣も魔獣も神獣も関係なく、密猟者に襲われた動物たちは人間を敵だと思っていますから、人里に降りて暴れないようにするためにも、電流柵と結界が重要なんですよ? わかりますか? 冒険者さん?」

「何が言いたいんですか?」

「ピクスリア一行は、森の警備員や監視員が止めるのを押し切って、再び森に入りました。よりによって、その重要な柵と結界を破壊してね」

 なんだと。

 ネロはマーガレットに気が付かれないように舌打ちをした。

 これだから勇者というのは嫌いなのだ。

「まさか……、嘘です。そんな、爆炎の勇者はその辺の無法者とは違います。きちんと規律を守る人です」

「これは事実です。なんでも、森の取り残されているはずの仲間を探すのだとか。そんな理由で森の近隣住民を危険にさらし、森の動物たちをも危険にさらす。まあ、仲間想いは人々を感動させますが……、あまりにも状況を読み取る能力が欠如している。なんて愚かで浅はかな行動! まったく、秩序を保とうと努力する私たちをどれだけないがしろにすれば気が済むというのでしょうね!」

「……森に取り残されている、仲間?」

「一度リテリアの森を出た一行の内訳は、勇者、僧侶、戦士、この三名。魔法使いがいませんね」

「そんな。まさか、爆炎の勇者は、私が森にいると思って……?」

 おそるおそるマーガレットがネロを見た。顔面蒼白だ。目が潤んでいる。

 しかし、その表情はけっしてマイナスの感情を表しているわけではない。

「勇者が、私を心配してくれてます……!」

「……ああ。そのようだな」

 ネロとしては、クソ面倒なやつらだな、の一言に尽きる。

 これが、世間一般からみれば武勇伝の一幕であることはわかる。

 しかし、公務員や施政者からみれば、迷惑極まりない大犯罪である。

 とっ捕まえて百叩きの後に独房にでも放り込みたいが、ギルドに登録されていると何かしらの力が働いて刑が軽くなる。そればかりか、勇者という肩書を持っている奴らに関しては無罪放免、むしろ勲章モノとかになるのだから納得いかない。

 しかも、割をくうのはだいたい魔法師団だ。

「結界修繕では右に出るものがいないという技術者が派遣されているのですが、どうも現場にまだ到着していないようでして。彼さえさっさと到着していればこんなことにはならなかったでしょうね。いったいどこで何をしてるのやら。道草くっているのなら、そのまま毒草でも食べて死ねばいいものを」

 おいおいおいおい。こいつ、昨日のことを根に持っているのか。

 凄いことを当人の目の前で言っているぞ。

「ああ、……結界といえば、昨夜このゾエの街の結界に奇妙な異変が起こったのですよねぇ」

「……」

「おかしなことに、我が魔法師団秘蔵の結界魔法に、どうやって介入したのか全くわからないのですよ。いったいどこの誰の仕業なのでしょうか。おかしいですね。いやあ、本当におかしい」

「……」

「結界修繕のスペシャリストがいたら調査を依頼したいくらいなのですが、さて、どこにいるのやら」

 言いたいことがあるならはっきり言え、この野郎。

 ネロは思いっきり睨んだ。クロシーダも睨み返してくる。

「自分の街の結界くらい、ご自分で直したらよろしいのでは?」

「それがゾエ支部の魔法師団は三名で回しておりますのでね、勝手にいじくっておかしくされた結界をいちいち調べている暇などないのですよ」

「暇がないのではなくて能力がないのでは?」

「こちらの能力程度では、分かったことは一つだけ。結界によほど詳しいどこかの誰かが、魔力の出力を一気に上げて、本来であれば害のない生物を殺したこと、これだけですね、迷惑極まりない、この一言に尽きますねぇ」

「迷惑極まりない、ですか。はあ、そうですか。本来ならば害のない生物だとなぜわかるのかな? んんんんん?」

「回収した死骸を調査した結果ですが、なにか意見がおありなのですか? ねえ、冒険者

さん? なにか、ご意見が、おありですかあああ?」

「意見なんてございませんねええ、一切これっぽっちもありませんねぇえ、ただちゃんと調べたんですかんぇえ、こちらの魔法師団さんはあああ?」

「結界は今は問題なく機能しておりますがぁああ? 死骸の調査をするほどの時間はないんですよおおお? なにかご意見があるのなら、忌憚なくお教えいただきたいですねえ、それとも? ただ単に? 思い付きでいたずらしたんですかねええ?」

「なぜ野獣が死んだのか? 出力を上げたらなにを感知したのか? その原因に考えを巡らすことくらいできないんでしょうかねぇええええ?」

 するとクロシーダはカウンターをバァンっと叩いた。

「ここに一枚の紙がある。魔法師団ゾエ支部は三人で回している。結界が反応した原因は、死んだ野獣が単なる野生生物ではない、その可能性が高い。死骸は魔法師団コーカル支部魔獣神獣課に送ることになったが、サンプルが足りていない。しかしゾエ支部は三人で回している! 人手が足りない! よって、魔法師団はギルドに依頼を出すことにした。ゾエ周辺にて一定数の野獣、神獣、魔獣の捕獲。期間は今日一日」

「ほう? それが依頼書か」

「報酬は、最低報酬額ピッタリ。今のところ申込者はおらず文句を言うクレーマーだけが増える一方だ」

「それはそれはおいたわしい。では私が調べて差し上げましょうか?」

「はは、あなたごとき軟弱そうな冒険者に頼る気はさらさらございませんよ?」

「これでも脱いだらすごいんですが?」

「それは存じておりますが?」

「どこで存じたのか知りたいですが」

「ローブを脱いだあなたはすごい。さっさと冒険者と混じって最低報酬で泥にまみれてきてください?」

「かしこまりましたお受けしましょうどこのギルドに行けばいいのかな?」

「トマスのギルド以外のほうがいいのではないですかね?」

「そうですねそうしますそれではさようなら」

「お荷物はこちらでお預かりいたしますからどうぞ?」

「そうですかそれはご親切にありがとうございますではよろしくお願いいたします」

 ネロはカウンターに叩きつけられた一枚の紙をかっさらい、代わりに荷物をドンと置いて、チッと舌打ちしてからクロシーダを睨んだ。

 チッとクロシーダも舌打ちをした。

 そして同時にそっぽを向いて、ネロはさっさと魔法師団から出たのだった。

「ま、待ってください、ネロさん!」


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